
句読点
@books_qutoten
2026年6月19日

隠された奴隷制 (集英社新書)
植村邦彦
読み終わった
「奴隷制がなければ、資本主義はなかった。近代資本主義世界システムが成立するためには、奴隷制プランテーションは不可だった。そして今もなお、「自由な労働者」というヴェールに覆われた「隠された奴隷制」がなければ、資本主義は成り立たない。それが、私たちがこれまで生きてきた世界、世界史的現在なのである。」p.212
資本主義の成立過程を追っていくとそこには、奴隷制が切っても切り離せない存在として見えてくる。
それは現在においても変わらない。資本主義は奴隷制なしでは成立しないからだ。しかしあまり表立っては見えてこない「隠された奴隷制」である。
ロックやモンテスキュー、ルソーやヴォルテールの啓蒙思想の頃からアダム・スミスを経て、ヘーゲル、マルクス、そして現代のジェームズCスコットやデイヴィッド・グレーバーにまで至る思想の系譜も概観することができる。
そうかそういう文脈だったのか!と大きな見取り図ができたような。
スコットの『ゾミア』も読まねば。
隠された奴隷制から逃れるには、「底流政治という言葉で私が念頭に置いているのは、だらだら仕事、密猟、こそ泥、空とぼけ、サボり、逃避、常習久勤、不法占拠、遊能といった行為である。」とスコットが述べることが参考になる。表立った反抗よりも、目立たないところで、アンダーグラウンドでしれっとサボる。逃避する。くだらない場所からサッと離れる。
グレーバーも読みたい。
「わたしたちがわたしたち自身を所有しているということは、奇妙なことに、わたしたち自身に主人と奴隷の役割を同時に割り当てることなのだ。「われわれ」は(財産に対して絶対的権能を行使する)所有者であると同時に(絶対的権能の対象である)所有される事物でもある。古代ローマの世帯は、歴史のもやのうちに忘却されたどころか、わたしたち自身についての最も基本的な概念のうちに保存されている」
『負債論』からこの部分が引用されていた。
グレーバーの面白いのは資本主義の中には隠された奴隷制以外にも、隠されたコミュニズムも存在していて、それによっても資本主義が支えられていると指摘したこと。「基盤的コミュニズム」と呼ばれる。
「資本主義というシステムそのものを全面的に変革することは、もちろんかんたんなことではない。しかし、資本主義そのものが今では危機的状況にある。資本主義の終焉が始まっている。
そうした状況の中で、資本主義的賃金労働に従事することは、ますます苛酷なものになるだろう。部分的には、奴隷制はますます強化されていくだろう。それに抗って、今までとは違う働き方を模索すること、地域の中で身近な人びとと協同する暮らし方を構築すること、分子状の小さな拠点からネットワークを構築すること。それもまた、一つの階級闘争である。
その先に、何を目指したらいいのか。私たちが奴隷ではなくなること、それは、私たちが自分の時間の主人公になること、「自由な時間」を手に入れることができるようになることだ。」p.250
本書の結論として述べられるのは、労働時間を短縮することから始めようということ。必要な時間を超えて長い時間働くことをやめる。やめさせる。それが奴隷制から逃れるための第一歩であると。
