
いぬい
@inuiru
2026年6月19日

1793
ニクラス・ナット・オ・ダーグ,
ヘレンハルメ美穂
読み終わった
二月に読み始めて中断してたのをやっと読み終ったぞ!(車の点検待ちに)
ひとことで言うと面白かったけど最悪だった。続編も読む。
一時期、北欧ミステリにハマったときがあったけど、ほんとに暗いんだよな、その暗さが好きなんだけど。
以下は引用とメモ。
116p
" 「殺人の罰として国が民の命を奪うというのは、全く筋の通らない話だと昔から思っている。しかも多くの場合、もともとの殺人よりこちらのほうが手口が残酷だ。だが、ぼくがなにより異議をとなえたい点はほかにある。裁判の対象となる人物、つまり罪を犯したその人を、理解しようとする努力がされていないことだ。すでに罪を犯した人々を理解もしないで、どうして将来の犯罪を防げるだろう? 司法にかかわる連中は、ジャン・ミカエル、そういうことを考えもしないんだ。人を裁き罰することだけが自分の仕事だと思っている。」"
ヴィンゲの言葉に「加害者はだれしも、かつて被害者だったことがある。」というのもあって、それは結構「よくある」ことなんだけど、これは「だから加害者にも情状酌量の余地がある」という話じゃなくて、被害者が加害者になる、そしてまたつぎの被害者が生まれる、という連鎖のメカニズムが問題ってことなんだよな。
完全にたまたまなんだけど同時進行で加賀美ハヤトさんの「殺戮の天使」実況を見ていたので被害者のケアって難しすぎるな……と頭を抱えた。
107p
" サッチャーは煙草の灰をパイプから掻き出しはじめたが、ふと手を止め、パイプを船べりから海に投げ捨てた。重い身体でのそりと立ち上がり、箱のふたを開ける。中には書類の山があり、その上に鉛の錘が載っていた。もっと入りそうだ。
「さて、ヴィンゲ殿、旅路にそなえてもう少し荷づくりをしなければならないので、そろそろ失礼するよ。あなたはこれで、においをたどる取っ掛かりを得た。そのままにおいを追って森を走れば、まちがいなく獲物を仕留められるだろう。途中であなたの表情ががらりと変わったからな。気づいていないとでも思ったか? あなたもやはり狼なのだ。そうとわかる程度には狼をたくさん見てきたし、たとえそうでないとしても、あなたはほどなく狼と化す。狼とともに走るには、彼らの流儀を受け入れるしかないからね。あなたには牙があるし、瞳は捕食者らしくぎらついている。血に飢えてはいないとあなたは言ったが、それでも悪臭のように飢えがつきまとって見える。いつの日か、あなたの歯は真っ赤に染まり、おれの言葉が正しかったと証明されるだろう。あなたの牙は獲物に深く食いこむ。ひょっとすると、ヴィンゲ殿、あなたこそがほかの狼の上に立つ日が来るかもしれないな。そう願いつつ、ここで失礼するとしよう。よい眠りを」"
↑ここがいいなあと思ってたら、ラスト↓がこれでグッときた。いいな。
552p
" セーシル・ヴィンゲの咳の発作は時とともに増えている。もはや抑えることはできず、抑える理由もなくなっていた。彼がミッケル・カルデルに向かって微笑んだとき、暖炉の炎に照らされたその歯は真っ赤に染まっていた。"
最悪だが圧巻だったので思わず抜き書きしたシーン↓
(ちなみに作者はスウェーデン最古の貴族の末裔?らしい)
156p
" 興奮させられ闘わされる闘犬の目だ。試合前、犬たちは相手の強さを見極め、自分が勝てる可能性を測ろうとする。賭けに強い連中はその目を見て、どちらに賭けるかを判断するのだ。カルデルも賭けたことがあるから、それなりに判断できるつもりでいる。女の気性が見てとれた。すさまじい闘志。ヴィンゲはどうだ? けっして強そうには見えないが、その瞳だけは異彩を放っている。恐怖の色はいっさいない。どちらが勝つかを察したのは、カルデルのほうがサックスよりもひと呼吸先だった。女は苦々しい笑い声をあげ両腕を広げてみせた。口を開けて笑ったので、歯が蝕まれて黒くなっているのが見えた。
「それにしてもひどいざまだこと! ぼろぼろの骸骨と、みすぼらしい醜男。そんな姿のくせに、なじるような目で私を見るとはね。あんたたちにはわからないでしょうよ、高貴な紳士方の欲しているものなんて。財産やら館やら土地やら肩書きやらを受け継ぐ者として、何世代にもわたる富の重みを背負って成長する方々が、どんな欲望を胸に抱くものか。そういう方々はね、支配者として育てられているの。重い責任を負っているの。だから、あんたたちには思いもよらないような形で、その重圧からときおり解き放たれたがる。はじめて夢精をするかしないかのうちから、女中に命じて手でしこかせ、胸のあいだにすべらせ、それから口に含ませる。十二になるころには館じゅうの女に手をつけ、十八になるころには従僕を犯すことを覚えている。この街でできることを片っ端から試してみても、まだ満足できない。そういう人たちが、私のところへやってくる。開けた口の中に放尿して楽しむのも、殴るのも嬲るのも踏みつぶしてめちゃくちゃにするのも、もう経験済みの人たち。私はそれ以上のものを提供できる。どんな要求にも応えられる。奇抜な商品をお出しする特別な夜会もときどき開くのよ。想像だにしなかった経験ができて喜ぶお客様がたくさんいるわ。うちでは見世物として、いっぷう変わった下僕を揃えていてね。醜いからこそ、人の美しさを引き立てることのできる連中。辱められて、惨めで、痛みや不幸に苦しんでいるからこそ、お客様の快楽を高めることのできる連中。生まれつきの奇形、そうでない奇形、ひととおり取り揃えているわ。金を欲しがる連中には、うちの淫売と同じように払ってやっている。でも、無償で働いてもらっているのもいる。あの袋の生き物もそのひとりだった。あれはね、しばらくはうちの看板商品だったのよ! わからないかしら? 人生の楽しみを、自分がいかに恵まれているかを、あれほど思い出させてくれる存在もなかった。そばに置いて快楽にふけるだけで満足する人もいれば、あれを使って楽しむ人もいた。無防備で無力な相手だからこそ楽しめることもあったのよね。あれはいつもすすんで奉仕するわけではなかったけれど、歯がなかったから、お客様はあれの鼻をつまんで笑いながら、硬くなったものをあれの口に突っこんで、全部飲みこませていた。ここにいらっしゃるお客様方はね、世界を統べる方々なの。その幸福のためなら、あんな半端者の犠牲など、取るに足らないことでしょう?」
503p
" 「ヴィンゲ殿、私はもう、この世界を見つくした。人間は嘘にまみれた害虫、覇権を求めて互いを咬みちぎることしか頭にない、血に飢えた狼の群れにすぎない。奴隷のほうが主人より清廉というわけではない。ただ弱いだけだ。罪のない人々が罪を犯さずにいられるのは、単に無能だからだ。パリが血の海と化す前、人々の口には、平等、自由、博愛、人権などといった言葉がのぼっていた。近ごろはここでも似たような声が上がっている。だが私は、ギロチンで首を落とされた人間の皮をなめして、それを表紙に製本した人権宣言というのも見たことがある。ここストックホルムでも、市民や農民が、はるか昔から自分たちを虐げてきた貴族に対抗しようとしている。覚えているだろうか、ヴィンゲ殿、今年のはじめ、貴族の将校が商人に手を出したというので、興奮して王宮坂に集まった群衆を、巡警隊が武力をもって追い出さなければならなくなったことがあっただろう。あのときは革命の空気が漂っていた。いまもそれは変わらない。私は──この国有数の名家の末裔、王国参事の長子であるこの私は、これから都市下級裁判所に進み出て、平民ダニエル・デヴァルに対してしたことを細部まで詳しく告白する。あなたは私の有罪を、疑いの余地なく立証する。そうしたら、民衆は復讐のため立ち上がるだろう。あなたが私を断頭台へ送る前に、私は革命の引き金を引く。パリの街路には、いまこの瞬間も血がほとばしっている。ギロチンの刃は毎日何度も研がなければ務めを果たしきれない。私はストックホルムにも同じ運命をたどらせたい。側溝を血の川にしたい。生き残る人間は少ければ少ないほどいい。橋のあいだの街は死体に埋もれる。墓地にも死人があふれかえる。そうして鴉だけが残ればいい。」
バルクは笑い声をあげた。
「あとは、あなただ、ヴィンゲ殿! 狼の跋扈するこの世界で、あなただけは毛色がちがう。生まれる時代をまちがえた、よりよい種類の人間だ。だれもが暴利を貪ることしか考えていない中で、あなたは正義と理性を守り抜こうとしている。『エクストラ通信』であなたの名を知り、あなたがどんな人物かを理解した時点で、全てがはっきりと見えてきた。私の旅路の果てを見届ける人物として、運命があなたを選んだのだ。あなたは罪人にも弁明の機会を与えることで有名だ。私も言いたいことはすべて言わせてもらう。そのあとに起きることは、私の責任であると同時に、あなたの仕事の結果でもあるのだ」"
ここはかなり現代社会にも通じるところで身につまされる。じぶんを苦しめたもの、虐げたものへの怒りや憎しみって正当なものだと思うけど、じゃあそれで暴力が正当化されるかっていったら分からない。だけど、私が「暴力はよくない」と言っていられるのは、相手を殴る勇気がないとか、殴る体力がないとか、つまりは「無能だから」とも言える。じぶんを苦しめた相手にやり返す手段があるなら、躊躇なくそうしていたかも知れないし、それをわるいとも思わなかったかも知れない。正しいかどうかなんて、生き抜くことには関係ないからな。
銀行でバイトしていたとき、時折どういうわけか行き先をなくしてしまうお金というのがあって、何かをどうにかして私の口座に入れられないか? と思ったけど、何の方法も浮かばなかった。もちろん、本気で考えたわけじゃなかったけど……横領事件のニュースなんか見るとよく思うんだよな、その方法が思いつく頭があったら、やってたかも知れないなって。私が前科なしで生きてるのは、犯罪の才覚がないってだけなんだろう。
543p
" ミッケル・カルデルの拳は傷つき、血がしたたっているが、それでも彼はいま、もっと古く、もっと深いべつの傷が、彼の中でふさがって癒されていくのを感じた。これからは、ヨハン・イェルムの溺れ死ぬ場面が夢に出てきても、失った腕の亡霊に〈インゲボリ〉の鎖が巻きついている気がしても、恐怖が喉に爪を立てて彼の呼吸を奪っても、いまこの瞬間の娘の顔が彼を慰めてくれるだろう。"
550p
" ぼくは嘘をつくことで、世界は彼があんなにも憎んでいた地獄ではないのだと証明してみせた。彼はぼくを信じた。ほんとうは人類が例外なく卑劣なものだと証明されたのだが、彼には知る由もなかった。"
人間の残酷さ、卑劣さ、醜さをとことん集めて煮詰めた作品のなかにあって、ミッケルがひとりの娘を絶望のなかから掬いあげ、そのことでミッケル自身の過去の傷も癒やされる──いいシーン。「現在の行いが過去の埋めあわせをする、他者へのなぐさめが己をなぐさめる」というのは好きなモチーフなんだけど、一方でこのヴィンゲのせりふを読むと、「だれかにとってのだれか」というのはものすごく一面的だなと思う。あるいは、「救済」ということが、ものすごく一面的なことなのかもって。
ミッケルが(図らずも)救うことになった娘、アンナ・スティーナについては第三部で語られるんだけど、正直この第三部がいちばん凄惨で、この第三部は何のためにあるんだろうか……と考えていたんだけど、彼女が得る「救済」のようなものが、これがどれも外野から見ると「ほんとうにこれが救済か?」と思うようなもので……でも、いろいろな人間の行動、思惑が複雑に絡みあった先で彼女がとりあえず当面の不安はないような状況になったことは、やっぱり救済ではある。
そう考えると、正しさとか、救いとかいうものは、それを行おうとしてなされるものでは決してないんだなという気がする。さまざまな人間の理想や欲望の結果、何らかのタイミングで、満足や休息を得られるばあいもある、くらいのものか。思い通りにできることなど何もないなかで、できることがあるとすれば、やっぱりそれは他人ではなく、じぶんの傷を癒そうとすることだけなのかも知れないな。