
花信
@flowerkite52
2026年6月23日
朽ちていった命
NHK「東海村」,
NHK「東海村臨界事故」取材班
読み終わった
昨年の12月に当時の番組の再放送を見てから、この事故、そして被害に遭われた方のことが心から離れなくなっていた。
致死量の放射線被曝をした肉体が、どのように崩壊していくかを淡々と記録したドキュメント。最初は日焼けした程度の見た目で、会話もできた人の肉体が、日を追うごとに崩れていき、絶え間ない苦痛に苛まれる。放射線被曝は「むごい」としか言いようのない被害を与える。
医療技術も看護も完璧だった。現場は患者を治すため、苦痛を減らすため完璧な働きをした。しかし、皮膚が再生せずずる剥けになり、次第に自発呼吸ができなくなり、腸管の内部粘膜が剥がれて大量出血、遂には心停止ーもはや手の施しようがない事態に陥ってなお、患者を延命しようとしたのは何故か。
私の愚見だが、治る見込みのない患者に対して、当時は緩和ケアで苦痛を取りながらお看取りする、という発想自体がなかったからではないかと思う。また、当時の主治医が救急救命医だったのもこの場合は良くなかった。救命医が何をしても患者を生き延びさせようとするのは当然である。それが結果として、徒に患者の苦痛を長引かせ、これ以上なくむごい亡くなり方をさせてしまった。
現場が最善を尽くしても、そもそも思想がずれていると悲惨な事態になる、というのは奇しくも事故を起こしたJCO側にも言える。そもそもJCO自体が、当時斜陽だった住友金属鉱山の子会社で、稼ぐため核燃料に手を出した会社だった。利益を出すため、効率化のために、現場では科学知識に基づかない「裏マニュアル」が横行していたという。利益を出す、という圧力には人を簡単に押しつぶす力がある。それが悲惨に繋がるのだ。
いつだって、人類の科学は過渡期である。「知らなかった」「わからなかった」ために出た、夥しい犠牲の上に歴史は成り立っている。
我々の社会は、彼を放射線被曝の実験台にしてしまった。
「おれはモルモットじゃない」-犠牲になられた方の言葉が重く響く。

