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2026年6月24日
p15
「人間は、自分が話したいことを探して言葉にする。自分の意思で、そのハードルを越えること、その決断が、その後の自信になるし、言ったことの責任も感じる。だから、人に話すだけで自分の問題が解決することだってある。」
p24
「小川自身、愛する人を失った経験がある。あのとき、悲しみなんて、しばらく感じなかった。茫然自失というのか、眠っているみたいな状態だった。心のアドレナリンが働くのだろう。」
p29
「「ふうん。女たらしって、みたらしみたいですね。よくわかりませんけれど、たとえば、椙田さんみたいな感じですか?」」
p43
「この頃は、ガールフレンドの永田絵里子のことをあまり話さない。」
p53
「「なんか、私たち、もう終わりみたいなんです。小川さんにご飯を奢ってもらって、慰めてもらおうと思ってきたんですけど、駄目ですか?」」
p53
「「まあ、そういうときもあるのよ。行き違いっていうのかさ。会えば、ぱっと雲が晴れるから。」」
p54
「もしかして、私は奢れ奢れ詐欺に遭っているのではないか、とも。」
p55
「「女たらしっていうのは、何ですか?みたらしならわかりますけど。」」
p70
「「馬鹿だね。大事なときだからこそ、時間を取ってあげなくちゃ。」」
p78
「「泣かれると、困るなあ。まるで結婚詐欺だ、とか言わないでくれ。」」
p93
「「弱音は駄目。それじゃあ、見た目は大人、頭脳は子供じゃない。」「子供って、弱音吐く?」「どうしちゃったの?」「どうもしないけど。」「自殺とかしちゃ駄目だよ。これだけは私のお願いきいて。」」
p96
「もしかしたら、ちっぽけなことかもしれない。まだわからない。三十代くらいになったら、これがちっぽけなことだとわかりそうな気もする。でも、このまま三十代になってしまったら、自分自身がちっぽけだと確定してしまいそうだ。」
p102
「「うん、つまり、卒業しても、あまり変わらないと、たぶん、思い込んでいるんでしょうね。だから、乗り気になれないのではないかと。」「また他人事みたいに言う。」」
p103
「「どうかな。自分でもよくわからないの。だけどね、まあ、これ以上は駄目だ、どうしようもないってなってからでも遅くないわけ、次のことを考えるのはさ。それまでは、まあ、好きなことをしようかな、といったところかしら。」」
p103
「「自分がわかっているのは、ある意味、凄いことですよ。」」
p103
「「将来のことは、そうですね、ちょっと真面目に考えてみます。いえ、行動しないと駄目ですね。これまで、考えたことはあっても、具体的に行動していなかったので、考えを改めようかなって、今日思いました。」」
p103
「「いいえ、違います。久し振りに永田さんと話して、ちょっとショックを受けたみたいなんです。」「誰が?」「僕が。」真鍋は答える。「やっぱり、もう考えないと、いえ、行動しないといけませんよね、子供じゃないんですから。」」
p109
「「え、大人の情事ですか?あ、間違えた、事情ですか?」」
p110
「そうだ、人に頼ってばかりでは進歩がないな、と思い直した。」
p125
「驚いたことに、椙田は、花束を持っていた。」
p127
「「美味いなあ。」椙田は、料理を食べながら言った。「君はさ、良い奥さんになれるよ。早く結婚したら?」「セクハラだと思います。」微笑みながら、小川は返す。」
p129
「「君とは、もう少し親しくなりそうな気がしたんだ、最初に会ったときにね。」」
p129
「「いや、誤解しないでほしい。いや、違うな。誤解ではないかもしれない。とにかく、あまり、その、親しくならなかったことが、君にとっては良かったと思うんだ。僕としては、それだけ、うーん、なんていうのかな、格好つけてるわけじゃないけれど、君を大事に扱ったつもりなんだ。」」
p130
「「それはね……、今まで言わなかったけれど、いや、ずっと言わないほうが良いね。それが、大事に扱ったという意味なんだから。」」
p130
「「いや、僕自身のことではなくてね、僕、彼のことをよく知っていた。親友だった。」「誰のことですか?」「そこにある、そのアンプを作った奴だよ。」椙田は指差した。」
p131
「「会ったことはないよね。でも、話は聞いていた。優秀な人だって。自分に万が一のことがあったら彼女を頼む、と言われていた。」」
p132
「「そのアンプを君が選ぶことも、予測していただろう。」もう一度、椙田は指をさした。「だから、それだけは、絶対に手放さないこと。いいね?」「手放すわけありません!」小川は声が大きくなっていた。それに気づいて、口に手を当てた。「ごめんなさい。はい、これは、私の宝物です。」「そういう理由があって、僕は、君を大事に扱ったということです。」椙田は言った。」
p155
「もともと、椙田は自分の秘書にならないか、と誘ったのだ。」
p156
「ただ、そういう突飛なことを考えてはいけない、というのではない。考えないよりは考えた方がいい。それを思いつかないことが危険なのだ。」
p166
「<許してもらえないと思うが、金は返せる。もう少し待ってくれ。とりあえず、半額だけ振り込んでおいた。今はこれしかできない。大介>」
p184
「「うーん、誠実な対応をしていれば、だんだん、蓄積していくものです。少し時間が経たないと、結果が出ない。しばらくは、我慢して持ち堪えることが大事です。」」
p189
「死んでしまった人のことを知るとは、どういう意味だろう?どんな価値を求めているのだろうか?生きていたときのことを、もっと知って、それで何が得られるというのか。自分に対する気持ちだろうか。そんなもの、たとえ生きていても、確かめることはできない。違うだろうか?」
p194
「考えることが沢山あるのは、良い状態ともいえる。自分の周囲には、沢山の謎があって、それが自分を生かしている、とも思えるのだった。考えることがなくなってしまったら大変だ。それこそ、生きるか死ぬかという究極の謎に考えが行き着いてしまう。」
p227
「以前は、この広い部屋に彼女一人だったのだ。それが、手前に学生と思われる若者が、壁に向かって座っている。それぞれにデスクがあって、大きめのモニタに図面のようなものが映し出されていた。二人が男性で、一人が女性だった。」
p228
「「もうすぐ、みんなごはんを食べにいくでしょうから、いりませんよ。」西之園は微笑む。」
p228
「相変わらずだ。白いセータに黒のスラックス。髪は長くなっている。えっと、この人はいくつなんだろう、と思ってしまう。普通では出会えないような美しさであった。」
p229
「「そう……。」西之園はゆっくりと頷いた。「あの、椙田をご存知なのですか?」「ええ。」今度は小さく頷く。」
p229
「「いえ、ちょっとした知合い。椙田さんも、私のことをよく知っていると思います。でも、もう、ずっと以前のことですし。」「美術品の鑑定の仕事を専門にしております。その関係ですか?」「美術品……、ええ、そのとおり。」西之園は微笑んだ。」
p233
「人間の場合も、好きな人がいて、その人のちょっとした変化が、結果的に大きな影響をもたらすことがある。これは、つまり真空管の増幅作用と同じかもしれない。」
p234
「西之園は、椙田の弱みを握っているのだ。椙田が、西之園になんらかのアプローチをして、しっぺ返しを食らった、みたいな極端な状況まで想像してみたこともあった。しかし、椙田はもう西之園に近づかない。西之園も、関わりがないならば、それで良い、といった雰囲気である。これ以上、自分が知るようなことではないだろう。」
p235
「なんでもかんでも、隅から隅まで知り尽くすことが良いとは限らない。そういうのは学問だけに限られる方法だ。人は、あるところで好奇心のスイッチを切る。新しいものを見て、新しい楽しさを探すために必要なスイッチなのだろう。」
p258
「「就職、おめでとう!」」
p263
「「そういうとこ、好きだなあ。真鍋君、可愛い。」」
p265
「「そういうとこ、好き。」永田は微笑んだ。」
p273
「人の心の中は、見ることができない。本当に、愛されているのかなんて、わからない。リトマス試験紙みたいに、判定はできないのだ。だとしたら、言葉や態度で感じ取るしかない。言葉も態度も、簡単に装うことができるのに、そんないい加減な証拠を信じて、みんな生きているのだ。」
p275
「ずっと夢を見せてくれていたのだ。私に、夢を売っていたの?」
p284
「「私、もっと若いときに、一度失恋していて、今度こそはって思ったんですけれど、また、駄目だったみたいです。」上村は言った。「どうも、そういう星の下に生まれたってことですね。」」
p293
「「生きていくっていうのは、つまり、なにかを背負っていることなんですよ。なにも背負っていないのは、生まれたばかりの赤ちゃんだけ。」」
p295
「「ソーセージと卵があるけれど、食べる?」真鍋はきく。「それより、私の話を聞いて。」永田は言った。」
p296
「そうか、結婚相手というのは、僕のことなんだな、と初めて気づく。」
p297
「「オムライス。」永田は答えた。「え、オムライス?このまえ食べたやつ?」「そうだ、オムライスなのだ。」永田は微笑んだ。急に目を細め、変な表情になった。「作って、真鍋君。」」
p300
「「どうしてそんなに優しいの?」そう言うと、永田は顔に両手を当てる。「優しいのは、真鍋君だけ……。」泣き出した。しばらく、彼女の息の音しか聞こえない。」
p301
「「ああ……。」永田は大袈裟に溜息をついた。「美味しかったぁ、本当に。上手だよね。結婚したら、私が働いて、真鍋君が家事した方が良くない?」「その手もあるかもしれない。」「え、結婚する?本当に?そうだね、このまま、家に帰らずに、結婚してやろうか?驚くよね、姉貴とか。」「驚かさない方が良いと思う。」「本当に、結婚する?」「僕が就職したらね。」「え、本当に?じゃあ、三月?四月?」「うん。」「うわぁ、四月一日じゃないよね。それじゃあ、誰も信じないから。」「誰も信じなくていいよ。」真鍋は言った。」
p302
「永田はまた泣き出した。でも、今度は顔を隠さない。真鍋を見たままだったので、彼女の雀斑の頬に涙が流れるのを、彼は見ることができた。まだ、三ヶ月以上あるから、準備はできるだろう。本当は、指輪を買わなくちゃいけないのかな、と考えた。成り行きって、恐ろしいものだ。でも、恐ろしく素敵な成り行きもある。」
p311
「愛しているとか、信じているとか、ただ、そんな言葉だけの表現で、なんとなく納得しているだけかもしれない。」
p311
「最初はただの言葉だったのに、その言葉で、心が染まってしまう。」
p338
「「そういうところが好き。」永田が呟いた。」
p338
「「あ、そうだ。それよりも、小川さん、大事な報告があります。」「何?」「結婚することになりました。」真鍋が言った。「誰が?」「僕です。」「私もです。」永田が自分の鼻に指を当てて言った。」
p341
「「おめでとう!」小川は言った。「長かったよね、君たち。」」
p341
「「そうなんですよ、僕もそこが……。」「好きだったの?」永田がきいた。」
p348
「「じゃあ、小川令子さん、元気で。」「どういうことですか?」「しばらく、僕はいない。日本にいない。」「高飛びですか?」「そうだよ。君も、そろそろ気づいていただろう?」「はい、それとなくですが……。」「感謝している。」「私もです。」「騙されたと思ったことは?」「ありません。」「そう、それは……、良かった。」「もう少し騙してもらいたかった。それが心残りです。」「僕は、けっこう誠実な人間でね、これでも。」「知っています。」「騙し騙し生きている。これからもね……。君も、元気で。」「ありがとうございました。」」
p349
「今夜は、帰ったら、あのアンプを鳴らそう。そして、泣こう。それしかない。でも、今夜泣いても、また明日が来る。明日は泣いているわけにはいかない。」
p353
「「ジュンちゃん。」安藤を見た上村は、立ち上がって、か細い声を上げ、泣きだした。二人は、抱き合って、しばらく言葉を発しなかったが、安藤は、何度も、「馬鹿」と優しく言った。」
p355
「午前と午後が背中合わせ。それが小川君のものだ。」
p355
「たしか、そのなぞなぞを、椙田はすぐに解いてしまった。午前がAMで、午後はPM。だから、背中合わせになれば、AMP、アンプになる。彼の言葉どおり、このアンプは、私のものになった。私一人だけのための遺言だった。」
p357
「「なんてことをしてくれるのぉ!」小川は叫びたかった。」
p358
「「一生、独身でいろってことですか?」小川は笑った。「信じられない我が儘。」」
p360
「「そう、やっぱり、そうなのね。」西之園は頷いた。「いえ、いいんです。去る者は追わず。」」
p360
「西之園が上村の方を見る。西之園は、じっと彼女を見つめた。上村は目を見開いて、立ち尽くしていた。「メグミちゃん。」西之園は言った。「ここで何をしているの?」」
p360
「しかし、上村は黙って西之園に近づき、手前で立ち止まり、お辞儀をした。そのあと、二人はしばらく、抱き合っていた。」
p361
「みんな、いろいろな過去を持っているのだな、と小川は思う。なんとなく、自分の指を見てしまった。そういうことも、あるさ……、と椙田の声が聞こえた気がした。」