
みゆこ.~.
@miUiko
2026年6月26日

未来の科学者たちへ
大隅良典,
永田和宏
読み終わった
日本の研究環境が、国家、JSPSなどの研究費配分機関の動向や、海外との比較により研究者視点でわかりやすく解説された著書。
主に、基礎研究が軽視される傾向にある状況への警鐘、科学をより身近に感じてほしい、自由で楽しいものであることを知ってほしいという願いが綴られていた。
「科学の価値も、芸術やスポーツなどと同じように、役に立つかという視点ではなく、未知のことが解明されることを人類の共通の資産として純粋に楽しむ社会であって欲しいと思う。」
この世の中は常に役に立つかどうかが問われ、研究にもそれが持ち込まれるが、それは長い年月の後に検証されるものであり、基礎研究の軽視は、日本の研究力低下に関係してしまう。
大隅先生は、純粋に興味をもったものを研究し続けた結果、がんや生活習慣病、アルツハイマーやパーキンソン病など様々な疾患に関わることがわかり、創薬研究も進められることになったと説明。
また、例えばコロナウイルスに対するワクチン開発は、わずか一年で行われたように見えるが、実は10年ほどの基礎研究がなされていたのだとか。
未来への投資として、すでに大きく展開されている素晴らしい研究だけでなく、将来大きな天才を見せそうな萌芽的な研究を社会全体でサポートされるシステムが必要なのだと、理解できた。
また、学術界に限らず、一般社会においても参考になる話が多かった。
•他を知ることによって自己の位置を測りなおす以外に、自己を相対化する方法はないのである。
•もし、人の仕事を自分の仕事として受け止め、考えるならば、その発表を聞いて質問がないということはありえないはずである。
•日々の生活の豊かさ、世界の見え方の余裕こそ、すぐに「役に立つ」ことにも増して、我々が限られた〈生の時間〉を生きていく上で、より大切ではないかと私は考えている。
自分の凝り固まった感性へ揺らぎをもたらすために、他者との交流を絶やさないこと、
人と話をするときに質問をすることは常識であること、
効率や利益に捉えられてばかりでは真に「豊か」とは言えないということ。
これらは研究者ではない自身に対しても日々心がけるべきことだと感じた。
以下、自分用メモ
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役に立つことをやらなくてはと言う発想と地続きで、失敗せずにやらなくては、という考えに囚われた若者が多いが、「失敗をする、イコール、その人がダメというわけではない」、「どれだけ失敗から学んだかが、その後の成功に正しく反映されていく」、「失敗は別に推奨されるものでもないけれど、一般社会と違って、研究者の世界というのは、失敗に意味がある」
「人生100年になったんだから、もっともっと回り道をして欲しい」
研究者の人たちがやりたいことに熱中できる環境づくりをしていきたい
小柴昌俊先生はノーベル賞を受賞したときに「その研究はなんの役に立つのですか」と聞かれて、「何の役にも立ちません」と答えた。
コロナワクチン開発競争で日本が遅れた事例から、企業で基礎研究力への注力が減らされていること、国から大学の研究者に与えられる研究費の偏りの議論を展開していく。
資金配分を今「役に立つ」「役に立たない」で判断してしまうと研究推進は成り立たないし、例えば防災など本当に必要な時に力を発揮できない
おもしろい科学者は専門外のことを話しても何にでも興味を持っているらしい。
「失敗の理由を考え、その意味を問い直してみると、常に次の問いが出現するものである。」
「大股で歩く、抜けた要素の証明は自分たちがやらなくても必要ならば誰かやる人が後で出てくるはず」
Chance favors the prepared mind
「役に立たなくとも、真実というものがあるのなら、少しでもそれに近づきたい。ここに人間の本性があり、サイエンスの根幹がある」
「昨日まで正しいと思われていたことが、今日、ひっくり返る可能性もある。」
「すべてが約束されていない偶然の積み重ねが人生であり、その折々にベストを尽くせばいいのではないか」
「非効率的な時間が、「知りたい」という欲求を育てる、興味や好奇心を膨らませる大切な役割を果たしていたのだと思う」
無駄をなくし、情報をできる限り網羅していく姿勢は必要だけれども、やりたいと思う研究の規模が小さくなっていくことには危うさを感じる。試行錯誤を繰り返していくプロセスの中にこそサイエンスのさ喜びがある
隙間を埋めて論文が一本書ける能力と、オリジナリティを発揮する能力とは違うのである。
とはいえ、やむを得ないところもある。背景には、結果を出さないと職を得られない状況があるから。
短期間で何らかの成果を出さなければならないということが、大きな発見に繋がる成果は逆比例するのは、当然の帰結である。
近代以前は、科学は貴族や僧侶などによって行われていた
研究に割ける絶対的な時間の不足による、日本の研究力の低下も文科省の調査で判明している
本の中では、研究者の多様性についても触れられていて、例えば東工大で行われている「ファーストジェネレーション枠」というのは、両親が大学卒でない高校生に進学の機会を増やす試み。「大隅良典記念奨学金」システムの一つで、現在は卒業生を含めた多くの人たちからの寄付によって支えられている
Curiosity Driven
人々の科学に対する敬意を肌で感じた。100年以上の歴史を誇るノーベル賞を通じて、スウェーデンでは、科学が市民の間で身近なものになっていることを感じた。
海外を見ると、個人の棋譜を基盤とした巨大な研究施設が、臨床のみならず、基礎的な研究でも大きな役割を持っている例が多数ある(セントジュード小児病院など)
▶︎日本の財団は?
武田科学振興財団など、あり。大隅先生も、大隅財団を立ち上げた。
大隅先生は、本の中で繰り返し、応用研究に繋がらない基礎科学は研究費をなかなか得られないと述べられた
研究の発展に必要な条件は、研究費と適性を持った人材
研究費が得られなくなると、研究成果が得られなくなって、次の研究費も得られなくなる