糸太
@itota-tboyt5
2026年7月1日
太陽諸島
多和田葉子
読み終わった
冒頭から船は予想外の方向へ向かった。目的地は極東ではなかったか。Hirukoたちが進んだのはバルト海。各国の港町に立ち寄りながら、ゆっくりと内海を回る。
理由は本人たちにも分かっていない。考えようとするたびに誰かに声をかけられ、会話の応酬のなかに思考が埋もれていってしまう。
それは読み手も同じ。でも、しばらく物語に身を委ねていると、戸惑いは徐々に和らいでいく。
そうか。「境界」を疑い続ける旅であるならば、いまさら祖国を探しに行ってどうする。たどり着いた先に懐かしい島影があろうとなかろうと、それは「境界」をいま一度確かめたことにしかならないではないか。
逡巡する。Hirukoたちの船旅も一直線には進まない。寄港地はそれぞれ国が違う。上陸のたびに触れる歴史や文化も、「境界」を強く浮かび上がらせる。
それだけではない。第三巻に入ってから、登場人物らはお互いの距離も意識し始めたように思える。Hirukoとクヌートは近づき、ノラはナヌークへの想いを新たにし、逆にナヌークはそこから逃がれようともがく。みんなから煙たがられるSusanooも、その態度をさらに荒ぶらせ、否が応にも「境界」を際立たせる。
かと言って、周囲からにじり寄ってくる「境界」をそのまま受け入れることはできそうもない。「境界」が揺らぎ続けている実感は、間違いなくあるのだから。
Hirukoたちは事あるごとに甲板へ出る。「境界」のない海と空に身を晒すことで、存在を慰めようとしているのかもしれない。
何にも縛られず、カモメは自由に飛んでいく。甲板から投げつけた空瓶は、カモメには当たらず海に落ちて沈んでいく。誰のものでもなくなったゴミは、太平洋のどこかに堆積して新しい島をつくるかもしれない。
すべてが繋がっているようでバラバラで、でもやっぱりよく見たら、大きなひとつであるような世界。ここを矛盾なく生きることは、はたして可能なのだろうか。
家になりたい、とHirukoは言った。これまでの船旅とは違い、自分は乗客の一人であることをやめて船そのものになろう、という提案にも感じる。
宇宙から見たら地球も船みたいなものだ。話がぐるぐると回り続ける。自らの尾を噛んだウロボロスのように、ミクロがマクロになり、マクロはミクロに還っていく。
Hirukoの旅は終わらない。読み手には、想像力の翼だけが残される。
