
DN/HP
@DN_HP
2026年7月2日
穢れなき者へ
マイクル・コリータ,
越前敏弥
読み終わった
本と日記のある過去
「スティーヴン・キングらが激賞!」した小説をわたしも激賞したくなった。めちゃくちゃ良かった。
嫌な気持ちで終わってしまいそうな一日を、少しでも良く、というか納得できるものにするために古本を買う。そんなことをたまにしている。めちゃくちゃ惹かれるものがあればそれに越したことはないけれど、そうではなくともなんとか選び出して一冊は買う。それはもうその本が読みたいというよりは、本を買う、というか消費自体がしたいだけ(消費セラピー)かもしれない。
まあ、それはそれで悪くないとも思っているけれど、やっぱりそれでも嫌な気持ちが拭えずに眠れない夜にそんな本を特に期待もせずに開いてみれば、引き込まれて、感動して、ああ、なんて素晴らしいんだ、と思うこともある。たまにね。そうなればその日は素晴らしい本を買った日になって、納得して、全部OKだったと思えたりもする。この本を読んだ昨夜みたいに。今日は寝不足だけど気分はいいんだ。
🛥️
小説には「主人公」のそれや「あらすじ」に書かれるもの以外にも幾つもの物語が書かれているし、優れた小説はそれをたしかに読むことが出来る。この小説だったら帯にも書かれている三人以外にも、州警察の女性警部補の過去と対決するような物語はとても重要だし、舞台となる島の残された良心ともいえる食料雑貨店の店主の視点と行動も物語れるべきだ。あるいは、島を取り仕切る保安官補はクズ野郎だけれど、彼の思う「正しさ」とそれ故の残忍さにも物語はある。
そんな彼女、彼らの誰もが見つめる先、衰退していく島には憎しみや腐敗、堕落、暴かれるべき邪悪さがある。その島自体の物語も語られるべきだ。それは「ひどいのは過去なのか、それとも未来なのか。どっちでも好きな絶望を選べという」ような物語だ。それでも男は「いまの美」をそして「希望」を見逃さず、見出してそれを信じ絶望に抗おうとする。「人間は堕落しやすい魂を持ってこの世に生まれ落ちる。大事なのはそれに抗うかどうか、どれほど長く懸命に抗えるかだ。」というわけだ。
懸命に抗い続けた末に男は、彼もまた懸命に抗い続けた少年の姿を目にする。「悪いことばかりが可能ではないはずだ。ああいうことが起こったのなら、少年が飛べない理由もないはずだろう?」。石場から船へ、あるいは自ら選択した未来へ跳ぶ少年の姿に、男は、それにわたしも、美しさとその島のみならず世界の可能性と希望を読み取るのだ。少年の跳ぶ姿を見届けた男の、警部補へ向けた「最高だったよな」という問いに答えることが出来るのなら、「ああ、最高だったよ、少年もそれにこの小説も」と答えてみたい。それくらい没入して感動もしていた。少し元気にもなっていた。
そんな素晴らしい小説を読み終わってこんな文章を書いている今日も、やっぱり引き続き全部OKだったし、「最高だったよな」と思っているのだった。








