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Chance Meeting.
- 2026年5月26日
令和最恐ホラーセレクション クラガリコウイチ,はやせやすひろ✕クダマツヒロシ,栗原ちひろ,梨,澤村伊智,背筋梨さんの「恐怖症店」、この人こういうの書くんだ、と思うような恐怖と情の話だった。エモい。良かった。恐怖を書く、伝える側と、読む、受け取る側の関係を表す話でもある、かもしれない。 「『人の恐怖を売り物にしている私にとって、人の『情』とは貨幣であり、通貨なのですよ。人はその時の気分によって、自らが感じた恐怖を笑いに換えたり、悲しみに換えたりする。逆も然り、人生で得た悲しみや可笑しさを、人は時に恐怖という言葉で形容する。なればこそー|貫女は恐怖以外の感情を差し出すことで、新たな恐怖症を得るのです』」 「『恐怖に代表される不快は、人間の身分の貴賤に関係なく、そして例外もなく、すべての人間に開かれていた。幸福の天井には存外早く到達してしまったのに、不幸の地殻には今もって到達する気配すらないらしい』 だからこそ、今もなお新しい恐怖症が生まれ続けているわけだ」 ——梨「恐怖症店」 - 2026年5月26日
3934km 国境を越えてフアン・カルロス・ケサダス,星野由美気になる読みたい - 2026年5月25日
- 2026年5月25日
本は読めないものだから心配するな管啓次郎心に残る一節「きみもすでにそこに属しているに違いない書店の共和派は、たったひとりの日々の反乱、孤独な永久革命を、無言のうちに誓っているのだ。ただ本屋を訪ねつづけることが、彼/女の唯一の方法論であり、偶然の出会いが、彼/女のための唯一の報償であり、それによってもたらされるわくわくする覚醒感と知識の小さな連鎖的爆発が、彼/女の原動力だ。」 - 2026年5月25日
令和最恐ホラーセレクション クラガリコウイチ,はやせやすひろ✕クダマツヒロシ,栗原ちひろ,梨,澤村伊智,背筋寄り道した本屋で目についた怖いアンソロジーを買って、近くの公園のベンチに腰掛けて日が暮れる前に一編だけ読む。冒頭の背筋さんの一編。内外両面でリアリティをもって描かれる世界に唐突に刺し込まれる、理解出来ない異質な不穏な言葉。それに意味がわからないまま、わからないからこそ捉われ、誘われ行き着く先は…… 読み終わるといつの間にか汗は引いていて、湿ったシャツに風が当たって少し震えた。 背筋さんは短編小説もめちゃくちゃ上手い。もっと読みたい。「ミッドナイトギャラリー」で朗読されていて素晴らしくて怖かったあの話も掌編としても読んでみたい。
- 2026年5月25日
本は読めないものだから心配するな管啓次郎心に残る一節「読書はもっぱらチャンス・ミーティング(偶然の出会い)であって、そこに発見のよろこびも、衝撃も、おびえも、感動も、あった。読書の幼年時代、誰もがそんな偶然によって、心という反応の回路を作り上げてきたことは、まちがいない。」 - 2026年5月25日
- 2026年5月23日
世界の涯まで犬たちとアーサー・ブラッドフォード,Arthur Bradford,小川隆,米増由香ちょっと開いた - 2026年5月22日
女の本屋の物語中西豊子気になる読みたい - 2026年5月21日
彼女のカロート荻世いをらこの本に収録されている二作は、「彼女のカロート」では自分の声以外は聞こえなくなってしまったアナウンサー、「宦官の授業」では透析患者で視力を殆ど失っている老人と、今の社会のなかではそのシステムとの間に障害がある、とされている人たちとのコミニケーションが中心に、あるいは重要な位置にある物語でもあって。 自分が社会の側、そのなかから彼らを見つめるとき、その「障害」はかれらの側にある、とみてしまうけれど、社会というある意味での安全圏から出てかれらと一対一で向き合ったとき、そのコミニケーションを妨げる障害はどちらの側でもなくその間に現れる。そこにあるままならなさ、寄る辺なさを思うとき「ケア」という当たり前とされているシステムを見つめ直し改めてそれぞれの間でチューニングしようとする概念が浮かび上がってくる。だからこれはケアに関する物語でもある、あるいはケアに至る話だ、少なくともそこに至ろうとする話だ……と少しづつトーンダウンしてしまうけれど、そんなことも考えているのだった。 - 2026年5月21日
迷いの谷A・ブラックウッド他,平井呈一気になる読みたい - 2026年5月19日
ざんどぅまの影(5)澤村伊智気になる読みたい - 2026年5月17日
彼女のカロート荻世いをらこの本に収録された二篇はどちらも三人称で書かれているのだけれど、その語り方というか語り手の立ち位置みたいなものは大分違っていて。 表題作の「彼女のカロート」は文末に「た」が多用される、語り手のいる(それが書かれている)現在から既に過ぎてしまった過去を俯瞰するように語る、という言うなればオーソドックスな小説の文体、スタイル。 一方でもう一作の「宦官の授業」になると、同じ三人称でも現在形が多用されるようになる。これは物語られている現在からみた未来がある程度既知の状態でありながら現在に並走しながら語っていくような感じ。並走しながら語りはじめれば語り手、地の文と登場人物(特に主人公、視点人物と言われる人物)との距離がグッと縮まる。そうすると何が起こるかというと、平静であるべき、と思い込んでいた三人称の語り手、地の文に登場人物に対する感情が芽生えはじめる、ように読めるようになる。そこがとても魅力的だしとても面白い。ああ、あと文末の「なくもない」の多用も印象的だな。 読みやすいのは前者のタイプだけれど、好みなのは後者だったりする。並走していると文字通り文章が走り出してめちゃくちゃドライヴするし。とかちょっと考えているのだけど、どうでしょうか。 - 2026年5月17日
- 2026年5月17日
愛と人生滝口悠生滝口悠生さんの『愛と人生』に収録されている「かまち」と「泥棒」の連続する二作の短編を読んで、同じく滝口さんの傑作長編『長い一日』のことを思っている。「かまち」で記憶の編集と出力について考え「泥棒」でそれを試行錯誤のうえ実践してみせ、後に日記という出力形式を経て小説に至る『長い一日』で完成をみる。というのは、まあ、わたしの想像だしそれぞれの作品はそれだけでも素晴らしいのだけれど、そんな経緯を思えばさらに特別なものにも思えてくる。これから書こうとしている夏の日記もそんな風に書けたら良いな、とも思いはじめている。分不相応かもしれない。 5,6月の記憶を元に編集され出力される日記に「夏」と冠をつけて考えるのは先走っている気もするけれど、本を閉じて立ち上がり、トイレに行ってからコーヒーを淹れようとポットをコンロにかければ、その動きとコンロの火で少し汗ばんでくる。さっきまで心地良い気候だと思っていたのに。多少の不快感と一緒に、ああ、たしかに夏かも、と思う。季節の方が先走っている感は否めないけれども。窓から入ってくる風は、それでもまだ心地が良い。窓辺でコーヒーを飲んでこんなことを考えられている今日もやっぱりOKだった、と改めて夏の日記にも書いておきたい。 - 「伊選さんの噺がどこまで事実に即したものなのか、どこからどこまでが創作なのか。またその創作が、意図的なものなのか、そもそも伊澤さんの記憶のなかで書き換えられて事実となった嘘なのか、誰も判断ができない。そもそもそんなこと、創作なしに語れるものだろうか。」 「かまち」(p172) 小説、だけでなく日記でも随筆でも、そんな風に思える文章が好きなのだと思う。 #本と日記のある過去
- 2026年5月17日
掃除婦のための手引き書 --ルシア・ベルリン作品集ルシア・ベルリン,岸本佐知子色々経由した後にルシア・ベルリンの小説(あるいは人生)の根底にある、と思い込んでいる諦観に着地している。あきらめたからこそ手に入れられる、ものにできるものってあるよね、的に。 ちょうど一年前くらいにもそんなことを思っていたぽい。 ハードな人生、タフな登場人物。軽やかに乾いた文章。ユーモアや余裕も絶妙に漂っていて。とてもカッコ良い短編小説たち。 何度目かに読んだときから、これは彼女の人生で体験してきた「あきらめ」の上で物語られているのではないか、というような気がしてきている。 不条理な世界、ままならない人生、過去のやり直せない過ちや消えない傷を受け入れる。「悔いるのをやめる。」一度あきらめる。そのうえで、それでも、ハードな人生をタフに生きていく、生きてきた。その人生から慎重に切り取られ、誇張を加え作り話混ぜ合わせ紡いでいく。そうやって書かれる短編小説は、きっと彼女と同じようにとても強い。そんな印象を受けた。 あきらめることで手に入れられるもの、そうすることでしか手に入れることが出来ない強さやしなやかさ、余裕が、ものにできない短編小説があるのだ。そんな風にも思った。「あきらめ」以外にも相応しい言葉があるかもしれないし、的外れかもしれないけれど、幾つものことをあきらめてしまった後にはそんな風に読んでいた。ああ、まだ大丈夫なのかもしれない、と思えた。わたしもこの強さや余裕を手に入れられるだろうか、手に入れたいと思った。 どの短編小説も素晴らしかったのだけれど、冒頭の初めて読んだ彼女の小説で、すぐに大好きだ、と思えた「エンジェル・コインランドリー店」。 これもJAZZだった。JAZZみたいにロマンチックだ、と思った「ソー・ロング」。オーネット・コールマンのファイブスポットでの初演奏の一文にビックリしつつ嬉しくなった。 刑務所での文章教室を舞台にした大好きな短編小説があるのだけれど、同じように文章教室を舞台にした「さあ土曜日だ」も素晴らしくて、同じように大好きになった。ここでは珍しく作家を思わせる登場人物は語られる側で、語り手が作中の文章教室で習ったのか綺麗に哀しいオチもつくのだけれど、それでもやっぱり彼女の人生から物語られた素晴らしい短編小説だと思えた。が、特に好きでした。
- 2026年5月16日
文藝百物語井上雅彦,加門七海,東雅夫,森真沙子,田中文雄,田島照久,篠田節子,菊地秀行,霜島ケイ気になる読みたい - 2026年5月16日
エレガンス入門中野香織気になる読みたい - 2026年5月16日
障害と生きることの現象学稲原美苗気になる読みたい - 2026年5月16日
裂神加門七海気になる読みたい
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