
ユメ
@yumeticmode
2025年3月24日

屋根裏のチェリー
吉田篤弘
読み終わった
感想
『流星シネマ』ではアキモト少年の「不在」が太郎やゴー君、ミユキさんに影響を与えていたが、本作では幼少期の親友ミクの「不在」が主人公サユリの人生に少なからず響いている。また、サユリの父はすでにこの世を去っているし、母の行方は知れない。吉田篤弘さんの紡ぐ物語は、登場人物にとっての誰かの「不在」を感じさせることが多いように思う。考えてみれば、人生が先へ進めば進むほど、自分の周りの「不在」は増えてゆくのだろう。だが、「不在」である人が自分にもたらしてくれた記憶や影響は変わらず生き続ける。篤弘さんの小説には、そんな温もりがある。たとえば、サユリが母のハンバーグの味を覚えていて、それがミクとの約束だった「ハンバーガーの店を開く」ことを違う形で叶えたように。
個人的な話で恐縮だが、私は学生時代にオーケストラでオーボエを吹いていた。だから、『流星シネマ』にオーボエ奏者のサユリが登場し、この『屋根裏のチェリー』では主人公となったことがとても嬉しい。解散状態にある〈鯨オーケストラ〉を再び始めるべきか悩むサユリに対し、オーケストラがチューニングをするときに基準となる「ラ」の音を吹くのがオーボエ奏者なのだから、オーケストラのメンバーをもういちど呼び集めるのもサユリであるべきだ——と太郎が語るくだりにはしみじみと感動した。それはあくまで心持ちの話なのだけれど、私もオーボエ奏者らしく自分から何かを始めるという精神でいよう、と励まされる思いがしたのだった。篤弘さんの手がけるイラストも好きなので、章扉絵でオーボエのイラストが見られたことも喜ばしい。