
食いしん坊ちぇりぃ
@yummyyummycherry
2026年7月9日

ブルマーの謎
山本雄二
読み終わった
借りてきた
図書館でタイトルを見て「それな!謎すぎ!」って思って借りた。
この本によると、学校の体育で女子が密着型ブルマーを着用させられていたのは1965年頃からの約30年ほどらしい。私はちょうどその期間と小学生時代がかぶってしまっていて、確かにブルマーを履いて体育をしていた。小4くらいからは着用に対してはっきりとネガティブな気持ちを持っていた記憶がある。中学は海外だったのでブルマーからは解放された。なんで日本では下着姿同然で体育してたのかなと不思議に思ったし、大人になってからも、なんであの頃あんな格好させられてたんだろうと妹や友達との間で話題になったこともある。
本を読んだ私の理解によると導入と普及のきっかけは
▼ 密着型ブルマーの前に使われていたちょうちんブルマーより機能性の高いウェアを教育現場が求めていたこと、
▼東京オリンピック開催時のテレビの普及で、身体のラインが露わなユニフォームを着用した女子選手を多くの人が観て、そこに美と健康を結びつけるマインドを一般の人が持つようになり受け入れやすい土壌ができたこと、
▼販路を拡大したいメーカーのビジネス的な側面
好意的に受け入れる人もいたものの、導入時から嫌悪する声も多く、そのうち性風俗産業に取り込まれ売買の対象になるようになる。ただそれでも学校現場はブルマーを廃止しようとしてこなかった。
そんな中で消滅のきっかけは
▼セクハラ概念の一般化
▼生徒側の人権意識の向上
▼ シンガポール日本人学校に赴任した体育教師がブルマー着用を生徒の反発を押し込めて強制したことをメディアが取り上げたことでブルマー廃止に加勢する方向で世論が形成されていった
ということみたい。
個人的に最大級に謎だったのは、あんな明らかに恥ずかしい格好をさせてこようとした学校(国)側が、女子にその姿を強制したがる背景にどういう意識があったのか、ということなんだけど、それについては以下引用のように言及されていた:
敗戦後、GHQに押し付けられた男女平等や教育政策のおかげで、戦前までの日本のよき伝統はむちゃくちゃにされてしまった。あるいは、家父長制的道徳という包囲網が解かれたために個人の欲望がむき出しになり、道徳が混乱し、性が廃して世の中がひどいことになってしまったと感じ、とりわけ女子に関して「従順、真淑といった日本女性のすばらしい婦徳の涵養などは戦前の遺物として顧みられようともしなくなってしまった」と大きな失望をいだいていた婦徳派にとって、密着型ブルマーがもたらす「恥ずかしさ」は必ずしも悪いことではなかった。それどころか、むしろ積極的な効用を見ていたふしさえある。というのは、男性からの視線を受けて恥じらう女の姿は、婦徳の主軸をなす「女らしい挙措動作」の重要な要素であり、密着型ブルマーをはいて恥ずかしさを覚える女子の姿はこの「恥じらう女」に通じるところがあるからだ。つまり、一九六〇年代後半に密着型ブルマーが学校の女子体操着として登場したとき、婦徳派はブルマーをはく少女たちの姿に「恥じらう女」の姿を垣間見たのではないだろうか。(p186-7)
なんだその精神性。強烈に悍ましい。こんな言葉使いたくないけど、声を大にして言いたい。キモ!
ブルマーが廃止されて良かった。女性の人権が向上する方向で社会が変わりつつあって良かった。長年の謎に向き合ってくれてありがとう、山本雄二さん。


