しすい "文学入門 改訂 (講談社文芸..." 2026年7月19日

しすい
@shisuibubble
2026年7月19日
文学入門 改訂 (講談社文芸文庫 いD 21)
//YouTubeの動画埋め込む。 p27 芸術作品の形式というものが、その時の社会の構造を反映するのは、そのような社会の中で生きる人の生きがいを現わすためには、芸術作品がその構造において、その社会の形を模倣せざるをえないからである。 p38 社会の実情を無視して形式だけを改めても、その作品はよい結果を産まない。そしてある時、その社会の本当の変化を反映した新しい作品を書く才能のある人間が出て、改革的な作品を書くのである。 →新しさを求める意味がわかった。人と人との繋がりの新しい形態を敏感に察知して作品上に写し取った人がえらいんだ。でも例えば芥川賞とかの選考委員やってるのって一番若くて四十代後半なわけで、それで若い世代の新しいつながり(があるとして)の実相をどう評価できているのだろう。そういうもんだと言われればそうなのか。今さらVRって新しくも何ともなくね?と思ったもので。 p45 内面的にも外面的にも新しい生活を作り出そうとする衝動が、爆発的にいろいろな形をとったのがロマンティシズムである。 →へーそうなんだ。 p51 福沢諭吉の自伝おもろすぎるだろ。「今あの人と当時のこと語り合ったらばかおもろいだろうな」って感覚があるのがすごい。福沢諭吉と自分の感覚が地続きであることに感動する。 p56 本当は人間はセックス自体を笑うのではなくて、セックスを押し隠している気取り方を笑っているのである。 →なんで下ネタで笑っちゃうのかを解説してくれており助かる。 p56 文学における笑いには、無意味な形式や制度や約束のために無理な生き方をしている人間を批評するところの批判的な笑いがもっとも多い。しかし、それが笑いの文学の最上のものなのではない。(中略)われわれ人間はこのような哀れなものだが、それでも人生はやっぱり生きるに価する、という感じで許容する態度を取る時に現われる笑いがある。 →さくらももこのエッセイとかあたしンちに通ずるな。松本人志のコントやバカリズムの脚本にも同じものを感じる。 p116 (前略)滑稽で哀れで、人間性の弱い点がまざまざとはっきり見て取れる。そのような作家たちの身の上話が多く小説として、書かれた。この系統の小説を自然主義的私小説というのである。 →弱者男性の自分語りってことか。めっちゃわかりやすい。ツイッターじゃん。 p117 これらのものは、文士が社会から離れて、文士の仲間だけの一種の荒々しい修行僧の団体のような特殊社会を形成して、その中にあってだれがより真実な生活をするか、だれがもっと本当のことを言うか、というような、真実比べのような空気が文壇を支配してきたために生まれたのである。 →よく知らんけどツイッターの浪人界隈とかこんな感じじゃない?私が学生の頃のツイ廃たちにも近いかもしれない(そういえばツイ廃の文学部率は異常だった)。あと裏笑い狙いの地下芸人にも通ずる。 p204 恋愛とか、革命とか、殺人とか、裏切りなどという複雑な事件を、小説を読む読者は面白いと感ずる。しかし、本当は、その事件が面白いのではなく、その事件の一つ一つが起るごとに、そこに、その作者の持っている思想がテーマの形で反復して演奏され、しかも、それが全部連絡のある必然性を持っていることを面白いと思うのである。 →ドパガキの対極みたいな考え方だ。そりゃ本流行んないわけだ。 p205 小説は、(中略)生命というものを、それがある枠にはめられること(社会的在り方)や、失われることに抵抗する(死と生の自覚)形で描き出すものである。 →そうだよね。言い切ってくれてありがとう。こういう風に説明してくれると助かる。小説ってなんなんだよと思っていたので、非常にありがたい。 p206 どのような秩序も、常に人間の生命というものにとっては、まだ不満である。 →これもありがたい。たとえ革命が成ったとて、ニューオーダーに対する不満は必ず立ち上がってくると。それは文学が不滅であることの証明でもあり、少しからず希望を感じる話である。てかこの辺りの頁、確実にこの本の大トロだ。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved