octo "迷宮と宇宙" 2026年7月17日

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@mothmanoir
2026年7月17日
迷宮と宇宙
迷宮と宇宙
安藤礼二
本書には三つの区分が設けられている。すなわち「迷宮と宇宙」「胎児の夢」「批評とは何か」である。 表題作でもある「迷宮と宇宙」は、ポーの「人工楽園」、平田篤胤の「民俗学」を出発点とする、「「現世と幽冥」をめぐる文学史」。 その一方の極には柳田國男と折口信夫の民俗学があり、他方の極には江戸川乱歩や稲垣足穂の文学があるとされる(谷崎潤一郎や三島由紀夫の文学はその中間らしい)。 上記の人物以外にも泉鏡花や種村季弘、ブルトン、アルトー、土方巽(「生ける象形文字」と化した肉体!)、三島由紀夫に澁澤龍彦そして、レーモン・ルーセルの文章が縦横無尽に引用されている。 博覧強記に裏付けられた著者の文学的想像力の自由飛行は、「「迷宮と宇宙」の文学史を締め括る」澁澤龍彦の『高丘親王航海記』に至って幕を閉じる。 「胎児の夢」において著者は、ラフカディオ・ハーンと折口信夫の思想に根底する「多様なるものの一元論」、そして「個体発生は系統発生を繰り返す」というテーゼで有名なヘッケルの思想を手掛かりに、「記憶の遺伝」説が、宮沢賢治と夢野久作に及ぼした影響、を検討している。 そこでは『春と修羅』『ドグラ・マグラ』そしてベルクソンの『創造的進化』に潜在するヘッケル由来の起源(「精神と物質、あるいは意識の発生と宇宙の発生に差異を設けることがない」一元論的な思想。)が、文献学的に精緻な読みによって探られていく。 「批評とは何か」においては、タイトル通り「真の批評」の条件が探られる。「言語は諸感覚が一つに融け合った意味の塊のようなもの」という言語観において、議論の俎上に上げられるのは、小林秀雄、吉本隆明、柄谷行人、そしてボードレール、ランボー、マラルメである。 これは、自由自在、縦横無尽に想像力を駆使して、古今東西のテクストの上を跳び回る著者の軌跡が結晶したかのような本だ。つまりここで展開されているのは間違いなく本物の批評だということ。
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