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@mothmanoir
美学/美術史、映画、哲学、文学とか
  • 2026年5月21日
    田中信太郎
    田中信太郎
    「田中信太郎 岡崎乾二郎 中原浩大〜かたちの発語展」に伴い、編集された田中信太郎の個人カタログ。2014年に至るまでの田中の作歴が一望できる作りになっている。 巻末のインタビューにおいてはたびたび、作家の主体性、作為性を作品から消去することが語られる。奇怪なオブジェが「ただそこにある」ということ。その佇まいの持つ異様な迫力が田中の作品からは感じられる。ミニマムな作りだからこそ無限の奥行きを持った豊かさを孕んでいるという逆説。そのような無限を感じさせる点を見極めるバランス感覚に長けた作家だったのだという印象を受けた。
  • 2026年5月15日
    ベルクソン哲学の遺言
    「持続において思考する」とは、脳の作用に抵抗して、それを突破して思考することらしい。それは、延長よりも時間を、数量よりも質を、固定よりも変化を、静止よりも運動を、つまり不連続よりも連続を選ぶことなのだろうが、やはり肝心なところでベルクソン哲学の核心に辿り着けない感のある読書だった。生活を維持し、功利的に生きるための「物質的」な行動とは異なる、「持続」による直観。 ベルクソンへの本格的な入門書で、難解な記述も多いが、初学者でも漠然とベルクソンの考えていたことのイメージは捉えられるくらいには親切な書きぶりだった。今後はとりあえず、『ベルクソンー諸学と協働する哲学 (ワードマップ)』と村山達也『ベルクソン入門』、檜垣立哉『ベルクソンの哲学』を読んでから、『試論』をちゃんと読みたい。その際にもこの書籍から得られるものは多そう。
  • 2026年5月12日
    柄谷行人中上健次全対話
    柄谷行人中上健次全対話
    気が知れた友人同士の対談ということで、独特にハイコンテクストなやり取りが展開される。柄谷行人が繰り返す「交通」、中上健次の使う「物語」。これら二つのワードの真意を探る為には、二人の著作に当たっていくしかないのだろう(「交通」はマルクス由来、「物語」は当時流行ってたレヴィ=ストロースとかの文化人類学的な意味合いか)。 柄谷行人が若い頃の中上健次にフォークナーを読むように勧めたと言うエピソード自体が、現代の神話のようですらある。
  • 2026年5月7日
    積読こそが完全な読書術である
    情報の濁流に抗うためのビオトープの構築、という観点から「積読」を肯定する読書論だが、割と当たり前のことが真っ当に書いてあるという印象を受けた。 本書の中では十全に展開されなかった「貨幣やコンピュータプログラムまでを「積読」に含めて真面目に議論するという企て」のその後が気になるところ。 自分は読書に対して原理主義的でマッチョなところがあるので、情報の濁流の中の「殺し合いの螺旋(『バガボンド』)」からは、当分降りられそうにない。
  • 2026年5月6日
    日本の裸体芸術
    日本の裸体芸術
    特殊西洋的な「ヌード」という制度の導入に伴う日本の裸体表現の転換劇を、「身」の芸術である刺青をヌードの対極に据えることで描き出す一冊。 「美術」制度の輸入と、それに伴う裸体表現における日本と西洋の文化摩擦、その過程でオミットされていった民衆的な裸体表現(石版画や生人形、刺青)をわかりやすく紹介している。特に生人形や刺青を紹介するときの著者の筆致からは熱量が伝わってくる(面白いものを紹介する時特有の熱量が)。アラーキーに関する記述など、ところどころ生煮えの箇所はあるもののの、扱う射程が広く面白い。好著。
  • 2026年5月6日
    青の美術史 (平凡社ライブラリー こ 12-1)
    本邦の表象文化論の第一人者である小林康夫が、「青」を手掛かりに美術史を横断する、批評的エッセイ。「超越的な」性質を持つ「青」に導かれるようにして本書で辿られる美術史はまず何よりも自由で(恣意的で?)軽やかに奔放。「青」という色の歴史的由来に関するやや格式ばった記述から、聖母マリアの青いマントに関する記述へと、するりと滑り込む冒頭。それがジョットやフラ・アンジェリコ、フェルメール、ジャルダン、セザンヌ、マティス、サム・フランシスなどを介してIKBに緩やかに傾れ込んていく展開を追った読者は、まるで一つの旅を終えたかのような心地に包まれるだろう。 サム・フランシスの飛行体験と「青」を手がかりに彼の作品を読み解いた一節の美しさ。散文詩のような一冊。
  • 2026年4月27日
    増補改訂 アンチ・アクション
    1950〜60年代の日本戦後美術史のフェミニズムによる読み替え。「アンフォルメル旋風」から「アクション・ペインティング」へと至る批評言説が取り零していたものを、三人の画家(草間彌生、田中敦子、福島秀子)の生涯や作品分析を通して、提示し直す試み。アートシーンにおける女性に対して働く、様々な政治的力学を、作品を通して解きほぐしていく手つきが素晴らしい。 アートシーンの政治的状況を上手く利用する草間彌生のクレバーさが印象に残った。
  • 2026年4月21日
    失われたモノを求めて 不確かさの時代と芸術
    「芸術の脱物質化(ルーシー・リパード)」が叫ばれてから約60年の月日が経つ。芸術はその隘路から未だ抜け出すことができていない。本書のタイトルにもなっている論考では、アーティストでもある著者が、アーレントや赤瀬川原平の仕事を頼りに、芸術における「モノ」の新しい可能性を探っている。 著者の真摯で誠実な書きぶりが印象的な一冊。著者の言とは裏腹に、現代アートに対するリテラシーを底上げしてくれる(つまりはこの分野の入門書としても機能しうる)一冊だと思う。
  • 2026年4月11日
    存在論入門
    存在論入門
    ベルクソンから始まり、ハイデガーと西田幾多郎の存在論(途中でレヴィナスを挟む)や、ライプニッツのモナド論、ホワイトヘッドの「活動的存在」、ドゥルーズの差異の存在論を経由し、九鬼修造の偶然性の存在論に至る、哲学エッセイ。 「存在論」という切り口で様々な哲学者の思想に触れられるところが嬉しい。軽妙洒脱な文体も相まって全体的にかなりわかりやすい文章(「入門」の名に恥じない)。特にライプニッツとホワイトヘッドについての解説のわかりやすさはすごい。この本の影響で『西田幾多郎講演集』を買ってしまった。
  • 2026年4月5日
    白魔
    白魔
    日常が一変して「彼岸」の世界に突入していく際の風景描写が散文詩のようで美しい。 明確なプロットがなく、重層的なエピソードの連なりの中で、知らず知らずのうちに「異界」が立ち現れてくる描写が展開されるので、読者も主人公たちの神秘体験を追体験できるような仕組みになっている。 大傑作『パンの大神』ほどではないが、粒揃いの作品集。マッケンの世界観、思想がよくわかる。
  • 2026年4月2日
    タタール人の砂漠
    タタール人の砂漠
    「砦」にて、果たして本当に存在するのかもわからない北からの「タタール人」の襲撃に備える兵士たち。不在の中心とも言うべき決定的で英雄的な出来事(タタール人の襲来)は遅延し続けるが、その周りを迂回するかのように主人公の人生は進んでいく…… ベケット『ゴドーを待ちながら』のようでもありカフカの『城』のようでもある本作が、最終的に一人の人間の人生の物語へと収斂していくところが面白い。ブッツァーティの妙味。
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