

octo
@mothmanoir
美学/美術史、映画、哲学、文学とか
- 2026年7月11日
- 2026年7月11日
- 2026年7月11日
- 2026年7月11日
- 2026年7月10日
意識と本質井筒俊彦読み終わった東洋哲学の根底に流れる本質観を、古今東西の思想を引きながら辿る大河的思想書。 言語によって分節された現実を抽象化して得られる普遍的本質と、「濃密な個体的実在性の決勝点としての」本質の区別を明確にし、前者に対して取られてきた三つのアプローチを説明していくという明快な構成。論の展開において重要な点は繰り返し強調されるので、初学者でも丁寧に読めば議論についていくことができる。 縦横無尽に展開される著者の滋味に富む「語り」によって、壮大な知的旅行に誘われるかのような一冊。稀代の碩学が残した東洋思想史に残る遺産。 - 2026年7月10日
- 2026年7月9日
掌の美術論松井裕美読み終わった著者の言を借りるならば「触覚と想像力が交錯する遊技場としての美術史」。まさしく触れる器官であるところの「手」を主題にした第一章から、芸術家と批評家の遊戯的パフォーマンスを扱った最終章まで、著者の博識な語りは縦横無尽(有名な美術史家の名前は何からの形で一通り言及されているのでは?)。 さらに、自身の鑑賞体験との真摯な対話を通じて生み出されたであろう著者のエクフラシスは美しく巧みで、それこそ、その文章によって「少しずつ知覚や認識が再編成され、自分の固有の経験や記憶が鋳直されていく」ような感があった。 - 2026年7月3日
ことばとかたち西野嘉章読み終わったキリスト教美術に関する図像学の入門書。タイトルにある通り、キリスト教の「ことば」がいかに「かたち」に置き換えられてきたかを丁寧に辿っている本書。議論の射程はその「かたち」が自立して発展していく様、その豊穣さやダイナミズムにまで至る。キリスト教の「ことば」と「かたち」を往還して展開される著者の議論は大変スリリングで読んでいて退屈を覚えるところがない。 聖母マリアの表象や、中世における水面の「かたち」の描かれ方、果ては近代美術史の流れまでフォローしていて、まさに初学者必携の一冊。 汎く西洋美術を学びたいと思っている人間にとっての必読書としか言いようがないほどタメになる内容の本書だが、初学者が手に取るためにはあまりに価格が高すぎるところが唯一の難点か。 - 2026年7月2日
バロック美術宮下規久朗読み終わったバロック美術(絵画、彫刻、建築)に関する、細かいところにまで目の行き届いた概説書。著者も述べている通り、気軽に手に取れる類書が本書以前にほとんどなかったこともあり、この分野の勉強をしたい読者にとっては格好の一冊となっている(強いて言えば、直近では中央公論社の『西洋美術の歴史』シリーズの6巻がそれに当たるか)。 バロック美術を生み出した社会的背景(カトリック改革、絶対王政)に言及しつつ、作品に関する記述がイキイキしていて読んでいて楽しい一冊。この値段でカラー図版が豊富なところも魅力的。 著者が本書末尾で述べている、文化の常数としての「バロック」に関しては、高階秀爾の『バロックの光と闇』を読むと理解が深まる。 - 2026年7月1日
増補 シュルレアリスム酒井健読み終わったもはや神話と化した自動筆記に関するエピソードを批判的に検討するところから、著者の記述は入念極まりない。著者が日本のバタイユ研究の第一人者ということで、全体を通してバタイユに割かれる紙幅が多い。ブルトンとバタイユを対立させて、ブルトンを近代的理性から脱しきれなかったものとして描く点に著者の贔屓目を感じないでもない(ブルトンの側から見れば、パイオニアとして組織を率いていくためにいろいろと仕方なかった部分もあると思う)。 未来への個の保存を目的とする近代社会へのアンチテーゼとしてのシュルレアリスム。その可能性の展開として、個人的には伝統的な神秘体験との関係性が気になった。シュルレアリスムと聖なるものとの関係性。どこかからどこかへの移動などの際に立ち現れる客観的超現実。 - 2026年6月30日
なにも見ていないダニエル・アラス,宮下志朗読み終わった既知の知識を当て嵌めて絵画を観るような、頭でっかちな絵画の鑑賞法を批判する美術エッセイ。教条化したイコノロジーを振りかざす美術史家に対しての「何も見ていない」という批判。それでも絵画に対してモロに反-知性主義的な態度を取っているわけではなく、ただ単により柔軟に絵画そのものを観ることで見えてくるものがあるということが主張されている。 王道美術史的な解釈に回収され得ない、不自然な「逸脱」に着目し続けることでとても豊穣なイメージの世界が立ち現れてくる様がとてつもなくスリリング。 中でもフランチェスコ・デル・コッサの『受胎告知』の手前下に描かれたカタツムリを解釈する章が素晴らしい。形態的にも象徴的にも天上の神の等価物として描かれたカタツムリ。(よく見ると巨大なこの)カタツムリはタブローと現実の世界の境目に描かれており、遠近法で描かれた幾何学的な世界から逃れ出たその存在は形象不可能な「不可視なもの」=父なる神の存在を仄めかす。 軽いタッチで書かれたエッセイのような作品群なので内容の高度さに反して文章は読み易い。 収録されている6つの文章はそれぞれ、手紙の形式を模していたり、はては2人の人間による対話形式によるものであったりする。中でもティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』について2人の男が話し合う章はほとんど漫才の掛け合いのような面白さがある。 著者のように絵画を鑑賞できたらさぞかし愉しいのだろうと心の底から思う。訳者あとがきで願われているアラスの主著の翻訳は未だに実現していない…….フランス語で読むしかないのか…… - 2026年6月24日
身体の美学入門伊藤亜紗読み終わった美学という学問の成り立ち、概説から、その美学が主に扱う「感性」のままならさを経由してその、社会性、可塑性に突入していくという大まかな流れ。 感性の可塑性、「(著者の言葉では)逸脱的な側面」に現代社会を取り巻く諸問題の解決のための鍵を見出している点が非常にアクチュアル。伝統的な美学のお話から現在の我々が直面している他者理解の方法までシームレスに話題が繋がっていく構成が見事という他ない。 感性のままならさを説明する際にダマシオの理論を、感性の規範性を検討する際にアフリコブラを、感性の逸脱性についてはデューイの認識論を引用する手際が鮮やか極まりない。 伊藤亜紗にしか書けない全く新しいアプローチの美学入門書。これからの必読本! - 2026年6月23日
フロイトの灯西見奈子読み終わったフロイトの誘惑理論の放棄、そしてそこからのエディプスコンプレックスへの方針転換(それに伴う外的事実から内的事実への関心の変化)を中心に据えながら、フェミニズムの視点で精神分析の起源について語り直した著作。その意味で、精神分析の誕生(内的現実の重視と外的現実の軽視)の裏には、数多くの被害者の犠牲があった可能性があるという問題提起が暗になされている。終章のフロイトの身の回りを世話した女性たちの記述に至るまで、精神分析の祖としてのフロイトをフェミニズムの視点から相対化する試みが一貫している。 かなり読み易い、エッセイのような語り口で進んでいく本だが、さらりと重要なことが述べられていて迂闊に読み飛ばせない。 失敗に終わったドラとのセッションの話は、今の視点から見るとセカンドレイプの事例でしかないが、分析家の間でキチンと批判されていることも明記されており安心した。 次は『精神分析にとって女とは何か』を読んでみたい。 - 2026年6月22日
読み終わった有名なフーコーによる「人間」の死に関する言説を、20世紀後半の生命科学、認知科学をはじめとする諸分野の発展に即してアップデートしようと試みている本…と取り敢えずはまとめられるか。 フーコーは「人間」の死は精神分析と人類学によってもたらされると述べていたが、それらの要素は認知心理学における二重過程理論において精緻化されている(意識と無意識、主体と構造という二つの処理システムの精緻化)、という話から本に引き込まれた。 このような例に始まり、広範な科学知識を丁寧にまとめる著者の情報整理能力はかなりのもので、自分のような古臭い文系脳の人間にもわかりやすく議論が展開されている。 書評からエッセイ、鼎談までありとあらゆるジャンルの文章が収められた雑駁な本という印象もあるが、その分著者の考え方の根底にある「新しい人間観」が伝わりやすくなっている。読後に、読みたい本がとてつもなく増えてしまうという点でかなり優秀なブックガイドでもある。 - 2026年6月21日
- 2026年6月21日
鈴木大拙碧海寿広読み終わった鈴木大拙自身の言葉がしばしば引かれ、参考文献の出典もキチンと明記されている。新書にしては質実剛健な造り。それでも文章自体はすごくリーダブルで文句のつけようがない。 一読して、大拙の生涯を辿りながらもその思想の変遷を追体験できた。彼が世界に禅の精神を広めようとした過程なども詳しく書かれていて勉強になる。 個人的にはエックハルトとの思想的共鳴が気になるので次は『神秘主義 キリスト教と仏教』を読んでききたい。本書ではあまり紙幅が割かれていなかった西田幾多郎との交流も気になるところ。 - 2026年6月18日
増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる朱喜哲,杉谷和哉,谷川嘉浩読み終わった現代において個人は、決断を迫る大量の情報の濁流に晒されている。本書は、キーツ由来の「ネガティヴ・ケイパビリティ」という概念の実践として、あらゆる問題に対して「言い淀む」様を三人の研究者の鼎談の形で展開している。 扱われる話題は広く陰謀論からAI依存まで多岐に渡るが、どの章でも、現代的で今まさにアクチュアルな問題が論じられている。その意味で、帯に掲げられている「令和の必須文献」という看板は伊達じゃない。これからの議論の新しいスタートラインになるべくしてなる一冊だろう。 - 2026年6月17日
キテレツ絵画の逆襲三浦篤,森村泰昌読み終わったフランス美術研究者の三浦篤と芸術家の森村泰昌が、ゲストを迎えて展開する日本の近代洋画に纏わる鼎談集。 「西洋近代」という新文化の突然のインサート。それまでの日本文化と、異質な文化の狭間で悪戦苦闘した画家たちの奮闘ぶりが著者たちの言う「キテレツ絵画」を生み出した。さらに本書が洋画理解のために提供するのは東西二項対立の視座だけではない。地方⇆東京⇆西洋の空間的視座と、黒田清輝以前以後の時間的視座が読者の洋画理解を深めていく。個人的には黒田清輝以前の、(つまり「画家」以前の)「絵師」たちの奔放な西洋解釈に惹かれるものがあった。 楽しく読めて勉強になる一冊。 「たとえばイタメシ、パスタにタラコ足した、メニューが定番と化したごとく、日本の歴史上に、残すべきもの作った、生き証人」(by宇多丸) - 2026年6月2日
蛇淫中上健次読み終わった1976年『岬』で芥川賞を受賞する前後に書かれた作品が収められた短編集。かつての「路地」の記憶に捕えられた人々、血縁や地縁で雁字搦めの世界観、そして暴力。後の『枯木灘』以降の中上健次を予告するようなオブセッションに満ちた作品集だが、これらの作品を後に確立されるスタイルの前哨戦とのみ見做すのも味気ない。『蛇淫』に始まり、若い男の暴力的な青春にはどこか爽やかさすら感じさせるものがあり、それはこの時期の中上健次に特有のものかもしれない。後に展開される、修飾語で埋め尽くされた密度の高い文体に比べると、さらりと読みやすい、紀州弁がアクセントとなった独特のリズムを持つ文体も一つの見どころ。 - 2026年5月21日
田中信太郎BankART1929,光田由里,北風総貴,田中信太郎読み終わった「田中信太郎 岡崎乾二郎 中原浩大〜かたちの発語展」に伴い、編集された田中信太郎の個人カタログ。2014年に至るまでの田中の作歴が一望できる作りになっている。 巻末のインタビューにおいてはたびたび、作家の主体性、作為性を作品から消去することが語られる。奇怪なオブジェが「ただそこにある」ということ。その佇まいの持つ異様な迫力が田中の作品からは感じられる。ミニマムな作りだからこそ無限の奥行きを持った豊かさを孕んでいるという逆説。そのような無限を感じさせる点を見極めるバランス感覚に長けた作家だったのだという印象を受けた。
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