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@mothmanoir
美学/美術史、映画、哲学、文学とか
  • 2026年8月22日
    ヨーロッパ思想入門 (岩波ジュニア新書)
    岩波ジュニア新書の本を読むのはこれが初めてだが、骨太の内容に驚かされた。全体の三分の二の分量を割いて、ヨーロッパ思想の源流たる、古代ギリシャ思想とヘブライズムを解説している。第三部はその意味でボーナスステージの感がある。本書がレヴィナスの解説で締められているところから、著者が若い世代に託したかったものを感じられる気もした。
  • 2026年8月18日
    真理とディスクール: パレーシア講義
    真理とディスクール: パレーシア講義
    フーコーが晩年に行った、パレーシア(真理を語ること/率直に語ること)に関する講義録。古代ギリシアの民会において自由市民が危険をその身に引き受けながら行なうパレーシアから、王を制す役割を担うパレーシア、生の技術(自己を統治する技術)としてのパレーシアまで。パレーシアという概念に注目することで、自己と真理の関係がどのように変化してきたかを探るフーコーの手つきが素晴らしい。古典的テクストの「読み」という点で比類なきものがある。講義録だけあってわかりやすく読みやすい。晩年のフーコーの関心に一気に迫っていける良書。 (それにしてもキュニコス派の哲学者たちの行動は現代アートにおけるハプナーのそれに近しいものがあると思った。)
  • 2026年8月17日
    万延元年のフットボール
    万延元年のフットボール
    「蜜」、「鷹」と、主人公とその弟の下の名前を呼びかけ合う登場人物の間に漂う、逆説的に余所余所しい雰囲気。 物語はどこまでも内省的な主人公と、どこまでも行動的なその弟の間にあるパワーバランスを巡って展開されるが、そこに万延元年から現在に至るまで積み重ねられてきた、土地の血と暴力の歴史が重層的に覆い被さってくる。 陸の孤島と化した村を舞台に繰り広げられるドラマは閉塞的で、行き場のない力が登場人物たちを半ば無理矢理に駆動しているかのような感を覚える。 それでも結末に据えられた展開は開放的で、読者を深い満足感へと誘うに足る。 目を惹く導入から入念な舞台設定、周到に用意されたクライマックス、そしてある種のサプライズを伴ったオチ、と、かなり小説としての完成度が高い一作。
  • 2026年8月16日
    美学講義
    美学講義
    美学の日本への受容を分析した第一章から始まり、ヴァレリーの有名な言葉を踏まえつつポイエーシスの問題系を扱った第二章へ、最後の章ではグリーンバーグを中心にして展開される美学的言説が検討される。 あとがきに書かれている通り、「美学はバロックか?」という問いが通奏低音として本書を貫いているが、カント的なフォーマリズムを継承したグリーンバーグがその質料性の重視によって(捻れて)バロック的でもあるという指摘が興味深い。 度々挿入される自著への言及を踏まえて、「谷川渥による美学の総決算」の感がある一冊。その意味で著者のこれまでの著作を読んでいれば読んでいるほど楽しめる。
  • 2026年8月9日
    イメージか モノか
    1970年代前後の日本美術にイメージとモノをめぐる問題系が集約されていたとして、その読解に挑んだ著作。 本書は、モリスの「アンチ・フォーム」を手がかりに〈もの派〉を再考するところから始まり、中原佑介や中平卓馬(そしてその大元のベンヤミン)の(写真)イメージ論を検討しながら、イメージとモノに関する思考を巡らせていく。 そこでは、唯名論的な個別性を突き詰めたところにある普遍、つまり「(ものにまつわる)概念性であるとか名詞性とかいうほこりをはらうこと」で顕現してくる「もの」の次元が、様々な角度から検証されていく。
  • 2026年8月4日
    モデルニテ・バロック: 現代精神史序説
    洋の東西や時代、ジャンルを超えて引用される文章の数々。割とまとまりのない主題の論考が集められた本ではあるが著者の博覧強記ぶりを存分に味わう事ができる。 日本的教養を(その深い理解のもとで)世界の中に位置付ける事ができるのも、この世代の人たちまでかなーという印象。
  • 2026年8月1日
    戦後美術盛衰史
    千葉成夫『現代美術逸脱史』、椹木野衣『日本・現代・美術』とともに日本の現代美術の(数少ない)通史として言及されることが多い本書。 著者の敗戦の際の感慨に関する記述から始まる本書は、著者がアートシーンに対して積極的に関わったきた軌跡をその内容に留めていてる。その意味で教科書的な記述は期待できない。しかしリアルタイムで「具体」や「もの派」、「ネオ・ダダ」の熱狂を経験した著者の文章は一読の価値あり。 作品だけでなく、展覧会の運営状況、画商やギャラリーの実態が記述されており、シーン全体に目配せした内容が貴重だ。
  • 2026年7月29日
    ネオ・ダダの逆説
    日本の現代美術史上にその名をはっきりと残しているにも関わらず、様々な条件(残存作品の少なさなど)のもとで現在は等閑視されている〈ネオ・ダダ〉についての「日本で初めてのまとまった書籍」。 1960年、新宿ホワイトハウスに集まった若者たちの熱狂。「反芸術」を掲げた彼らの活動を立体的に描き出したエッセイの数々は資料として貴重で、日本のシーンで彼らが果たした役割がわかりやすく記述されている。 中心人物として、芳村益信、篠原有司男、赤瀬川原平、磯崎新に特にページが割かれている。通説としての日本美術史を補完する一冊。その意味で必読。
  • 2026年7月28日
    読者はどこにいるのか
    近代小説において立ち上がった「読者」の問題系を様々な文学理論を介して紹介する入門書。 我々が普段自明なものとして使用している「読者」という装置が如何に歴史的に彫琢されて出来上がっていったものなのかを丁寧にさらっていく。当然「語り手」や「主人公」という装置も議論の俎上に載せられていく。 前半の駆け足気味に語られる日本近代文学研究史も勉強になる。 この本を読んだ後では、小説を「読む」という行為についてどこまでも意識的にならざるを得ない。
  • 2026年7月23日
    聖と俗 〈新装版〉
    聖と俗 〈新装版〉
    俗なる人と化した現代人も「宗教的」であることからは決して逃れられない。古今東西の民俗学的知識を引用しながら、文化の根底にある「聖なるもの」へ迫る一冊。等質ではない非連続な空間、直線的ではなく永遠回帰する時間、世界に向かって〈開かれて〉いて、宇宙によって規定されている生活、宇宙開闢を繰り返し経験し直すための祝祭、死を通過し再生するための通過儀礼などなど……現在の我々からは一見縁遠いが、根本的なところで未だ人類を規定している様々な事象が分析されている。 「象徴の助けを借りて人間はその個人的状況を去り、普遍妥当的、宇宙的なものへと〈解放〉される。」
  • 2026年7月22日
    密やかな教育: 〈やおい・ボーイズラブ〉前史
    タイトル通り、やおい/BL以前の「少年愛」「耽美」カルチャーについての歴史を紐解いた一冊。24年組の少女マンガ革命におけるヘッセや稲垣足穂の影響、それと「背中あわせ」の『血と薔薇』ラインのエロティシズムカルチャー、栗本薫/中島梓の初期作品における実践、『JUNE』という教育の場、などなど盛りだくさんの内容。どこを切り取っても〈おんなこども〉が文化を作り上げていく様が活き活きと立ち上がってくる本だ。 「そして今、私たちは、彼女(石原郁子)が遺した批評と小説のなかに、ひとりの女性が「何かできるはずだ」と筆をとった意志を読み、彼女の思考が目指すものを辿り、到達したところを知ることができる。この営みを文化と呼ばずして、何を文化と呼べばいいのだろうか。」
  • 2026年7月22日
    井筒俊彦 起源の哲学
    2006年〜2023年の間に発表された、著者の井筒俊彦に関する文章をまとめた本。二人の師(西脇順三郎と折口信夫)からの影響(呪術と論理という言語の二つの側面)や、哲学や文学、宗教の発生の基盤としての「憑依」、などなど、井筒俊彦の思想を貫くモチーフが細かく解説されている。 井筒と第二次世界大戦との関係についても詳しく書かれており勉強になった。 全体を通して井筒の著作の中では『神秘哲学』と『言語と呪術』にかなり重きを置いている印象。著者の批評的関心に引っ張られた本ではあるが、井筒思想の根本を掴むのにとても良い本。
  • 2026年7月17日
    迷宮と宇宙
    迷宮と宇宙
    本書には三つの区分が設けられている。すなわち「迷宮と宇宙」「胎児の夢」「批評とは何か」である。 表題作でもある「迷宮と宇宙」は、ポーの「人工楽園」、平田篤胤の「民俗学」を出発点とする、「「現世と幽冥」をめぐる文学史」。 その一方の極には柳田國男と折口信夫の民俗学があり、他方の極には江戸川乱歩や稲垣足穂の文学があるとされる(谷崎潤一郎や三島由紀夫の文学はその中間らしい)。 上記の人物以外にも泉鏡花や種村季弘、ブルトン、アルトー、土方巽(「生ける象形文字」と化した肉体!)、三島由紀夫に澁澤龍彦そして、レーモン・ルーセルの文章が縦横無尽に引用されている。 博覧強記に裏付けられた著者の文学的想像力の自由飛行は、「「迷宮と宇宙」の文学史を締め括る」澁澤龍彦の『高丘親王航海記』に至って幕を閉じる。 「胎児の夢」において著者は、ラフカディオ・ハーンと折口信夫の思想に根底する「多様なるものの一元論」、そして「個体発生は系統発生を繰り返す」というテーゼで有名なヘッケルの思想を手掛かりに、「記憶の遺伝」説が、宮沢賢治と夢野久作に及ぼした影響、を検討している。 そこでは『春と修羅』『ドグラ・マグラ』そしてベルクソンの『創造的進化』に潜在するヘッケル由来の起源(「精神と物質、あるいは意識の発生と宇宙の発生に差異を設けることがない」一元論的な思想。)が、文献学的に精緻な読みによって探られていく。 「批評とは何か」においては、タイトル通り「真の批評」の条件が探られる。「言語は諸感覚が一つに融け合った意味の塊のようなもの」という言語観において、議論の俎上に上げられるのは、小林秀雄、吉本隆明、柄谷行人、そしてボードレール、ランボー、マラルメである。 これは、自由自在、縦横無尽に想像力を駆使して、古今東西のテクストの上を跳び回る著者の軌跡が結晶したかのような本だ。つまりここで展開されているのは間違いなく本物の批評だということ。
  • 2026年7月16日
    「もの」の詩学: 家具、建築、都市のレトリック
    多木浩二による「ヨーロッパの歴史のシルエットを「もの」によって描」いた一冊。 「普通の哲学者なら無視するか、気にもとめないで通り過ぎるボロか屑のようなある時代の物質文化に、その時代を生きて行く人間の思考や感情、欲望や狡猾さ、歴史や神話が刻み込まれている」というベンヤミン的認識によって、「もの」に潜在/顕在している社会の無意識が探られていく。「もの」と身体の関係性を家具の変遷の歴史に探る第一章から、「もの」に潜在する政治的な次元を描き出す最終章まで。著者の透徹した思考が楽しめる一冊。
  • 2026年7月16日
    デカルトはそんなこと言ってない
    デカルトはそんなこと言ってない
    今日では「近代」が抱える数多の欠点の元凶と見做され、頗る評判が悪いデカルト。そのデカルトにこびりついたイメージを解きほぐすために、デカルトが本当は「言ってない」ことに着目して書かれた入門書。 通俗的なデカルト理解を覆すために(あるいはその解像度を上げるために)著者が行うテクスト読解はまさに「精読」の鏡。そのため入門書とは言っても内容はかなりハイレベルで強靭なものとなっている。 後期の『情念論』を通して立ち上がるデカルトの姿は全く新しい哲学者かのようだ。理性至上主義者のイメージが強かったデカルトが(意外にも)「身体」や「情念」を重視していた点などが新鮮だった。
  • 2026年7月15日
    イサム・ノグチの 空間芸術
    著者のフランス語で書かれた博士論文を「一般向け読み物」として書き直した、イサム・ノグチのモノグラフ。とりわけコスモポリタン的に語られがちなノグチの仕事をアメリカ社会との緊張関係から問い直すという試みがなされている。 空間をデザインする、空間彫刻家の先駆としてのノグチは、プロジェクトの公共性の高さからくる(時に世界的な)政治的力学に振り回されながら、さまざまな仕事を世に残した。本書では、その様が丹念な調査に基づいた文章によって丁寧に明らかにされている。
  • 2026年7月14日
    生成と消滅の精神史 終わらない心を生きる
    3000年に渡る歴史の中で「心」の概念がどのように変化してきたかを辿る一大哲学叙事詩。 「神々、あるいは自然現象と常時接続しながらその混濁したひとつのネットワーク上に生成する結節点のようなものだった」古代ギリシアの心を、世界から独立させその機能を確定させたソクラテス。そしてその心の概念は、デカルト(そしてその裏面としてのパスカル)、カントを経て彫琢されていく。そのような確固とした「心」はフッサールやハイデガー、メルロ=ポンティ、そして二十世紀後半の認知科学者たちの手によって解かれていく。「意識は脳を飛び出して「脳-身体-環境システム」のなかで成立する」という「心」観はその中で成立する。そしてそのような工程を東洋の側から逆照射する漱石の問題系。 著者の言葉を借りれば、「西洋哲学史が到達した近代的意識というものが引き起こす一種のアレルギー反応の症例パターンとその近似性」をまとめた本と言えるだろうが、「綻びと保全」の両極を絶えず往還する「心」の観念史として、「心/意識/精神の観念の変遷」という一本の線に置かれた時、取り上げられている哲学者たちそれぞれの思想が活き活きと立ち上がってくる。 若き碩学による圧巻の哲学書。何よりも読み物としての面白さが半端じゃないが、それを支えている著者の美しく巧みな文章が素晴らしい。
  • 2026年7月12日
    大人のための印象派講座
    著者の言葉を借りれば、マネを主軸としつつ、「印象派にまつわる女性、金銭、思想、制度、評価、受容などとつながる諸テーマを掘り下げ」た一冊。 印象派の周辺事情を一通り網羅しているだけあって、読み終えた後では印象派に対する解像度が一段と高まる感覚があった(そのため敢えて言えば、印象派に関する一通りの知識を持った人向けの本だとも言える)。 当時の画家のモデル事情や経済事情、画商たちとの関係性に政治思想、伝説的な「印象派展」の実態などなど、読みどころは多い。 「読み物のつもりで書いた」とあとがきで著者が言っている通り、文章は極めてリーダブル。 この分野について知見を深めたい人間にとっての新しい必読書。
  • 2026年7月12日
    中世哲学への招待
    ヨハネス・ドゥンス・スコトゥスを主人公にして語られる西洋中世思想の入門書。「暗黒の中世」の実際の思想的豊穣さに目を向けさせる本。そして、そのことがヨーロッパ思想の根底にある考え方を理解することに繋がる。 中世哲学の背景となる社会状況(アラビアからのアリストテレス輸入、大学の誕生、修道会の実態)が段階を踏んで紹介されて、後半のヨハネスの思想の紹介への導入となっている。随所で挿入される日本的(≒仏教的)な考え方と西洋的な考え方の対比を強調する文章も効果的でわかりやすい。 神の存在証明から、普遍論争や存在の個別性、三位一体論と認識論のつながり、理性からの意志の独立、時間/空間論などなど話題は多岐にわたるが叙述は丁寧で読みやすい。 個人的には「存在の一義性」についての何かしらかの説明を期待していたが、その点には触れられず残念。 とはいえタイトル通りの、この分野に関する最良の入門書の一つであることは間違いない。
  • 2026年7月11日
    もっと知りたいイサム・ノグチ
    およそ芸術家を紹介するのには適さない、著者の存在が前面に出た、主観的で感傷的な文章に辟易させられた。ノグチの人生と結びつけて作品を安易に解釈した記述も多く、もっと客観的、中立的な文章が読みたかったというのが本音のところ。とはいえ図版も多く見応えがある本ではある。
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