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@mothmanoir
美学/美術史、映画、哲学、文学とか
  • 2026年7月11日
    もっと知りたいイサム・ノグチ
    およそ芸術家を紹介するのには適さない、著者の存在が前面に出た、主観的で感傷的な文章に辟易させられた。ノグチの人生と結びつけて作品を安易に解釈した記述も多く、もっと客観的、中立的な文章が読みたかったというのが本音のところ。とはいえ図版も多く見応えがある本ではある。
  • 2026年7月11日
    ヨーロッパ精神史入門: カロリング・ルネサンスの残光
    ヨーロッパ世界における知的地殻変動を、それぞれ9世紀(カロリング朝ルネサンス)、14世紀(神学-哲学の亀裂)、1770-1820(哲学-自由学芸の亀裂)、1960年代以降に見出し、ヨーロッパ精神の深奥に迫る意欲作。 ですます調の易しい語りで展開される本書だが、内容は極めて高度。並行して読んでいた井筒俊彦『意識と本質』と内容が響き合うところがあって辛うじて理解を助けられた。 西洋の文学や思想を縦横無尽に引用して照応させる(そしてその根幹を探り当てる)著者の手つきが素晴らしい一冊。
  • 2026年7月11日
    日本絵画の近代: 江戸から昭和まで
    日本の近代美術を「江戸時代からの連続性を見据える縦軸と、西欧世界との関連を強調する横軸との組み合わせ」から捉えた、文章が収められた一冊。 西洋を受容するに足る文化的成熟を成していた18世紀の日本の描写(それを象徴する平賀源内)から始まり、司馬江漢-高橋由一ラインの写実性に重きを置いた西洋画受容、構想画を日本に根付かせようとしたフォンタネージや黒田清輝の試み、当時の日本人画家の留学事情、などを経て日本におけるポスターアートの発展まで。 同著者の『日本近代美術史論』などと併せて読むと、この時代がさらに立体的に捉えられる。
  • 2026年7月11日
    人間と実存
    人間と実存
    「岩波文庫読者リクエスト復刊2027」にて復刊希望の投票を行なった。 九鬼周造のハイデガー論を是非とも読みたい。
  • 2026年7月10日
    意識と本質
    意識と本質
    東洋哲学の根底に流れる本質観を、古今東西の思想を引きながら辿る大河的思想書。 言語によって分節された現実を抽象化して得られる普遍的本質と、「濃密な個体的実在性の決勝点としての」本質の区別を明確にし、前者に対して取られてきた三つのアプローチを説明していくという明快な構成。論の展開において重要な点は繰り返し強調されるので、初学者でも丁寧に読めば議論についていくことができる。 縦横無尽に展開される著者の滋味に富む「語り」によって、壮大な知的旅行に誘われるかのような一冊。稀代の碩学が残した東洋思想史に残る遺産。
  • 2026年7月10日
    セミ
    セミ
    あまりにもいじらしく不憫なセミのキャラクターデザインの時点で勝ってる。
  • 2026年7月9日
    掌の美術論
    掌の美術論
    著者の言を借りるならば「触覚と想像力が交錯する遊技場としての美術史」。まさしく触れる器官であるところの「手」を主題にした第一章から、芸術家と批評家の遊戯的パフォーマンスを扱った最終章まで、著者の博識な語りは縦横無尽(有名な美術史家の名前は何からの形で一通り言及されているのでは?)。 さらに、自身の鑑賞体験との真摯な対話を通じて生み出されたであろう著者のエクフラシスは美しく巧みで、それこそ、その文章によって「少しずつ知覚や認識が再編成され、自分の固有の経験や記憶が鋳直されていく」ような感があった。
  • 2026年7月3日
    ことばとかたち
    キリスト教美術に関する図像学の入門書。タイトルにある通り、キリスト教の「ことば」がいかに「かたち」に置き換えられてきたかを丁寧に辿っている本書。議論の射程はその「かたち」が自立して発展していく様、その豊穣さやダイナミズムにまで至る。キリスト教の「ことば」と「かたち」を往還して展開される著者の議論は大変スリリングで読んでいて退屈を覚えるところがない。 聖母マリアの表象や、中世における水面の「かたち」の描かれ方、果ては近代美術史の流れまでフォローしていて、まさに初学者必携の一冊。 汎く西洋美術を学びたいと思っている人間にとっての必読書としか言いようがないほどタメになる内容の本書だが、初学者が手に取るためにはあまりに価格が高すぎるところが唯一の難点か。
  • 2026年7月2日
    バロック美術
    バロック美術
    バロック美術(絵画、彫刻、建築)に関する、細かいところにまで目の行き届いた概説書。著者も述べている通り、気軽に手に取れる類書が本書以前にほとんどなかったこともあり、この分野の勉強をしたい読者にとっては格好の一冊となっている(強いて言えば、直近では中央公論社の『西洋美術の歴史』シリーズの6巻がそれに当たるか)。 バロック美術を生み出した社会的背景(カトリック改革、絶対王政)に言及しつつ、作品に関する記述がイキイキしていて読んでいて楽しい一冊。この値段でカラー図版が豊富なところも魅力的。 著者が本書末尾で述べている、文化の常数としての「バロック」に関しては、高階秀爾の『バロックの光と闇』を読むと理解が深まる。
  • 2026年7月1日
    増補 シュルレアリスム
    もはや神話と化した自動筆記に関するエピソードを批判的に検討するところから、著者の記述は入念極まりない。著者が日本のバタイユ研究の第一人者ということで、全体を通してバタイユに割かれる紙幅が多い。ブルトンとバタイユを対立させて、ブルトンを近代的理性から脱しきれなかったものとして描く点に著者の贔屓目を感じないでもない(ブルトンの側から見れば、パイオニアとして組織を率いていくためにいろいろと仕方なかった部分もあると思う)。 未来への個の保存を目的とする近代社会へのアンチテーゼとしてのシュルレアリスム。その可能性の展開として、個人的には伝統的な神秘体験との関係性が気になった。シュルレアリスムと聖なるものとの関係性。どこかからどこかへの移動などの際に立ち現れる客観的超現実。
  • 2026年6月30日
    なにも見ていない
    なにも見ていない
    既知の知識を当て嵌めて絵画を観るような、頭でっかちな絵画の鑑賞法を批判する美術エッセイ。教条化したイコノロジーを振りかざす美術史家に対しての「何も見ていない」という批判。それでも絵画に対してモロに反-知性主義的な態度を取っているわけではなく、ただ単により柔軟に絵画そのものを観ることで見えてくるものがあるということが主張されている。 王道美術史的な解釈に回収され得ない、不自然な「逸脱」に着目し続けることでとても豊穣なイメージの世界が立ち現れてくる様がとてつもなくスリリング。 中でもフランチェスコ・デル・コッサの『受胎告知』の手前下に描かれたカタツムリを解釈する章が素晴らしい。形態的にも象徴的にも天上の神の等価物として描かれたカタツムリ。(よく見ると巨大なこの)カタツムリはタブローと現実の世界の境目に描かれており、遠近法で描かれた幾何学的な世界から逃れ出たその存在は形象不可能な「不可視なもの」=父なる神の存在を仄めかす。 軽いタッチで書かれたエッセイのような作品群なので内容の高度さに反して文章は読み易い。 収録されている6つの文章はそれぞれ、手紙の形式を模していたり、はては2人の人間による対話形式によるものであったりする。中でもティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』について2人の男が話し合う章はほとんど漫才の掛け合いのような面白さがある。 著者のように絵画を鑑賞できたらさぞかし愉しいのだろうと心の底から思う。訳者あとがきで願われているアラスの主著の翻訳は未だに実現していない…….フランス語で読むしかないのか……
  • 2026年6月24日
    身体の美学入門
    美学という学問の成り立ち、概説から、その美学が主に扱う「感性」のままならさを経由してその、社会性、可塑性に突入していくという大まかな流れ。 感性の可塑性、「(著者の言葉では)逸脱的な側面」に現代社会を取り巻く諸問題の解決のための鍵を見出している点が非常にアクチュアル。伝統的な美学のお話から現在の我々が直面している他者理解の方法までシームレスに話題が繋がっていく構成が見事という他ない。 感性のままならさを説明する際にダマシオの理論を、感性の規範性を検討する際にアフリコブラを、感性の逸脱性についてはデューイの認識論を引用する手際が鮮やか極まりない。 伊藤亜紗にしか書けない全く新しいアプローチの美学入門書。これからの必読本!
  • 2026年6月23日
    フロイトの灯
    フロイトの灯
    フロイトの誘惑理論の放棄、そしてそこからのエディプスコンプレックスへの方針転換(それに伴う外的事実から内的事実への関心の変化)を中心に据えながら、フェミニズムの視点で精神分析の起源について語り直した著作。その意味で、精神分析の誕生(内的現実の重視と外的現実の軽視)の裏には、数多くの被害者の犠牲があった可能性があるという問題提起が暗になされている。終章のフロイトの身の回りを世話した女性たちの記述に至るまで、精神分析の祖としてのフロイトをフェミニズムの視点から相対化する試みが一貫している。 かなり読み易い、エッセイのような語り口で進んでいく本だが、さらりと重要なことが述べられていて迂闊に読み飛ばせない。 失敗に終わったドラとのセッションの話は、今の視点から見るとセカンドレイプの事例でしかないが、分析家の間でキチンと批判されていることも明記されており安心した。 次は『精神分析にとって女とは何か』を読んでみたい。
  • 2026年6月22日
    人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版
    有名なフーコーによる「人間」の死に関する言説を、20世紀後半の生命科学、認知科学をはじめとする諸分野の発展に即してアップデートしようと試みている本…と取り敢えずはまとめられるか。 フーコーは「人間」の死は精神分析と人類学によってもたらされると述べていたが、それらの要素は認知心理学における二重過程理論において精緻化されている(意識と無意識、主体と構造という二つの処理システムの精緻化)、という話から本に引き込まれた。 このような例に始まり、広範な科学知識を丁寧にまとめる著者の情報整理能力はかなりのもので、自分のような古臭い文系脳の人間にもわかりやすく議論が展開されている。 書評からエッセイ、鼎談までありとあらゆるジャンルの文章が収められた雑駁な本という印象もあるが、その分著者の考え方の根底にある「新しい人間観」が伝わりやすくなっている。読後に、読みたい本がとてつもなく増えてしまうという点でかなり優秀なブックガイドでもある。
  • 2026年6月21日
    進歩とカタストロフィ: モダニズム夢の百年
    20世紀を駆け足で通り抜ける、スケッチ的エッセイの数々。未来派の「宣言」に注目したものから、バックミンスター・フラーのダイマクシオン・マップに至るまで、取り上げられる題材は様々だが、20世紀に固有のモダニズムの問題系がこれらの文章の通奏低音となっている。 収録されている文章の半分ほどが建築に関するものだが、こちらの知識不足で読解し切れず。しかしこれに懲りず、著者の建築を語る際の語彙に慣れ親しんでいきたい。
  • 2026年6月21日
    鈴木大拙
    鈴木大拙
    鈴木大拙自身の言葉がしばしば引かれ、参考文献の出典もキチンと明記されている。新書にしては質実剛健な造り。それでも文章自体はすごくリーダブルで文句のつけようがない。 一読して、大拙の生涯を辿りながらもその思想の変遷を追体験できた。彼が世界に禅の精神を広めようとした過程なども詳しく書かれていて勉強になる。 個人的にはエックハルトとの思想的共鳴が気になるので次は『神秘主義 キリスト教と仏教』を読んでききたい。本書ではあまり紙幅が割かれていなかった西田幾多郎との交流も気になるところ。
  • 2026年6月18日
    増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる
    現代において個人は、決断を迫る大量の情報の濁流に晒されている。本書は、キーツ由来の「ネガティヴ・ケイパビリティ」という概念の実践として、あらゆる問題に対して「言い淀む」様を三人の研究者の鼎談の形で展開している。 扱われる話題は広く陰謀論からAI依存まで多岐に渡るが、どの章でも、現代的で今まさにアクチュアルな問題が論じられている。その意味で、帯に掲げられている「令和の必須文献」という看板は伊達じゃない。これからの議論の新しいスタートラインになるべくしてなる一冊だろう。
  • 2026年6月17日
    キテレツ絵画の逆襲
    キテレツ絵画の逆襲
    フランス美術研究者の三浦篤と芸術家の森村泰昌が、ゲストを迎えて展開する日本の近代洋画に纏わる鼎談集。 「西洋近代」という新文化の突然のインサート。それまでの日本文化と、異質な文化の狭間で悪戦苦闘した画家たちの奮闘ぶりが著者たちの言う「キテレツ絵画」を生み出した。さらに本書が洋画理解のために提供するのは東西二項対立の視座だけではない。地方⇆東京⇆西洋の空間的視座と、黒田清輝以前以後の時間的視座が読者の洋画理解を深めていく。個人的には黒田清輝以前の、(つまり「画家」以前の)「絵師」たちの奔放な西洋解釈に惹かれるものがあった。 楽しく読めて勉強になる一冊。 「たとえばイタメシ、パスタにタラコ足した、メニューが定番と化したごとく、日本の歴史上に、残すべきもの作った、生き証人」(by宇多丸)
  • 2026年6月2日
    蛇淫
    蛇淫
    1976年『岬』で芥川賞を受賞する前後に書かれた作品が収められた短編集。かつての「路地」の記憶に捕えられた人々、血縁や地縁で雁字搦めの世界観、そして暴力。後の『枯木灘』以降の中上健次を予告するようなオブセッションに満ちた作品集だが、これらの作品を後に確立されるスタイルの前哨戦とのみ見做すのも味気ない。『蛇淫』に始まり、若い男の暴力的な青春にはどこか爽やかさすら感じさせるものがあり、それはこの時期の中上健次に特有のものかもしれない。後に展開される、修飾語で埋め尽くされた密度の高い文体に比べると、さらりと読みやすい、紀州弁がアクセントとなった独特のリズムを持つ文体も一つの見どころ。
  • 2026年5月21日
    田中信太郎
    田中信太郎
    「田中信太郎 岡崎乾二郎 中原浩大〜かたちの発語展」に伴い、編集された田中信太郎の個人カタログ。2014年に至るまでの田中の作歴が一望できる作りになっている。 巻末のインタビューにおいてはたびたび、作家の主体性、作為性を作品から消去することが語られる。奇怪なオブジェが「ただそこにある」ということ。その佇まいの持つ異様な迫力が田中の作品からは感じられる。ミニマムな作りだからこそ無限の奥行きを持った豊かさを孕んでいるという逆説。そのような無限を感じさせる点を見極めるバランス感覚に長けた作家だったのだという印象を受けた。
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