しんどうこころ "筑摩世界文学大系 82 ベケ..." 2026年7月18日

筑摩世界文学大系 82 ベケット ブランショ
筑摩世界文学大系 82 ベケット ブランショ
ベケット,
ブランショ,
安藤元雄
ブランショの『謎の男トマ』を。 わたしの中で過去最高に難解なテクストであった。しかし、とてつもない読書体験をもたらす書物でもあった。 語り手、物語、出来事、そして読者。その境界が溶けていく。わたし自身も作品の出来事へと巻き込まれ、その「参加者」となっていた。これは語り手においても例外ではなく、すべての参加者が「出来事」に揺さぶられる。 これがブランショのいう「récit(物語)」の感覚なのだ、とわたしは読んだ。それぞれの受動性と能動性、その関係を解き明かしながら、また霧の中へと連れ去っていく。 タイトルからして、「トマとは何か」という問いが読者の興味をかき立てる。わたしはトマを、あらゆるものを引き寄せ、あらゆる出来事の契機となる「重力」のような存在ではないかと考えた。 「死んでいる、かつ生きている」「実存、かつ虚無」といった反対の状態が幾度となく現れる。しかし、その矛盾は不思議なほど自然に意味を成しているから恐ろしいし、そして美しい。 読書をする者なら誰しも、文学に触れ、価値観が変わっていく体験を幾度となくしているだろう。これをブランショ的に表すなら、「読書を通じて変わるのではない。読書を経由することで、それまでの自分は自らに殺され、あなたは新たな自分を生み出す」ということなのだろうか。 哲学をこれ以上ないほど文学的に描き切った、至上のテクストであった。生涯をかけてブランショを読み続けたい、そう思わせる最初の一冊となった。
筑摩世界文学大系 82 ベケット ブランショ
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