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しんどうこころ
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@and_gt_pf
岩波の名作を飲み干したい
  • 2026年3月9日
    黄金仮面の王
    黄金仮面の王
    珍しく最新刊を(もちろん古い作品だけれども)。 楽しみ。
  • 2026年3月9日
    ゴドーを待ちながら
    ゴドーを待ちながら
    初ベケット。これは手強い。 恥ずかしながら、読めたのか読めなかったのかがまずわからない。名作だと言われる理由も、まだ掴めない。 奇妙な登場人物が、意味があるような、はたまたないような、おかしな会話を繰り返しながら、何も起きない一日が過ぎていく。次の日が来たのかどうかも、なんだかよくわからない。 動こうとするも、結局動かない。 おそらく動けないのではなく、動かないのだ。 世界は虚無か。人の意思は空虚か。 霧のように曖昧ながら、時間だけは確かにそこにあり、極めて静かに過ぎてゆく。 初めてベケットに触れ、わたしの中のベケットを育てていかねばという使命感を覚えた。
  • 2026年3月7日
    テレーズ・ラカン〈下〉 (1968年)
    テレーズ・ラカン〈下〉 (1968年)
    閉じ込められた世界。自分らしくない狭い世界。 そこで生きるテレーズと一人の人物との出会いは、外の世界への扉となり、抑圧されたエネルギーを爆発させる。それは激しい肉欲と、それを妨害するものへの醜い破壊衝動を生む。 懺悔や後悔をすることはなくとも、湧き上がる非難の念は消えない。それは様々な形に姿を変え、ふたりの日々を脅かす。 愛欲と怠惰への陶酔を願った陰惨な利己心からなる意識の表層は、無意識の奥に潜む罪への呵責に永遠に蝕まれていくのだ。 わたしの中で初のゾラ作品。 読書難度は低く、非常に読みやすい。ドラマチックな展開もまるで昼ドラを見ているかのような気分だ。 比較的シンプルに描かれる中に垣間見える凄惨な描写が、この愛憎劇の邪悪さを際立たせる。
  • 2026年2月28日
    闇の奥
    闇の奥
    野心と知性を持つ人物が、文明という制約から解き放たれたとき、果たして何が起こるのか。 密林というプリミティブな環境は、人の欲望と衝動を増幅し、心の奥にひそむ闇を剥き出しにする。その先にあるのは、理性と衝動の境界が溶ける「地獄」である。 読後もなお、鬱蒼としげる樹々と深い霧の中で、原始のリズムが鳴り止まない。
  • 2026年2月18日
    存在の耐えられない軽さ
    存在の耐えられない軽さ
    とても良かった。色々な人が好きな本で本作をあげる気持ちがわかる。 四人の男女の人生をなぞりながら、「重さ」と「軽さ」について何度も立ち止まって考えさせる小説。 ものごとの本質を言語化するのが非常に上手く、よく効く広告キャッチコピーを浴びるかのように、共感しっぱなしで夢中で読めた。 相対的に軽い人、重い人はあると思いつつ、「すべてが軽い」「すべてが重い」という人は存在せず、誰もが人生の中でバランスを取っているのだろうと思った。 気づけば常に自分と対比させながら読んでいたように思う。「わたし」を見つめ直してみるとわたしの人生は相対的に重いのだと思う。本作で軽さは自由だと語られるが、同時にリスクを伴う。わたしは自由に憧れつつも、このリスクを負うのが怖く、軽くなれない。 そして人生は軽いも重いも、一つひとつが選択の連続であり、円環ではない。 軽く試す、やり直すことは実は許されておらず、前に進むことしかできない直線なのである。歳を重ねるごとに実感が増すが、これは極めて恐ろしい。 総じて本作はわたしの心に強く響き、自分と相手について立ち止まって考えるきっかけを与えてくれた。 歳を重ねるごとに、良いタイミングで読み直したい。 そのたびに感じることは違うだろう。 蛇足 トルストイのアンナ・カレーニナが究極のネタバレをするので積読している方はご注意を。
  • 2026年2月5日
    存在の耐えられない軽さ
    存在の耐えられない軽さ
    ストレートな描写のマッカーシーの後に、クンデラ。書き出しから早速文体が小難しくて、わたしは正直こちらの方がわくわくする。 楽しみ。
  • 2026年2月5日
    ザ・ロード
    ザ・ロード
    序盤は「ディストピアを描いたSF小説か?」と浅く読んでしまったが、読後感はまったく違った。 限りなく続く灰色の世界は舞台装置であり、突きつけられるのは、「人が人たるには?」という倫理である。 ラストは救済でも絶望でもない。 ただ、人間性を次へ渡せるのかが問われる。 長い物語ではないものの、似たような風景が長く続くため、辛抱強く読む必要がある。しかしその長い準備を経て開けるラストは、その分、ひどく美しい。 登場人物と自分の息子とを重ねながら読まずにはいられず、なかなかに胸が苦しい。
  • 2026年1月31日
    なしくずしの死 上
    なしくずしの死 上
    「長い読書」にて紹介されていたので購入。古い本なのでReadsでは引っ掛からなかったが、国書刊行会のセリーヌ全集2、3巻より。装丁が大変美しく、大切に置いておきたい本である。 毒舌と暴言、楽しみ。
    なしくずしの死 上
  • 2026年1月30日
    伝奇集
    伝奇集
  • 2026年1月30日
    灯台へ
    灯台へ
    わたしの人生の一冊に加えたい本が、また増えた。 文学だからこそ触れ得る世界に、今回も出会えたと思う。 目を凝らせばこの上なくゆったりと流れ、全体を眺めれば矢のように過ぎ去っていく相対的な時間。 善悪では測れない、人と人との距離。 それらを俯瞰し、配置として捉える画家という観察者。 流れるような描写の背後で、役割を与えられた人物たちが、パズルのように緻密に配置されている。 前半は内面描写が長く続くため、ある程度の読書体力を要するが、中盤から後半にかけて立ち上がる強烈なコントラストは、本当に美しい。 わたしはこの本を、気高く厳しかった母に贈ろうと、心に決めた。他人に書物を贈ろうと思ったのは、今回が初めてだ。 そういう変化をわたしにもたらした、かけがえのない読書体験になった。
  • 2026年1月21日
    長い読書
    長い読書
    素晴らしい読書体験であった。 普段、乾いて冷たく、少々難解な文学を読んでいるだけに、心にやさしくあたたかく響いた。 時を空けてまた、心が疲れたときに開きたい。
  • 2026年1月20日
    灯台へ
    灯台へ
  • 2026年1月19日
    異邦人
    異邦人
    文学の素晴らしさを改めて確認させられる傑作だった。 読後、衝撃のあまりしばらく動けなくなった。 主人公の無関心と淡白な文体が生むひやりとした空気に対し、世界はまばゆく、熱く、過剰なほどに存在している。 冷たいのは人間であり、世界ではない。 前半の感覚的な日常と、後半の言葉による非日常の落差も見事。 本作は決して「感情欠如の男の末路」を悲しく描いた物語ではなく、意味づけを拒否した人間と世界とがどう反応しあうかを描いた誠実な作品だと感じた。 カミュは主人公を通じて世界の無意味性を提示し、その無意味性を正面から引き受けて生きる人間が、社会にとっていかに危険な存在になるかを描きたかったのだと思う。 読者の温度を下げるような淡々とした文体と一級品の情景描写もとても美しい。
  • 2026年1月17日
    グレン・グールド孤独のアリア
    グレン・グールド孤独のアリア
    同じ話の繰り返しが多く、少し退屈であった。
  • 2026年1月13日
    グレン・グールド孤独のアリア
    グレン・グールド孤独のアリア
  • 2026年1月13日
    異邦人
    異邦人
  • 2026年1月13日
    サンクチュアリ
    サンクチュアリ
    フォークナー初読。 正直、重かった。 読み進めるほどに脳が疲労し、意味を理解するというより、ただ体験させられる感覚に近い。 フォークナーは「考えるな、感じろ」と突き放す作家なのだとわたしは理解した。とにかく、意味が固定されない、まるで詩のような文体ゆえに読みながらかなり消耗した(表面的な美しさという意味での“詩的”ではなく、構造としての“詩的”)。 何より印象的なのは、悪が回収されないことが特別な事件としてではなく、日常として描かれる点だ。繰り返すが、それは特別なことではなく、ただ過ぎて行くのだ。 安っぽい物語的救済を拒み、これが現実なのだと暴力的に突きつけてくる。
  • 2026年1月5日
    装飾芸術―ウィリアム・モリスとその周辺
    テキスタイルについて思うことがあったので、ふと、積んであった本を手に取る。 Readsの検索で引っかかったのが驚き。 読み始めだが、意外と読み物としても面白そうである。
    装飾芸術―ウィリアム・モリスとその周辺
  • 2026年1月4日
    原因
    原因
    「ある子供」に続き、ベルンハルト自伝2作目。 「ある子供」のあとがきで訳者が語ったように、原作の出版順に一発目から「原因」を読み始めると面食らうかもしれない。冒頭から強烈。 延々と長文で残酷な言葉が綴られる。「ある子供」が導入用のプロローグ、「原因」からがベルンハルト節の本領発揮、つまり本編といった位置付けで読むものなのかもしれない。楽しみ。
  • 2026年1月4日
    ある子供
    ある子供
    2日で一気に読み終えた。 自伝としての時系列で言えば一番最初の作ながら、出版は五部作の中で一番最期だったという本作。日本翻訳は本作を一番最初に出版したようだ。 訳者によると “描かれた内容を年代別に並べようという意図からではない。1番目の作である『原因』の冒頭十頁ほどが、その晦渋さゆえに読者を驚かし、「自伝」全体の読書を早々に断念させてしまうのではないか、と危惧したからである。つまり、老婆心以外の何者でもない” とのこと。
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