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しんどうこころ
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岩波の名作を飲み干したい
  • 2026年5月9日
    モロイ
    モロイ
    精神と言語が崩壊する。 本作は、その追体験を読者に強いる。 一般的に、文学は、筋が通るように整頓され、書かれている。 だが本作は、冒頭からその秩序が破壊された状態ではじまる。思考は流れ、逸れ、支離滅裂に漂い続ける。まさに狂気。 だがふと、人間本来の思考の仕方と比べてみるとどうだろう。むしろ、こちらの方が自然なのではないか。 人間は絶えず連想ゲームのように思考する。決して道は一直線ではない。明確な目的を持って思考しているシーンの方が明らかに少ない。 このように思考は常に浮遊している。 問いも、答えも、決してそこに留まり続けない。 ベケットは狂人を描きながら、人間の精神そのものを暴き出しているように思えた。 ※筑摩の世界文学体系にて読了
    モロイ
  • 2026年5月7日
    アルゴールの城にて (岩波文庫)
    アルゴールの城にて (岩波文庫)
    不穏で、痛みを伴うほどの静けさ。 圧倒的な広がりと大きさ。 そしてとめどなく押し寄せる比喩の嵐。 端正でありながら荒々しい描写。 岩のような荘厳さと、夢のような浮遊感。 バロック音楽のような格式を感じさせるそれは、あまりにも美しすぎる。 文体は抒情詩や神話のようであり、スケールが大きすぎてどこか現実離れしている。だが、その過剰さこそが作品全体を現実からわずかに浮かび上がらせ、異様な感覚を生み出している。 グラックの世界では、空間は単なる背景ではない。城や部屋そのものが、人間の精神を静かに蝕んでいく。 全編を通して、まるで白と黒だけで描かれた死神の絵のように、色も温度も失われている。時間すら止まったかのように、死が静かに、そして着実に忍び寄る。 終盤、二本の線が並行して走るような描写が繰り返される。一度では完全に読み解けなかったが、決して交わることのできない二重構造を暗示しているのだろうか。 結局、あれは夢だったのか。 だが作品は、その境界すら曖昧にしたまま閉じていく。
    アルゴールの城にて (岩波文庫)
  • 2026年5月7日
    愛の生活・森のメリュジーヌ
    愛の生活・森のメリュジーヌ
    日常の中に、突如として現れる猛毒。 そこかしこに点在している不快感を濃縮したような、異様な読後感が残る。しかも不思議なことに、その毒はどこか恍惚としている。 澄んだ湖の水底には、腐葉土になりきれないヘドロが静かに沈んでいる。 本作から受ける感覚は、それに近い。 収録作品を通して、退廃の気配が漂い続ける。だがその一方で、父の存在や異性への愛といった、生の匂いが濃密に滲み出している。 相反するはずのものが静かに隣り合ったとき、狂気だけが異様に自然なものとして立ちあがってくる。 これは極めて官能的だ。 金井氏は、女性だけが知る小さな地獄を、日常の中に見ていたのだろうか。
    愛の生活・森のメリュジーヌ
  • 2026年5月3日
    桜の森の満開の下
    不思議なタイトル。 青空文庫で一気読み。 強すぎる美は人を狂わせる毒となる。 文学としては、少々説教くさく感じた。
  • 2026年5月1日
    河明かり
    河明かり
    実に清々しい。 物語に命が宿っている。人物に血が通っている。 重い読後感の作品が続いていた中で、この軽やかさは鮮やかだった。 しかしそれは単なる心地よさではない。人を深く見つめ、その内側を言語化しきる強さに支えられている。 女性であること、その生の実感をここまで自然に、そして力強く描き出せるのは、作者ならではだろう。 これは誰かに薦めたくなる作品だ。 最近、女流作家の作品を通して、自分の母の姿がありありと見えるようになってきた。 本作にも、子を見守る母のような視点がある。ときにおせっかいであり、ときにやさしく、そしてときに強く、頼もしい。 美しさの定義が、自分の中で変わりつつある。知と強さを内面に秘めたものこそ、本当の美しさなのかもしれない。 ※候補に出てこなかったため、Kindleの青空文庫版で登録したが、わたしが読んだものは岩波版。『河明かり・老妓抄』と二作品を収録。
    河明かり
  • 2026年4月29日
    ポータブル・フォークナー
    ポータブル・フォークナー
    こちらは古書店で確保。フォークナーが、いっぱい。
    ポータブル・フォークナー
  • 2026年4月29日
    征服されざる者たち
    征服されざる者たち
    しばらくは手をつけられないだろうけど、確保。フォークナーが、いっぱい。
    征服されざる者たち
  • 2026年4月28日
    風立ちぬ/美しい村改版
    堀辰雄はもっと評価されてほしい作家である。静謐で余白があり、美しい。 手元にあるのは岩波版。『風立ちぬ』と『美しい村』の二作を収録したもの。美しい村の方が含みが多く、より文学的。風立ちぬはストーリーがしっかり立っており、非常に読みやすい作品。 --- 美しい村 季節のうつろい、時間の経過、美しかった記憶。 対象との関係は気づけば姿を変え、どこか触れがたいものになり、そしてわたしから離れていく。 清らかで静謐な描写と、ときおり現れる仄暗さの、静かなコントラストが美しい。 --- 風立ちぬ 過ぎていく時間と、すり減っていく生命。すべては、美しいサナトリウムの季節の中で進んでいく。 夢にまで見た、小説のように美しい哀憐。だがそれは想像よりも残酷である。 二人の時間は悲しみで閉じたのではない。 短く、しかし他の誰よりも強く燃えた炎は、二人に何ものにも代えがたい幸福を残したように思える。
  • 2026年4月21日
    不可能なもの (ジョルジュ・バタイユ著作集)
    死に宿るエロス、そしてエロスに宿る神聖。 「裸体も死である」と言い放つ、確信に満ちた断言。 人類の愛欲は神聖なのか。 それとも空虚と狂気に満ちた闇なのか。 相反するはずの神聖と禁忌は、すでにひとつに溶け合っている。 本能こそが人の本質であり、倫理とはそれを覆い隠すための構造に過ぎないのではないか。 本作はそれを正面から突きつけてくる。 一種の官能的陶酔をはらんだ暴力と残忍さが、耽美的な情景をいっそう際立たせる。 バタイユはその極地に立ち、書くことで人間の内奥を露わにし、世界そのものを侵食していく。 恐ろしい。 それでもなお、破壊衝動の中に美と恍惚を見出してしまう。 その文学は、危険な香りに満ちている。
    不可能なもの (ジョルジュ・バタイユ著作集)
  • 2026年3月29日
    愛人(ラマン)
    愛人(ラマン)
    びっくりするくらいよかった。装丁の印象に反して、これは明らかに名作である。 本作は『愛人』というタイトルながら、甘いロマンスは一切語られない。 占領下の異国という環境、いびつな家族、そして貧困の中で、デュラスがどう生きたかが語られる。 軽快な文体でありながら、それは楽しげな軽さではなく、現地の気候のような湿度を帯びている。語られるものはかなしみと危うさに満ち、静かに彼女の顔に皺を刻む。 苦いでは形容しきれない青春。重苦しい日々へのささやかな反逆と、そこで知る甘美な快楽。 精神は委ねず、肉体の快楽にのみ身を許す。反逆は決して劇的ではなく、静かに進む。 母から愛され損ねたデュラスは、どこか母と似ている。そこから逃れようとしながらも、完全には逃げきれていない。 母は娘の内面に自らの影に無意識に見出し、自己嫌悪してしまうのであろう。 時折、デュラスは自身を「わたし」ではなく「彼女」と呼ぶ。主体から離脱することで、情景と感情は冷ややかに保たれ、逃れようとしても逃れきれない運命の感覚を際立たせる。 彼女の時間は、ガラスのようにはかなく、危うく、そして透き通っている。
    愛人(ラマン)
  • 2026年3月26日
    基礎講座 哲学
    基礎講座 哲学
    メモ ピュシス(自然の法)とノモス(人間の法)の矛盾。アンチゴネー
  • 2026年3月23日
    ペドロ・パラモ
    ペドロ・パラモ
    巻末、訳者・杉山晃氏の解説を読んで、くやしいかな、ここで初めて全体像が見えてくる。 断片と記憶、そして声。 幻想的な浮遊感とは異なる、もっと根源的な「浮遊」がこの作品にはある。時間は断片化され、宙に浮いたまま、不規則に現れる。 冒頭では何が起きているのか分からないほど読者を突き放すが、読み進めるにつれてゆるやかにピースが接続されていく感覚が面白い。 本作はストーリーが円環構造をなしていると言われるが、一度読んだだけでは正直、掴みきれなかった。 再読のたびに、また違った顔を見せるのだろう。
  • 2026年3月21日
    筑摩世界文学大系 82 ベケット ブランショ
    筑摩世界文学大系 82 ベケット ブランショ
    ベケット2冊目、モロイを読む。 ゴドーを待つとは全く別方向ながら、ベケットという作家への耐性がついたのか面白くてしょうがない。さぁモロイからはじまり、マロウン、名づけえぬものまで辿り着けるか。
    筑摩世界文学大系 82 ベケット ブランショ
  • 2026年3月20日
    世界文学全集〈31〉シュティフター 晩夏
    世界文学全集〈31〉シュティフター 晩夏
    気になっていた本。とてもきれいな状態でとても安価に手に入ってご機嫌。
    世界文学全集〈31〉シュティフター 晩夏
  • 2026年3月16日
    黄金仮面の王
    黄金仮面の王
    子供は蟻を笑いながら踏み潰す。ここに悪意はない。無垢なのである。 無垢や純粋は決して救いではない。 また、世界は期待するほど暖かくない。むしろ時に、氷のように冷たくなる。 しかしそれもまた、罪でも悪でもない。 だが世界はどこか静かに美しい。 夢のように、幻想的に。 シュオッブはその世界を描く。 シュオッブの文体からは、神話のようなこぎみよい力強さと、心が漂うような幻想とが同時に感じられる。この二つが独特のリズムを生み出しているのだろう。 ときに物語はぐいぐいと前進し、ときに目が泳ぐような浮遊感を醸す。 相反するとも言えるこの感覚の交錯が、シュオッブの文学をより強く読者に訴えかけるものにしている。 そしてこの美しく純粋な情景が、突如として崩壊する。そこに悪意はなく、罪もなく、むしろその純粋さが生んだ破滅とも言える。 これは下手なホラー作品よりもよほど恐ろしい。美しさは、不気味なほどに恐怖を際立たせるのだ。 本書でわたしは「木の星」と「顔無し」が特に気に入った。 シュオッブの世界に、まさに身体の芯から浸れる作品なのではないだろうか。
  • 2026年3月15日
    原因
    原因
    『ある子供』に続くベルンハルト自伝二作目。 一作目の茶目っ気は一切排除され、ここからが本当の始まりだと感じさせるような激流に飲み込まれる。 圧倒的な美しさで世界から讃えられるオーストリア、ザルツブルクへの容赦ない罵倒。 セリーヌの暑苦しく肉体的な憤怒とは違い、ベルンハルトの怒りは氷のように精神的だ。 それは文学に改行すら許さず、延々と続いていくのである。 ふと、精神と環境の因果について考えさせられる。 戦時下オーストリアという環境、そして彼を取り巻く特殊な家庭環境が彼を生んだのか。はたまた彼の精神が、怒れる環境を作り上げたのか。 ベルンハルトは言う。 政府は人々に蒙(もう)を啓(ひら)かない。なぜなら白痴を生産し、飼い慣らすことで彼らは生きながらえてきたからである。 おそらく当時は戦争という混乱に乗じて社会が腐っていたのであろう。だがここで読み手であるわたしの生きる現代を見回すとどうだ。 いつの時代も社会はどこかで狂っている。 それはすなわち、社会が存続するために支払わされる代償なのではなかろうか。
  • 2026年3月15日
    なしくずしの死 上
    なしくずしの死 上
    国書刊行会 セリーヌの作品 第二巻より。高坂和彦氏の訳にて。 文学とは神聖で高尚なものだろうか。 否。ここに腐臭と反吐と精液にまみれた、饐えた臭いのする文学がある。 とにかく激しい勢いと力、そしてリズムが魅力だ。 腐った社会の中で死と争う、本能的な生のエネルギーがここにあらわれているとも言えよう。 その文章は、まるで音楽のようにページの中で踊る。
    なしくずしの死 上
  • 2026年3月9日
    ゴドーを待ちながら
    ゴドーを待ちながら
    初ベケット。これは手強い。 恥ずかしながら、読めたのか読めなかったのかがまずわからない。名作だと言われる理由も、まだ掴めない。 奇妙な登場人物が、意味があるような、はたまたないような、おかしな会話を繰り返しながら、何も起きない一日が過ぎていく。次の日が来たのかどうかも、なんだかよくわからない。 動こうとするも、結局動かない。 おそらく動けないのではなく、動かないのだ。 世界は虚無か。人の意思は空虚か。 霧のように曖昧ながら、時間だけは確かにそこにあり、極めて静かに過ぎてゆく。 初めてベケットに触れ、わたしの中のベケットを育てていかねばという使命感を覚えた。
  • 2026年3月7日
    テレーズ・ラカン〈下〉 (1968年)
    テレーズ・ラカン〈下〉 (1968年)
    閉じ込められた世界。自分らしくない狭い世界。 そこで生きるテレーズと一人の人物との出会いは、外の世界への扉となり、抑圧されたエネルギーを爆発させる。それは激しい肉欲と、それを妨害するものへの醜い破壊衝動を生む。 懺悔や後悔をすることはなくとも、湧き上がる非難の念は消えない。それは様々な形に姿を変え、ふたりの日々を脅かす。 愛欲と怠惰への陶酔を願った陰惨な利己心からなる意識の表層は、無意識の奥に潜む罪への呵責に永遠に蝕まれていくのだ。 わたしの中で初のゾラ作品。 読書難度は低く、非常に読みやすい。ドラマチックな展開もまるで昼ドラを見ているかのような気分だ。 比較的シンプルに描かれる中に垣間見える凄惨な描写が、この愛憎劇の邪悪さを際立たせる。
  • 2026年2月28日
    闇の奥
    闇の奥
    野心と知性を持つ人物が、文明という制約から解き放たれたとき、果たして何が起こるのか。 密林というプリミティブな環境は、人の欲望と衝動を増幅し、心の奥にひそむ闇を剥き出しにする。その先にあるのは、理性と衝動の境界が溶ける「地獄」である。 読後もなお、鬱蒼としげる樹々と深い霧の中で、原始のリズムが鳴り止まない。
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