
ジクロロ
@jirowcrew
2026年7月19日

マッドヴィランの嘘と真実
ウィル・ヘイグル,
吉田雅史,
梶本麻須久
読んでる
レーベルの従業員は各自の寝室で仕事をし、マッドリブは一九五〇年代の冷戦時代に掘られた防空壕にこもって一日中、音楽を作っていたが、この家はアーティストが集まり、交流するための場所にもなった。DJやミュージシャンたちがひっきりなしに出入りする日々で、会社の日常業務にはあまり決まったかたちがなかった。
(『The seen vs. The unseen』)
マッドリブは防空壕で爆弾(BOMB)をつくっていた。彼にはシーン(seen)を破壊する意志はなかったが、すくなくともそれから距離を置くために、その本来の機能を果たすことのなかった防空壕に籠った。その防空壕は、見えざる(unseen)敵の攻撃、その恐怖心を煽られた人々により作られたものだった。
「一九六〇年代、米国中の家の裏庭に、コンクリート製の貯蔵庫のような建物が建てられるようになった。
……
この一見非合理的な行動に人々を駆り立てたものは何だったのか。その答えは米国民間防衛動員局が一九五九年に発行した「家庭用核シェルター』というタイトルのパンフレットにある。そのパンフレットは、印刷物や公共広告を通じて広く配布され、“敵”(ここではソビエト連邦)からの核攻撃に備え、安全に過ごせる空間をつくるよう一般市民に呼びかけていた。
……
一九六五年には二〇万を超えるシェルターが建てられていた。」
(『プロパガンダ入門』第2章 動機の形成)
マッドリブが防空壕でこしられた爆弾は、こうして今、日本に住む自分の耳にも届いている。
彼は、見えざる(unseen)リスナーを防空壕の外に連れ出す。
敵なんていないのにつくられてしまった爆弾の価値はどうやってはかるべきか問題。
耳穴という防空壕の中にも、ドラムの音は響いてくる。鼓膜はつねに「衝撃」に飢えている。
その人の音楽のオリジナリティとは、Seenへの違和感の表現、つまりクリアなSeenとは対照的に歪んだ音とズレたリズムの集積、つまり彼自身の「心音」をSeenという通奏低音のまな板の上に晒すこと。
この読書を機にマッドリブの音楽(『The Funky Side of Life』/Sound Directions)をあらためて聴きなおすと、そんなことを思う。
まな板の上の「アイ」「I」「愛」「Aye」そして「EYE」。
そしてそんな音楽こそが、Unseenに留まりたかったマッドリブ本人をSeenへと踊り出させることになったマーチ(行進曲)となってしまったという事実。嘘とも真実とも関係のない、ただの事実。タダでは済まないのが事実。
防空壕をこしらえたアメリカ市民にも、マッドリブにも、この本の読者である自分にも、共通して言えることは、「動機」こそが、常にUnseenであり、Unseenの導きにより、Seenになってしまうことが、計らずとも世界を豊かにしてしまっているということ。
意味というかたちを失ったところでしか、新しい意味のかたち、そしてかたちの意味は生み出され得ないし、あらわれないということ。サナギの形態論。
煽れどもサナギ。
サナギを見かけたら、楽しみにして待ち、待っていることを忘れるより他にすることはない。外殻の内側はUnseenであり、無時間性そのものである以上は。
二〇万を超えるシェルター、そこから生み出されたすべてのものを研究にまとめた本があれば読みたいなと思う。
すべての非合理と不協和音をエンタメにして「ひとつ」にすること。
MF DOOMの仮面の奥にマイケル・ジャクソンの顔があり、マイケル・ジャクソンの厚化粧の奥に、MF DOOMの素顔が見えるような気がする。



