
読書日和
@miou-books
2026年7月20日
火葬秘史
伊藤博敏
読み終わった
借りてきた
火葬にまつわる文化人類学の本かな、と思って図書館で予約した一冊。順番が回ってきて読んでみると、想像以上に扱う範囲が広く、とても濃密なノンフィクションだった。
テーマは「火葬」だけではない。戦後の葬儀の簡素化、火葬場をめぐる巨大な利権、そして「火葬」と「食肉」という二つのタブーを利用して富と権力を握った明治・昭和の政商たちまで描かれている。東京の火葬場が民間企業によって運営されるようになった背景も興味深く、火葬場は当然公共インフラだと思い込んでいた私は、ニュースで知った時以上に驚いた。
序盤では、上皇陛下が火葬を希望されていることから話が始まる。すでに公表されていたことだったそうだが、私はこの本で初めて知った。
歴史の部分も面白い。日本で初めて火葬されたとされるのは、遣唐使として唐へ渡り玄奘三蔵に学んだ僧・道昭。700年に奈良・明日香村で火葬され、その二年後には持統天皇も天皇家として初めて火葬されたという。天皇家の葬送文化と庶民の習俗が必ずしも同じ流れではないことも興味深かった。
「死はいつから穢れになったのか」という話も印象に残る。縄文時代には穢れという考え方は薄かったとされる一方、邪馬台国の頃には穢れに関する記述が見られるという。古代から忌避されてきた仕事を担った人々の歴史と、そのタブーを利用して権力を得た人々の存在まで、一冊でここまでつながるとは思わなかった。
ちょうど読んでいる頃、民俗学のPodcastでも火葬や散骨の話を耳にした。「儒教では火葬は親不孝とされる」という話が印象に残っていたけれど、本書では韓国の火葬率の変化も紹介されていた。1990年代までは土葬が主流だった韓国も、土地不足を背景に2000年以降火葬が急速に普及し、現在では九割近くが火葬になっているという。日本は火葬先進国だと知っていたが、キリスト教圏でも火葬が思った以上に広がっていることも初めて知った。
読んでいて何度も思ったのは、これは決して歴史の話ではなく、自分自身の話だということ。幸い両親は元気だけれど、だからこそ今のうちに、見送ること、自分がどう見送られたいか、お墓や供養についても少しずつ考えてみたいと思った。


