もやくま "コンビニ人間" 2026年7月21日

もやくま
@MoyaKuma
2026年7月21日
コンビニ人間
コンビニ人間
村田沙耶香
寝る前に少し読むつもりが、そのまま二時間近く一気に読み切ってしまった。読み終えて最初に浮かんだのは、率直に「羨ましい」という感情。 主人公は、社会が求める空気の中で「いかに自分が普通の人間であるか」を演じ続ける。それも日常生活のすみずみに至るまで、努力を惜しまない。 ただしそれは、無理して演技をしているというより、社会の基準から乖離してしまっている主人公にとって、唯一「社会に適合するように振る舞える」場所がコンビニだった、と捉えたほうが近い。 この「演じる」という営みは、自分にとっての仕事観と強く重なった。自分にとって仕事とは、ほぼ演劇のようなものだと整理している。明らかに理不尽な要求であっても、「はい」「イエス」と答え、常に機嫌よく、求められた成果は出し、周囲への気配りも欠かさない。それが当たり前とされている。 そして、役に成り切れなかった人たちが、静かに舞台を降りていく。 主人公はコンビニという軸に自分を紐付けすぎていて、そこを離れた途端に生活そのものが崩れていく描写がある。日常生活のすべてをそこに適合させ、効率化していく。 直近の自分も、意味合いは異なれど、仕事に生活のすべてを最適化していく状態になっていた。最近は意図的に仕事から距離を置くようにしているが、空き時間でやりたいことも熱量もない。 主人公には「コンビニでしか生きられない」という、ある意味で明確な柱がある。それは無理な演技の末に手に入れたものではなく、望んで選び取った居場所だ。 良し悪しは別として、自分の人生を支える軸がそれほどまでにはっきりしている、という状態そのものへの羨ましさが、読後に一番強く残った感覚だった。 仕事から距離を置いた今の自分には、まだ「望んで選び取れる場所」が見当たっていない。
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