
満ちかけ社
@michikakesha
2026年7月26日
「弱くても勝てます」
高橋秀実
読み終わった
「野球って、ほんとうにコスパが悪いよな」
夫が、練習のあったある日の夜に、ふともらしたひと言。
小さい頃から、お休みは全部野球に費やして、学年があがるほど、厳しくなっていく。でも、そこで大成できるのは、ほんの一握りなのだと、高校野球や練習のお手伝いに来てくれた先輩の高校生を見て、思ってしまったらしい。
まるこめ(我が子、小4)が、少年野球をはじめて一年と少し。
だいぶ、野球というものが分かってきて、守備も打撃も、上達してきた。
だけど、たぶんもともと、運動がそんなに得意な方ではないから、チームの仲間たちに比べて、できないことも多い。
試合中は、ベンチからよく声をかけている。
その声を聞いていると、よく試合の展開を見ていて、戦術の定石も分かっていることが見える。
スコアを勉強中のわたしにも、いろいろ教えてくれる。
感心するくらい。
まるこめは、頭では分かっているけれど、からだがついていかないのだろうな。
そう思っていた時に、この本を図書館で見かけた。
手に取り、はじめの数ページを読んでみて、「エラーの伝統」という第1章から、もしかしたら、まるこめへのヒント、この本にあるのでは?と思った。
学びとしては、「仮説と検証」。
開成高校野球部は、練習が週に一回しかないらしい。
だから、自分自身の課題を認識し、それを解決する方法を自主練の中で「仮説」を立て、練習で「検証」する。それを繰り返す。
この学びを、夫とまるこめに提案したら、「そんなこと、もうやっているよ。」と言われる。
あら、そうですか。ごめんね。
では、まるこめが上達する糸口を探るため、ではなくて、わたしが感じたことをまとめたい。
野球の本質というのか、どんなスポーツなのか、ということは、分かった気がする。
うまくできないからこそ、基本に忠実に動く、そうすることがまずは大切なのだと知る。
そして、「僕は」ではなくて、「僕が」という姿勢。
この本に出てくる球児たちは、自分のことを話す時に、「僕は」と言う。
わたしには、「僕は」は自分を見つめることばに聞こえた。 それに対して、「僕が」には、「自分がやる」という意志を感じた。
「僕が」は内から外に向かう力がある。多くの他者がいるなかで、「それでも僕が」と前に出るエネルギーがある。
「生徒たちには『自分が主役』と思ってほしいんです。大人になってからの勝負は大胆にはできません。だからこそ今なんです。」
監督のことばが心に残っている。
夫が言った「野球はコスパが悪い」という言葉を思い出す。
たしかに、効率だけで考えたら、そうなのかもしれない。
でも、すべてのことを、大成するために、やっているわけじゃない。
好きなことがあって、それに夢中になって、のびやかに自由に大胆に、自分が主役になる瞬間がある。応援してくれる仲間がいる。
誰かと夢中になれる時間も、自分が主役になれる時間も、「効率」では測れない。
まるこめは、どんなに朝が早くても、暑い日も寒い日も、「今日は野球に行きたくない」と言ったことは、一度もない。
野球がうまくなりたい、という気持ちより、仲間に会いたい、という気持ちが大きいみたい。
「今日も楽しんで!」
いつもと同じことばで送り出す。
今日も暑い日。
夫とまるこめは、きっとグラウンドで真っ黒になっている。


