
ni
@nininice
2026年7月26日

日本語 表と裏 (新潮文庫)
森本哲郎
読み終わった
日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で、もっとも重んぜられている フロイス
日本語は昔から、あからさまな言葉を嫌い、曖昧さ、奥ゆかしさ、朧なるもの、を大切にしてきたと言う。あからさまというのは、明らかにする→諦めるに繋がっているのだ。物事が一度あからさまになってしまえば、あとは諦めるしかない。だからその前に踏みとどまろうとしているのだと。著者はこの日本的心理を、「ある種の悲観的な心情」から来ているのではないかと続ける。現世を無常と観じ、永遠を欲さない。悲観的で臆病だか、諦めた先には安堵感が生まれる。
人すまぬ不破の関谷の板びさしあれにし後はたゞ秋の風 良経
この和歌の眺めの中にただよう、無常の世に残る秋の風に一縷の慰めを見出そうとし、安堵する。そしてそれは、元を辿れば日本の自然豊かな風土に基づいているらしい。自然への親しみ、信頼、甘え。自然に任せておけば悪いようにはなるまい、時が解決してくれるだろう、という考え。
なるほどと思いながら読み進めた。色々な和歌を読んでいても、その曖昧さゆえに世界は広がり、幽玄を感じ揺蕩うことができるのだ。確かに日常を振り返っても、自身の意見をはっきり言うことよりも、周りの空気を読みながら、波風たてずに穏やかに時が過ぎることを全く無意識に優先していると思う。だからこそ偶に外国人の友だちとメッセージのやり取りをすると、困るのだ。こちらがはっきり物事を伝えないと何一つ話が進まない。しかし明らかな物言いには強い抵抗やストレスすらも感じてしまい、なかなか返信ができないことがある。
「民族の特質はすべてその民族の使う言葉のなかに集約されているからである。人間は何を考えるのにも言葉で考える。思考とは言葉とともに始まるのだ」