トラ "日本語ラップ 繰り返し首を縦..." 2026年7月26日

トラ
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@Toreads1234
2026年7月26日
日本語ラップ 繰り返し首を縦に振ること
引き合いに出されているRHYMESTER宇多丸や、他のラッパーがどう受け取るか、聞いてみたい。 ラッパーの言葉は強い。2003年にお姉さんを亡くしたSEEDAは曲の中では姉の死を2002年とした。「曲に出すときにはニ〇〇ニ年にしたかった。嘘にしたかった」(p.363)と語っていたそうだが、短い言葉ながら心情がよく伝わる気がする。 他にも多くのラップの歌詞が紹介されているけど、恐らくその時の本人にはそうやって表現するしかなかった心の内を吐き出している。 個人的にいい飲み会とかインタビューって、「話し手が頭の奥にしまっていて、意識してなかったような、でも本当の話をできた時」だと思ってる。ラッパー(その他の表現者も)は、韻というルールに合わせる形で自分の考えを推敲して推敲して作品にすると思う。氷山の一角を見つけたらその下に潜って丁度いい言葉を見つけてそれを歌ってる。そこに美しさを感じている。 コラボしましたーの代わりに 「次の次元行けるように豪傑同士結合し曲げる鉄格子」と叫ぶし 子供時代大変だった、の代わりに 「よくある話子供でもロンリー 真っ暗な家に慣れた小2」と。 というシリアスな面もあるし、本書では射程に入っていないけど言葉遊び、アイディア勝負なところもある。 「いま世に溢れている歌は、思考のリズムと乖離した遅すぎる言葉の表現でしかない。」(p.27) ラップの大きな特長だと思っていて、格好いいとか含蓄があるとかもあるけど、情報量が多いというところに魅力を感じている。それにビートの解釈が自由。歌謡曲が1小節を4〜8で捉えていたものをその隙間を見出して「ここにも言葉入れられるじゃん」ってするところが好き。 以下愚痴、not for meだったと思うところ。 批評の目的を知らないが、本人の理解を整理するためなら成功してる。考えを伝えるためなら、私は想定読者に含まれてなかった。インテリ向けだと感じた。 自分が批評を読み慣れていないからかなりきつかった。「〇〇的」とか「〇〇性」ばかりで読んでいてぼんやりしてくる。適当に開いた1ページで数えたら10個の〇〇的、7個の〇〇性が使われていた。誠実・正確に説明しようとするとそうなるのだろうが、ぼんやりとした概念をぼんやりした言葉で説明するから何を読んでいるかわからない。知識不足だが、ページ内の知らない語彙が許容量を超え続ける。 この本を簡単に表すと「日本語ラップ×批評」だと思うけど持論として、こういう場合どちらかにピンときていればなんとか読み通せることが多い。でもこれは「日本語ラップ」への興味はそれほど必要なく、「批評」に関する耐性とか知識が必要条件になるのではないかと感じた。章ごとに5行くらいの要約つけて、その説明と証拠をその章で書く形じゃだめ?知的な退廃を招く?もう少し平易な文だと助かる。 音楽(芸術)という、半ばマジックのようなものの批評はどこまでその作品の価値を高めるのか考える契機になった。分析することはその文化を豊かにすることに対して寄与するが、原初的な「よくわかんないけど楽しい!ノレる!」という部分も大切で、今後ラップを「いや、これは意味の二重性という面でうんたらかんたら」と、したり顔で評価する知識人が増えて、陳腐化していってしまうことを危惧する。ただ、映画のように当たり前に批評がなされることが行き渡ったことの証拠だとも思うけど。 それと、デリダだ柄谷だドゥルーズだと、ビッグネームの言葉を使うのが作法なのかもしれないが、著者の思考との接続があまりスムーズじゃ無い気がして、読み進めるのにパワーが必要だった。正確には何が言いたいのかが把握できないまま、目が滑っていった。自分にとっては「読みづらいけど分かりたい!」にならなかった。頭の中で「分からない」「集中できない」「納得できない」の三つがグルグルし続ける、苦しい読書だった。 10年後くらい、批評やヒップホップにもう少し詳しくなったら読めるようになるのかも。 「ヴィルノが注目する、エルネスト・デ・マルティーノのきわめて興味深く刺激的な『呪術的世界』は、近代的な存在、意識の様式であるところの、ハイデガー的現存在および現在意識の分析を参照しつつ、前近代的な呪術世界における生の在り様を描き出す。」(p.227) もうボケみたい。全部聴き取れたのにってなる。
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