
Sanae
@sanaemizushima
2026年7月28日
読み終わった
石牟礼道子、中村きい子、森崎和江。
全てを読んだ訳ではないけれど、いい歳になって御三方の作品に触れ、それまで全く知らなかった世界を見せつけられた、圧倒された作家たち。
この御三方の作品を著者は思想文学と定義している。
何の知識もない中で読むだけでも見える世界が変わったけれど、この本を通じて、どんな背景を持って、経緯があって書かれたものなのかがよくわかった。
「聞書きとは、具体的に患者の声を聞く行為を経て書くと言う意味にとどまらず、患者という『横臥者』の視点に立って、『横臥者』の声を想像し、創造する行為を指すものとして見出されているのではないだろうか。もし、誰かがそうしなければ、話すこともできず、声を上げることもできない。人びとの声は永遠に文学の言葉に登録される事はない。」(p18)
対象となっているのは周縁に追いやられてしまった人びとで、女性、男性、障がい者、「流民」状態の者、海外から戻って来た者など一様ではない。それでも共鳴するところがそれぞれにある。
「孤立させられ沈黙を強いられてきた女たちの声を不揃いなままに結び合い、その声を封印してきた抑圧の構造や支配の網の目をこそ可視化」(p339)
書かれてこそだが、大枠で括って表し、ただ”かわいそう“という同情だけの「他律性」では負のループは断ち切れない。
不揃いなままをありのままに表現することで浮かび上がる個人を生かすことで「自律」へ転ずるはずで、そういう書き方、見方、聞き方、感じ方ができる作家さんは尊敬するし、これからもそういう作家さんの本に出会いたいと思う。勉強になった!







