播磨
@harima_gyoza
2026年8月3日
読み終わった
読書メモ
市立図書館で読んだ。
「ギャラリーストーカー」という言葉を初めて聞いたが、蓋を開ければ自分はこういう「◯◯ストーカー」が存在する界隈の人間でもあるなあと気付かされた。
本作を〈令和〉という文脈に位置付けるならば「美術業界におけるジェンター認識の非対称性」が問題の根本にあるのだという話になりそうだが、それよりも本質的に強調すべきは、日本における学問領域/商業としての「美術」に植え付けられてしまっている「男性」性にこそあるのではないだろうか。
「美術」という領域に踏み込むこと=「男性」が作り上げてきた「美術」に対する何らかの規範的意識の中に存在する「男性」性(男性的嗜好)に順応することが当然のように求められる訳だが、そこにあるのは「絵を描く」「彫刻をする」といった表現行為としての「美術」ではない。
特にこの「男性」性に関していうのであれば、「教師」にも近い部分はあるのだと思われる(本もあるし)。
逆張り的にそういった文脈を掬いながらポヤポヤと考えているのは、その「男性」性に加担し(でき)なかった「男性」と加担し(でき)た「女性」の存在である。男女の二元論において見捨てられる彼らこそ、無意識的に何かを(良くも悪くも)再生産しているのだろうな、と思う。
※この本についてはめちゃくちゃ長く書けそうなので、いつかnoteにまとめて追記しよ〜という感じ。あと、自分ってこういうタイプの本めっちゃ好きなんじゃね?となっている。(今更)

