じょるじゅ。 "40歳からは自由に生きる 生..." 2026年8月5日

40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する
母から借りた本シリーズです。「アンタ、もうすぐ40歳になるんだから読んでみたら?」と渡されました。 全体を通して、池田先生節が炸裂しており、クスリと笑いつつ読ませていただきました。 人間(ホモ・サピエンス)は本来であれば38歳が寿命と知り、以前、将来について悩んでいた後輩に「昔は人生50年って言ってたんだから、一旦50年で完結するつもりで人生設計してみたら?」と話したことを思い出しました。「50歳になったら、次の50年をどう生きるか考えれば良いのでは?」なんて話した私が全く何も思い描けてないのですが、残り数年で生物としての寿命を迎えると思うと、なぜだか少し心が軽くなりました。 最近読む本でもキーワードとして出てくることが多い「“今”を生きる」というスタンスについて、本書でも言及されておりました。無意識ではあるものの、自分がそういった考えを求めているのかも知れません。 実は私は幼少期から「死」に対しての恐怖感があまりなく、逆に「この先まだ生きていくのか…」とため息が出てしまうタイプです。人間以外の生物は「未来」というものに囚われていないというご指摘に、「確かにそうかも」という同意と「そうかなぁ」という疑問がありました。 私は長いことクサガメと暮らしているのですが、クサガメは結構な記憶力があります。過去にあった出来事を覚えており、そこから未来に何が起こるか推測することがあるように見受けられる時があるのです。ただ、クサガメが推測する未来は長くても数日先くらいかと思いますので、人間のように何ヶ月、何年、何十年先のことを思い悩むことはないのでしょう。 また、語弊を恐れずに言えば、私も人口は減少した方が良い…というか、現在の新自由主義の流れであれば、早かれ遅かれ人口減少する方が選択される、と考えています。国や自治体は財源(というか、経済を回し、税金を払ってくれる存在)として人口増加に躍起になっていますが、子どもの場合は早くても生まれてから15年ほど経たなければ難しいわけですから、その間にAIなどの技術はあっという間に進んでいくはずです。 1人のAI技術者が100人分、1000人分の生産性を生み出せるとしたら、その100人、1000人に該当していた人たちの仕事は奪われ、食いっぱぐれてしまいます。それはAI技術者とて例外ではなく、AIが進歩することでAI技術者も段々と数を減らされていくのでは?と私は考えています。 そんな未来が待っているかも知れない中で、生まれてきてくれた子どもたちに自分は何を遺せるのだろう…と考えることが増えました。 そういったことも含め、池田先生のようにあるがままに振る舞うのは難しいとしても、もう少し人間社会と距離を取りながら過ごしても良いのかな、と思わせてくれる一冊でした。
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