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じょるじゅ。
じょるじゅ。
@kameupaupa
こんにちはこんばんは、意図せずぷーたろーになってしまったあほろーとるです。
  • 2026年7月30日
    カメが教えてくれた、大切な7つのこと
    カメが教えてくれた、大切な7つのこと
    優しく穏やかな賢者として森の動物たちから尊敬されているカメのクールマが、悩みを抱えた動物たちの相談を通して、生きていく上で大切な大切な7つのことを教えてくれる…という内容です。 ドイツで出版され、日本語訳されたのが約10年前。カメ好きな私が見つけて購入したのは2、3年ほど前だったと思うのですが、その時点で既に中古しかありませんでした。 実は、以前読んだ際は「書かれていることは理解できるんだけど、実践するのは難しいなぁ」というのが正直な感想でした。 そこから少し経ち、ふと「再読してみようかな」と夜寝る前に少しずつ読み進めておりました。 仕事で身体を壊したからというのもあるかも知れませんが、今になって「そうだよなぁ」と心に染み込んできました。 ドイツで出版された本ですが、ヨガや東洋思想がベースとなっているので、日本人でも違和感なく受け入れられると思います。 エクササイズと題して具体的な実践方法も書かれており、耳障りの良い言葉がただ並んでいるだけでの本ではないのも、個人的には有難いポイントです。 特に、意識して動作をゆっくり行うというエクササイズは、非常に参考になりました。 先日拝読した難波先生の本ともつながるのですが、意図して「自分の時間」を自分へ引き戻すために、自分が本当にやりたいこと、やらなければならないことを選び取って丁寧にゆっくり行うと、「自分の時間」というものはちゃんと自分の手元にあるのだ、と実感できたのでオススメです。 また、呼吸の大切さを改めて痛感いたしました。本を参考に自分の呼吸を見直してみたら、なんと息を吸うときにお腹を凹ませていました……そりゃあ呼吸が浅くなるわけです。 それから呼吸に意識を向けるようにしたら、かなり改善されてきました。今は、身体の緊張がほぐせるように練習しています。
  • 2026年7月30日
    現代語訳 風姿花伝・三道
    隣町珈琲さんで開催されたイベントをオンラインにて視聴し、気になって購入いたしました。 『風姿花伝』は岩波文庫から出版されているものを何度か読んでいましたが、岡田利規さんの現代語訳はかなり理解しやすく、<花>についてもよりイメージが湧きました。文庫を読んでいた時にも、世阿弥が当時の能に対して危機感を持っているのはなんとなくわかっていましたが、自分が使っている現代語で読むと、より一層伝わってきました。 でも、600年経っても通じる部分が多いということは、良くも悪くも人間は変わっていないのだな…とも思ったり。変わらないからこそ、古典が今も残り続けているとも言えるのですが…… また、今回初めて『三道』を読んだのですが、ここまでわかりやすくてはっきり書かれた能の作り方の本があることに驚きでした。こういったノウハウをもとに、世阿弥は名作と呼ばれる作品をたくさん残していったのですね。 今度、アリストテレスの『詩学』と読み比べても面白いかもと思いました。 それしても、読んでいたら能を観に行きたくなってしまいました。今年はまだ能を観に行けてないので、どこかのタイミングで行きたいなぁ。
  • 2026年7月29日
    なぜ人は締め切りを守れないのか
    難波先生の著書を全部読みたい!ということで、今回はこちらを拝読いたしました。 締め切りの考え方として「プロジェクト」という概念を導入されたことに驚くとともに、納得しかありませんでした。生産性や労働力について議論されることはありましたが、自分たちの時間についても無視され、奪われているという考えはあまりなかったと思います。 私も例として出てきたシステム構築の仕事をして身体を壊したので、プロジェクト的時間の苦しみは非常にわかります。難波先生もご指摘されていた通り、プロジェクトは必ず遅れます。上の人はスケジュール厳守かつ品質担保を強く要求してきますが(それがお仕事なので)、スケジュール自体は各担当に詳細なヒアリングなどせずにお客さんの要望に合わせて無理に引くので……まぁ、クライアント側が要望するスケジュールに無理があることもあるのですが、コンサルの口添えもあったりするのでクライアントの都合だけじゃないことも少なくないというかゴニョゴニョ…… 資本主義は、搾取する側が搾取される側を生産力として数値化するので、個人が生きる時間は無視されてしまいがちです。元々達成できない締め切りを守るために、たくさんの人たちが苦しんでいるわけですから、それが健全な世界とは思えないですよね。 難波先生のおっしゃる通り、ちょっと前まで現代でいうところの締め切りは存在していなくても世界は回っていたわけですから、たとえ今はまだ理想論のように聞こえるとしても、私たちが生きる時間を再設計することもできるかも知れません。 少なくとも、自分の生活を見直してプロジェクト的な締め切りと向き合う必要があるなと改めて感じました。
  • 2026年7月25日
    新版 哲学の謎
    哲学のテーマとしてよく登場する、意識と実在、独我論、過去と未来、帰納、言語哲学、決定論などについて、2人の登場人物が対話形式で色々な角度から議論する、という内容です。 まるで自分もその会話に参加しているような気持ちで、「なるほど、確かに」とか「うーん…わかるような、わからないような…」と心の中で相槌を打ちながら読み進めさせていただきました。 野矢先生の著書は、自分も一緒に話を聞いているような気持ちになれる対話形式のものがあり、人に「これってどういうこと?」と聞かれた際に答える参考にもなっています。 こちらの著書でも出てきた問いたちは、はっきり答えの出ない問いだからこそ、人は長い間悩み、考え続けるのでしょう。 私自身は何かしらの正解を求めるというよりも、考えるのが楽しい、面白いという気持ちですが、1人で考えていても、「きっとこうに違いない」という先入見などに雁字搦めにされてしまうので、「それはおかしい」とか「じゃあこういう場合はどうなるの?」と反応してもらえるような、「だったらこういう見方もできるんじゃない?」と意見してもらえるような、対話の機会というのは大切なのだな、と感じました。 きっとその対話相手は、人でなくてもーーこうした何かの本でも良いのだと思います。
  • 2026年7月24日
    ゼロからの『資本論』
    『血肉となる読書』の拝読をきっかけに、またも母から「斎藤先生の本、持ってるよ」と借りて読みました。 一応、高校の選択授業で政治経済を取ってはいたものの、内容はほぼ記憶になく(先生ごめんなさい…)、それから全く経済学に触れることがなかったのですが、自分が働いている中で感じていた現代の経済構造や労働に関する違和感が説明されており「そうだったのか‼︎」という驚きと、「そうなんだよ‼︎」という共感の嵐でした。 日本では、経済について学ぶ機会が限定的であり、そもそもお金とは何なのか、労働とは何なのか、どのように経済が成り立っているのかなど、知る機会が少ないと感じています。 高校の科目として新設された「情報Ⅰ」なども大切かも知れませんが、経済に関する授業もしてほしいなと感じます。 (元SEとしては情報Ⅰはちょいと専門寄りすぎというか、これを勉強して学生さんに何を得てほしいのか謎だなぁ、というのが正直な感想です。そもそもあのレベルを教えられるのって、それこそ専門課程のある高校の先生とかでは…?) 本著を読まれて、「そんなの理想論だ」と思われる方も少なくないでしょうが、古典には「古典」として長く読み継がれるだけに、時代や国に関係なく、ヒントになることがたくさんあると改めて感じました。 少し話が逸れてしまって恐縮ですが、原発問題について大学生の頃を思い出しました。 ゼミの中で「原発の稼働に賛成か反対か」について、全員が自分の意見を述べるという機会があったのですが、全員が「反対」として進む中、一番最後に順番が回ってきた私は「そもそも原爆を落とされた国が原発に頼らないといけないくらい電力を使用していることが問題であり、今の生活を維持したまま別の電力に切り替えるのは現実的ではない。もしそれが可能なら原発稼働に反対だが、今は賛成とも反対とも結論できない」と答えました。 いま考えると、かなり生意気なことを言ってしまったなと恥ずかしい気持ちでいっぱいなのですが、それを聞いた先生が「そうなんだよねぇ。その通りなんだよ」と笑ってくださって非常に救われました。 さらに余談ですが、私の小中学校の給食は珍しく自校方式でした。たまに独創的というか、実験的なメニューが出てきたりもしましたが、美味しかったことはよく覚えています。小中学校時代にいい思い出は何もないもないのですが、それだけはよかったなぁと思います。
  • 2026年7月21日
    とにかく休め!
    母が本棚を整理している時に「どうぞ」と貸してくれました。 既に仕事のストレスから身体を壊し、会社をクビ(厳密にはクビではない)になったので、少し…というかかなり手遅れ感はあるのですが、拝読させていただきました。 文字数も多くなく、語りかけるような文体なので、スラスラと読むことができます。 おっしゃる通り、睡眠は本当に大事です…睡眠が取れなくなると、頭が正常に働かなくなり、ちょっとの判断もできなくなっていきます。そして、どんな風に睡眠を確保するか、という昨今ありがちなハック的なものではなく、「まずは睡眠を取れるように休め」「休んでもいいかな、休もうかな、よし休もうと思えるように背中を押す」という点に絞ったメッセージは、斬新かつ大切だなと感じました。 項目29の「心と体の定期検診」など、自分のように「自分で辛さがわからない(気づかない)」人が、今の自分が正常かどうか判断する客観的なバロメーターとして必要だと思います。 私の場合、自覚症状がない故に気づいたら身体が壊れていたタイプなのですが、心を病んでしまう人は性格的な特徴もあるとはいえ、著者の方がご指摘されているように、条件が揃えば誰でもかかってしまうものです。私も自分がなるとは思っていませんでした。 「休みたくても休めない」という方は、どの項目が心に刺さるかで、ご自身のどういった考えが「休みたくても休めない」という気持ちを引き起こしているか、考えるきっかけになるかもしれません。
  • 2026年7月20日
    ソラリス
    ソラリス
    言わずと知れた、SFの名著……なのですが、恥ずかしながら本著を知ったのはここ最近のことでした。 朝日新聞に掲載されていた「好書好日」にて、朝日新聞社編集委員の山中季広さんが「夏に読みたい3点」として挙げられており、「これ、読んでみたいんだよね」と母に話したところ「持ってるよ!」と渡されたため、借りることにいたしました。 記憶違いでなければ、SFをちゃんと読むのはこれが初めてになります。少し厚めではありますが、続きが気になって一気に読み進めてしまいました。 当たり前のことなのですが、「サイエンス・フィクション」というジャンルですから、自然科学(数学・物理学・化学・天文学等)をベースとした内容が出てきます。最初は「あんまり詳しくないけど大丈夫かな…」と思いながら読んでいたのですが、読んでいるうちに段々と「SFというジャンルでありながら、テーマは哲学的なのだ」と気づきました。 そのため、訳者さんの解説で世間的にはラブ・ロマンスが主題として捉えられることが多いと知り、「そうなの⁉︎」と驚きました。 確かに大切な人との関係が一つの鍵を握っていることは間違いないのですが、個人的に「あれは恋愛というより、極限状態に陥った人間が状況を受容するために無理矢理意味を持たせようとする心理的な行動に近い」と感じました(「わざわざ損になるようなことをしたのは、その人が好きだからだ」と思い込み、自分の身に起きたことを正当化しようとする…という行動で、専門用語もあったと思ったのですが、すみません失念してしまいました……)。 どれだけ謙虚な態度をとっても、どれだけ控えめなことを言っても、どれだけ客観的かつ理性的であろうとしても、人間は人間である限り、どうしても自分たちの見える範囲、知っている情報で物事を捉えてしまいます。それは私も常々痛感していることで、それがもっと局地的になると地域や文化、人種などで「常識」と呼ばれるものの齟齬が発生し、対立を引き起こすことになります。 このお話は、もっと壮大で「人間とは全く異なる生命体に対しても、人間と同じように考えてしまうのではないか」、「人間は無意識のうちに、自分たちを最高の存在としているのではないか」という問いを投げかけられているように感じました。 読む人によって「様々な読みの可能性」があると多くの批評家が指摘するほど、様々な要素が織り交ぜられた本著。「もし、自分が主人公と同じ立場に置かれたらどうするだろう」……そんなことを自分自身でも考えながら読ませていただきました。
  • 2026年7月16日
    批判的日常美学について
    ここ数日で急に数独にハマってしまい、読書が疎かになっておりました…笑 難波先生の著書を拝読するのは、これで3冊目になります。 こちらの著書は、日常のあらゆるテーマについて美学の観点から批判的に捉え、構築し直そうという試みになります。 実は「美学」という哲学ジャンルについて、よく知らないまま難波先生の本を読み始めてしまったため、美学について未だにふわっとした認識しかなく、観点がズレている可能性がありますことご容赦いただけますと幸いです。 それぞれの章で「そういう捉え方があるのだな」という驚きと、「確かに自分もそう思っていたな」という共感をしながら読みすすめさせていただきました。 特にコミュニケーションのところなどは、大学でコミュニケーション論を齧っていたこともあるので、世間一般で言われるコミュニケーションと、本来の意味とで大きな乖離があるのはおっしゃる通りだなと大変深く頷きました。チャネルとも呼ばれたりしますが、人はその場その場で適切にコミュニケートするため、様々な伝達手段から最適なものを選ぶと考えられています。 「コミュ障」という言葉が広まり出したのは、私が学生の頃だったと思うのですが、その頃は就活の中で企業が「コミュニケーション能力の高い人材」を求める傾向が強まったことから派生したと記憶しています(今でいう「ガクチカ」のようなものでしょうか。勘違いだったら申し訳ありません)。 ただ、企業や社会が求めているコミュニケーション能力と、学生の頃までに求められたコミュニケーション能力とは別物であると、社会に出てから知ることになる…というのが、私たちの年代でした。 個人的には、良くも悪くも何かに「意味をもたせる」ということは、自分や誰かをある種の傾向に誘うことになると考えています。難波先生がご指摘されていた通り、自分でも道徳的なものと美的なものが混ぜ合わさった状態で、世界を認識しているなと痛感しました。 現代では社会通念等に影響されることのない純粋な美的感覚(景色を綺麗だと思う、誰かを慈しむなど)は、なかなかないように思います。悪しき美的感覚は修正が必要ですが、修正の際にあまりにも良い美的感覚へと持っていきすぎることも、ある種の意識操作になってしまうかもしれません。 まだまだ勉強不足でお恥ずかしい限りですが、美学という分野もかなり興味深いなと感じました。
  • 2026年7月11日
    学研の学習 はにわの大国宝展
    学研の学習 はにわの大国宝展
    気になってはいたのですが、どうしようか悩んでいたものの、実際に本屋さんで見てしまったら、そのままレジでお金を払っておりました…笑 同封されているブックレットもオールカラーで充実した内容になっています。そしてさすが学研さん、総ルビです!! 現代らしく、QRコードから音声ガイドや動画も視聴できます。 また、特別編の『脳をよくするひみつ』という冊子も面白かったです。大人が読んでも非常に興味深い内容でした! 試しに挂甲の武人を組み立ててみたのですが、お子さんでも楽しんで組み立てられると思います。 勾玉はまだ磨き中なのですが、こちらは結構時間と腕力が必要です。つい夢中になってやってしまうので、腕が痛くなりました。 でも、久々にこうして無心で手を動かすことって大人はもちろん、お子さんもそうそうないと思うので、いい経験になりました。 写真は組み立てた挂甲の武人と、2024年に東京国立博物館で開催された「特別展 はにわ」の図録です。挂甲の武人好きな人になってますね笑
    学研の学習 はにわの大国宝展
  • 2026年7月7日
    物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために
    今月最初の読了です。先日拝読した『本とは何か』と一緒に購入しておりました。 人生や出来事を過度に物語化することで生じている弊害や息苦しさについて、一石を投じられています。 早速脱線してしまって大変恐縮なのですが、私自身、後輩の1on1などを担当した際、「自分に目標もやりたいこともないのに、後輩の話をどのツラ下げて聞けばいいんだ…」とずっと申し訳なく感じていました。目標は自分の心から「達成したい」と思う目的が生まれた時に、その道筋として立てるものにもかからず、無理な目標設定を行うことは、自ずと物語的な側面やゲーム的な側面が強くなってしまいます。それこそRPGの主人公のように思い込まなければならないほど、労働に没頭させるのは違和感しかありませんでした。 また、幾度となく転職を考えたりしたのですが、キャリアプランを考えるために、これまでの出来事を物語的に整理していくという手法がどうにもしっくり来ず、どうしたものかと悩んでいたので、この本はそんな私にとっては目が覚めるような内容でした。 知らず知らずのうちに、私も人生に意味や目的を持たせるため、物語のように仕立てなければならないと思い込んでいたのでしょう。 それを脱する方法として、遊び的な方法を提示するとともに、その方法にも気をつけなければならないところがあるとも書かれています。 個人的には、物語にしても各種の遊びにしても、最初は「情動」が揺れることを目的として誕生したのではないか、と考えています。私はあまり感情が大きく動くのが得意ではない(変に疲れてしまうんですよね…)ので、ドラマや舞台、小説などの物語に触れることは少ないのですが、普通に生活していると情動の揺れは本当に少なくなると感じます。 コロナの際、人が来なくなった水族館のお魚さんにうつ症状が見られた、という報告が世界各地であったと記憶していますが、外部からの刺激=情動の揺れというのは、想像している以上に我々生物にとって必要不可欠なものなのかもしれません。 そう考えると、難波先生がおっしゃられていた子供のおもちゃ的遊びは、情動の揺れよりも好奇心が優先されているのかもしれないと感じました。何もかもが新鮮で、「これとこれをこうしたらどうなるのだろう?」という(これもある種の情動の揺れなのでしょうけども)好奇心から手を動かす。そしてそこで得た結果から色々学んでいく。だから例えケンカになっても、情動よりも好奇心が勝っているのでちょっとすればまた何事もなかったように遊びだす……人間社会で生きていくために必要な経験ではありますが、確かに大人になると忘れがちですし、好奇心を変に崇め奉るのもよくないので、そこのバランスが難しいなと思います。昔から言われているように、何事も中庸、バランスが大事なのですね。 本の感想というより私の感じたこと・考えたことになってしまいましたが、難波先生の本は色々と考えるきっかけを与えてくださるので、他の著書もぜひ読んでみたいと思います!
  • 2026年7月2日
    本とは何か
    本とは何か
    先日、朝日新聞夕刊に掲載されていた難波さんのインタビュー記事を拝読し、気になって購入いたしました。 実は私も本を読むのは好きなのですが、半分は習慣、半分は中毒で読んでいるような感じなので、普段本を読まない方々から少し稀有な目で見られることに「別にそんなすごいことじゃないんだけどなぁ」とモゾモゾしていました。 本書は「本を読むことの良し悪しというものの手前で、そもそもどんなふうに私たちが本を読んでいるのかを、読書パフォーマンスの観点から考えて」います。 この、「読書はパフォーマンスである」という視点は大変面白いなぁ、と感じました。というのも、以前母とどんな風に本を読んでいるか(読んでいる時の脳内はどんな風になっているか)、という話になった時にお互い全然違っていて「え、どういうこと?」となったことがあったからです。きっとあれが、読書パフォーマンスの違いだったのだと思います。 また、第二章で言われていた物語と共感の相関性について、深く頷きながら読み進めさせていただきました。 私はあまり小説を読まないので、小説をよく読む人からは「何で?自分が体験できないことを体験できるし、共感力も上がると思うよ?」と言われることが多かったのですが(これを言われている時点で、私は共感力が乏しいということの裏返しなのでしょうけども…)、個人的にはあまりピンと来ていなかったからです。 確かに読んでいる間や、読んだ直後はその本のことや、そこから派生した物語に想いを馳せることは多いと思いますが、やはり人間、どこかで現実と物語をちゃんと割り切っている気がするのです。例えば、AIを話し相手、あるいはパートナーとしている人も、AIを「実在する存在だ」と盲信しているわけではなく、「AIだけども…」とわかってやり取りしているというか。 それに、物語の登場人物って外見や行動などは実在の人物に似ているということはあれど、性格や考え方などの内面が実在の人物に似てるってあまりないような気がします。だからこそ物語の中で魅力を発揮するのかもしれませんが…… 読書や本に関わる行為をパフォーマンスとするならば、私たちはいつでもエンターテイナーなわけで、それって少し…いや、かなりワクワクしますよね。これからも本を通じてのパフォーマンスを楽しみたいと思います!
  • 2026年6月29日
    殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス
    普段、小説などの文芸書はあまり読まないのですが、皆さんの感想を読んで気になり購入。まさに韋駄天。ジェットコースターに乗せられたようなスピード感に引っ張られ、あっという間に読み切ってしまいました! 『走れメロス』を土台にしつつギャグ漫画のように展開されるやり取りに、何度も思わず声を出して笑ってしまいました。自宅で読んでてよかったです。 そして、ところどころに差し込まれる、胸にジーン…とくる場面にもやられてしまいました…! 本を読む機会が多くない方でも読みやすい文体なので、周りの方々にもオススメできると思います。私も早速、母にオススメしました。 とにもかくにも、ちょっと行き詰まるとすぐにフィジカルで解決しようとする脳kゲフンゲフン…のメロスが最高です。 あと、個人的には羊さん達がかわいくて大好きです。メェー。
  • 2026年6月27日
    あわいの力
    先日読んだ本にご登場されていた安田登さんの著書が気になり、桜木町にある「STORY STORY YOKOHAMA」で偶然見つけ、購入しました。 最初のページを開いてからもう、一気にワーッと拝読させていただきました…! 安田先生の濃ゆいご経験から語られる、「心」とは、「あわい」とは何なのかについて、ひとつひとつの言葉が、胸に響きました。 文字は次の世代へ知識や歴史を継承していくために大事なものです。ただ、「文字」にしてしまった、「言葉」にしてしまったからこそ、存在するようになってしまったものは少なくないのではないでしょうか。 確かに今の時代、曖昧を嫌うというか、何もかもはっきりしなければならないという傾向が強いように感じます。自然科学至上主義というか、感覚的なもの、抽象的なものは排除されていっているのかも知れません。 (科学者ではないのであくまで推測なのですが、実際の科学の世界は「こうなんじゃないか?」という想像力が重要な気がします。やれエビデンスだなんだと目に見えるものを求めるのは、そういった業種から離れた人たちだったりするような…?) また、古来の日本の感覚はどことなくスピノザやウィトゲンシュタインに近いところがあるのかもしれないな、と思いました(哲学初心者の感想なので、的外れかもしれません)。 そして余談ですが、私も以前、誰もいない山の中で足を滑らせたことがありました。ひっくり返ったはずみで見上げた先は、何十メートルもあるんじゃないかと思うくらい高い木々で囲まれ、その生い茂る葉の隙間から優しく陽が差し込んでいて、「ああ、死ぬなら今がいいな」とぼんやり思いました。あの瞬間が、「死」というものを明確に意識した瞬間でもあり、私にとっては自分の体を媒介し、自然と一体になった瞬間だったように思います。
  • 2026年6月26日
    おい点P、動くんじゃねえ!
    タイトルのキャッチーさとイラストのかわいさに惹かれて購入。本日、読了いたしました! 私も算数・数学ニガテ民だったので、主人公ケンジくんの魂の叫びに共感しながら拝読しておりました。 実は対話形式のテキストがあまり得意ではないのですが、こちらは楽しみながら読むことができました。 説明の明快さはもちろん、分かりやすいイラストと、「こういう考え方でも解ける」というアドバイスに、まさしく目からウロコでした(私は特に比がニガテだったので、「なるほどなぁ」と思わず膝を打ちました)。小学生、中学生のときに読んでいたら、もう少し数学が好きになれていただろうな、と思わずにはいられません…… 著者の方も書かれていましたが、ニガテ民にとって一番ありがたい「なぜ?」という気持ちやポイントに寄り添ってくださっていたのが、本著の最大の特徴でもあると思います。 また、カメ好きとしては鶴亀算の説明で出てくる、ちょっとセクシーなかわいいカメさんのイラストと、ケンジくんの真っ直ぐさもオススメポイントです!
  • 2026年6月25日
    「振り仮名」があれば、学力は上がるのか
    歴史的観点や現在の問題点などからルビの重要性を訴えている、総ルビの本著。 読んでいる時の感覚ですが、ほぼすべての漢字にルビが振られているため、最初は違和感がありました。ただ、後半になるにつれて慣れてきたのか、そこまで気にはならなくなってきましたが、プロフィールなど漢字が連続しやすい箇所だと、むしろ総ルビに圧倒されてしまい、正直に申し上げますと読む気力が少し削がれてしまいました。 とはいえ、私もいろんな本を読みながら「これなんて読むのー⁉︎ルビ振ってー‼︎」と思ったことは数知れず……専門書になればなるほどその傾向は強まりますし、最初だけ振られていても数ページ経ったら内容に押し出されてすぐ忘れてしまうので、私も何度も頭の中で唱えながら読み進めているのですが、集中力が削られてしまうというのはおっしゃる通りだなと思いました。 また、優秀な人がルビがないために誤読して覚えてしまっているというお話についても、実際同じ経験(本好きで優秀な後輩が本著と同じく「⚪︎⚪︎毎」を「⚪︎⚪︎まい」と読んでいた)があったので、こちらにも深く同意してしまいました。 現代は手書きが減り、パソコンやスマホもこうして自動変換で入力できてしまうので、漢字の使い方が疎かになっているのは自分の肌でも感じています(「以外」と「意外」を混同して使っているなど)。 そして、「漢字マウント」というのは確かに存在しているな…と頷きながら拝読いたしました。そこである種の選別(学力の程度、出自など)が行われているのでは?と勘ぐりたくなってしまうのも分かる気がします(お役所の書類などは偏差値62以上でないとスラスラ書けない、という話も耳にしたことがあるので……)。 それでも、「漢字が読めるようになりたい」という気持ち自体は、テレビ番組などの難読漢字クイズや漢字検定に表れているでしょうし、マンガやアニメをきっかけに「自国語ではなく、日本語で読みたい!」と勉強されている外国の方も多いと感じます。 自分が小学生の頃を思い返しても、図書館で借りた本などで「漢字読めん」となって挫折したものはあまりなかった気がするので、きっとルビが振ってあったのでしょう。総ルビとはまでは言いませんが、子どもたちや外国の方々のためにもルビの地位がもう少し向上してほしいなぁと思いました。
  • 2026年6月24日
    岡潔 数学を志す人に STANDARD BOOKS
    天才数学者であり、教育者でもあった岡先生。 栞執筆をされた松岡正剛先生も書かれていたように、仏教や脳科学に関するお話については正直私も「うーん…」と感じるところはありました(時代的に致し方ない部分は多分にあると思います)。 ただ、ひとりの数学者、そして教育者として、この国の将来について憂い、どうにかせねばという熱く強い想いを持たれていたことがひしひしと伝わりました。 数学=無機質と捉えられがちかと思いますが、「数学は情緒である」という岡先生の信念。おそらく情緒というものは、自分で感じとり、掬いあげるものかと思うのですが、自分はその感覚がどの程度掴めているのだろう…と考えるきっかけとなる一冊でした。
  • 2026年6月21日
    脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術
    脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術
    (本書にもおことわりが書かれていましたが)職場ぐるみで改善していく必要のある対策から、個人で取り組めそうなものまで、脳の仕組みを理解し、効率よく集中する=集中を使い分ける方法について、目から鱗な情報が満載でした。 私自身、周囲の音や人の動きが気になってしまい、誰かと同じ職場で作業するのがずっと苦痛だったので、そういった刺激も脳にとってはストレスだということを知れて、少しホッとしました。 また、立場が変わり、以前より仕事に追われていると感じていたことも、自分のやるべきことに集中する時間が作れず、中断が多かったからだと気づきました。 原著は2019年に出版されたとのことなので、もう少し早く読めていれば、これまで感じていた悩みも少しは楽になっていたのかな…とも思いましたが、過去に「たられば」はNGといいますし、これからに活かしていこうと思います!
  • 2026年6月20日
    「振り仮名」があれば、学力は上がるのか
    有隣堂のYouTube生配信即売会で購入しました。 オリジナルカバー、かわいいです🥰 書店さんや出版社さんのこうした取り組みは、本好きとしても応援していきたいと思っています。 (本好きだけが盛り上がるのではなく、こういった取り組みをきっかけに普段本を読んでいない人も、気軽に本を手に取れるような世の中が一番理想的ではあるのですが…!) 内容にも興味があったので、読むのが楽しみです!
    「振り仮名」があれば、学力は上がるのか
  • 2026年6月14日
    脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術
    脳をオフにせよ 仕事も人間関係もうまくいく集中術
    今日もお気に入りのカフェで読書中です。 1日中グルグル考え事をしてしまう癖があるため、気になって先日購入したのですが、帯に「賢い人ほど脳を使いすぎて疲れてしまう」とあり、「これをレジへ持っていったら、“この人、自分のこと賢いと思ってるんだ”って見られないかな…」なんて自意識過剰なことを考えてしまいました。笑 第1部の途中まで読んだのですが、既に目からウロコの情報ばかりでした。 「読書と記憶は並行できない」というのには驚きましたが、確かに自分の経験と照らし合わせてもそうかもしれない…と思い直しました。 情報過多どころでないほど無限に情報が溢れている現代、脳の使い方を合わせていかないと、あっという間に疲れてしまいますよね… この先も楽しみに読み進めたいと思います!
  • 2026年6月12日
    岡潔 数学を志す人に STANDARD BOOKS
    ずっと気になっていた岡潔さんの著書を見つけたので購入し、早速近くのスタバで読み始めました。 情景が浮かぶような言葉づかいと哲学的な考察に、文系理系と分ける現在の教育や風潮の無意味さを感じました。 (そもそも哲学って自然科学も含んでましたしね) 続きも心して拝読したいと思います!
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