"新装版 ナ・バ・テア" 2026年8月10日

@sotaono
2026年8月10日
新装版 ナ・バ・テア
「目を覚ませ、大人たちよ。 自分たちが人間の完成した形であり、 それに比べまで子供は不完全な存在だ、 という理屈は、 死んだ人間が完成した姿であり、 生きているものはすべて不完全だ、 といっているのと等しい。 気づいているか? 大人になる、という意味は、 死を意識して、臆病になる、 たった、それだけの価値。 ほとんど死んでいるに等しい 大人の譫言。 古来、人は「死」を守り、 「死」、に縋って、戦った。 生きていることの尊厳ではない。 生きているものに、できることが、 それしかなかったからだ。 大人が醜い理由は、戦おうとしない その怯えた命にあるということに、 気づいているか?」 p11 「優しいものって、どうしてどれも止まろうとするのか。手を広げて、さあここへおいで、と微笑む手は、何故みんな止まっているのだろう。」 p12 「いつかはきっと借りを返してくれる、という兎の耳のような暖かい友情、淡い希望的観測、そんなドロドロのオイルには、できることなら触りたくないな。無駄なものはきっぱりと、捨ててしまいたい。いつもドライで、そして身軽でいたいし、いつも、そのときに可能な最高のコンディションでいたい。」 p15 「否、そもそも、自分以外の人間に興味を持ったことが、一度もなかったはず。そう、思いつかない。」 p23 「気持ちとは反対のことができるなんて、人間って複雑なメカニズムだと思う。」 p36 「理屈では、当然わかっている。それなのに、どうして気がおさまらないのか、自分でもよく理解できない。けれど、自分でもよく理解できないことなんて、僕の周辺には、いくらでもある。無数にある。そっちの方が多い。それが普通なんだ。たとえば、僕自身だって、僕にはよくわからないものでできている。」 p38 「僕が、撃墜王の僚機を務めたのだ。」 p41 「「ティーチャだ。」その言葉に、僕の心臓は一度だけ大きく鼓動した。ティーチャというのは、彼のコードネームだ。みんな、コードネームできが彼を呼ばない。それだけでも、彼は特別だった。」 p44 「「命を粗末にするな。」」 p49 「でも、いつだって、僕は夢を見ているように、生きている。」 p50 「僕が、自分でつけた傷だ。そのままもう、僕で亡くなることを願った痕だ。」 p50 「星空が霞む。けれど、それは僕の目の問題。星が霞むことなんて、絶対にない。僕の目か、僕の目の前の雲か、せいぜいが、そんな地面に近いところだけの問題にすぎない。星は、そんなちっぽけなこと、知っちゃいない。」 p50 「カウリングに開いた穴のことが、頭から離れなかった。僕の頭に開いた穴と同じだった。ずっと以前から、まだ小さな子供のときから、ずっと開いている穴のように思えた。」 p71 「五メートルの距離のところに他人が立っていて、まったく脈役の読めない会話をしている。ラジオ放送みたいに、僕はそれを聴いているのだ。そう、他人の存在なんて、音と同じ。嫌でも聞こえてくるけれど、しかし、僕は押されるわけでも、引かれるわけでもない。触りさえしなければ、なにも影響はない。単なる空気の振動。」 p72 「だいたいが、みんなドライで、友人のことをケーキと同じ程度にしか考えていない。そのとき一口食べてみて、ちょっと美味いと思えば、それで良い。それだけの存在なのだ。いつ、いなくなるかもしれない。べつに、なければないでかまわない。」 p72 「世の中の人間に対して、すべてそういった目で、僕たちはみているかもしれない。敵意などまったくない。しかし、その逆の、親密な感情も抱けない。人間は人間。動物の一種。スポーツで、同じ国のチームを応援するみたいに、サルよりは人間の方が好ましいとは感じる、それくらいの親近感しかないのだ。」 p83 「自己評価は、文字どおり自分一人の判断であって、それで自分を把握していれば充分なのだ。それだけならば、いかなる問題も生じない。」 p87 「自然のほとんどは、人間が都合良く作ったものだ。砂漠だって自然なのに、何故か緑豊かな土地だけが愛される。地上は、そういう嫌らしさに溢れているのだ。きっと海の中にも、沢山沈んであるだろう。川から流れ込んだ嫌らしさが、消えずに溜まっているにちがいない。その点、空はまだ無傷に思える。」 p91 「「ここでは、もうお前がナンバー・ツーだってことだな。」」 p111 「「いつだって、明日はあるさ。」」 p119 「それから、女の白い足が思い浮かんだ。馬鹿な奴。僕は舌を打った。わざとらしい奴。アルコールが自分の血だと信じている。あれでも大人だ。大人の女だ。嫌らしい。汚らわしい大人だ。あんな奴と一緒にいると、吐き気がする。本当に、撃ち殺してやりたい。地獄へ墜としてやりたい。」 p136 「人間っていうのは、なかなか第一印象のとおりとはいかないものだ。そこが人形と違うところ、ともいえる。それくらいしか、違いはないのだけれど。」 p140 「ゆりかごみたいに、きっと、素敵に神様が揺らしてくれるだろう。」 p170 「「悔しかったら、大人になってみなさい。」歪んだ顔で、彼女はそう言った。不思議なものを見た、感じがした。僕は、悔しくなかったし。可笑しくもなかったし。でも、少しだけ笑えてきた。そして、だんだん寂しいと思った。自分のことがではなくて。その女のことが、少し可笑しくて、少し寂しいと思えた。それだけだ。不思議だな。今でも、不思議だと思う。」 p176 「どうして、それが敵なのか、ということを考えることを、僕はしない。そういうことを考えるならば、まず、どうして僕は僕の味方なのか、を考えなくてはいけなくなるからだ。」 p178 「静かな方がずっと退屈じゃない。」 p180 「そうではなくて、単に自分を磨きたい、と考えているだけではないだろうか。ただ、自分が磨けたかどうか、自分が高まったかどうかは、他人と比較しないと判明しない、という測定方法に問題があるだけの話だと思う。」 p186 「「ティーチャがやはり注目されているのは、彼が普通の人間だからですよね?」」 p188 「優しさが不自由を作っているのだといえる。」 p188 「普通の人間、という言葉。あれも気持ちが悪い表現だ。どうして、普通のものを決めるのだろう。普通を決めるから、普通じゃないものができてしまう。理不尽な話ではないか。何をもって普通なのか。意味はないのに。そういう確固とした理由もないところで境界を無理に作ろうとする姿勢が、普通という馬鹿なやつの正体だ。」 p190 「でも、その反発って、結局、まだ僕が、人間に未練を残している証拠かもしれない。救いがないものだとは、まだ信じられない証拠かもしれない。」 p231 「比嘉澤の顔は汚れていなかった。可哀想なんかじゃない。綺麗だった。僕の靴よりも、誰の靴よりも、ずっと綺麗だ。」 p239 「「お前は、俺が知っているうちでもナンバ・ワンだ。今に俺よりも、きっと上になる。」ティーチャは言った。「命を粗末にするな。もし迷いが少しでもあったら、飛ぶな。すぐにこんな仕事から足を洗うんだ。」」 p240 「「これが後ろ向きに思えるか?俺は、お前が考えているような男じゃない。そうやって、なにかをでっち上げて、夢を膨らませて、見ているんだろうな。」」 p256 「僕が一番話をする相手は、栗田という男になった。といっても、この男はとても無口で、簡単な受け答えしかしない。そこが面白かった。それに、僕が相手をしなくなった笹倉が、この頃は栗田を摑まえては説明を始める、という場面に多く出会った。」 p261 「一度でも、ベッドに自分以外の者がいる夜を体験すれば、もうベッドは今までとは違う場所になってしまう。朝、目覚めたとき、ふと横を見てしまう。そんなふうにして、いろいろな場所が、どんどん濁っていくのだな、と思った。」 p263 「僕に見えないものは、どこにあるのだろう?でも、もしかしたら、それは、僕が見たくないものかもしれない。」 p271 「「あなたの、その向上心は、とても貴重なものだわ。」「自分には、向上心はありません。」」 p272 「「そうですね。地上に降りたとき、一番強く思うのは、もう一度飛びたい、ということです。死んだら、もう一度飛べません。」」 p274 「植物が種を飛ばして、方々に植えつけるように、人間の意志も、見えないところで広がるのかもしれない。」 p275 「染赤というのが、その飛行機の名前だった。」 p284 「馬鹿野郎!可哀想じゃない!誰も、可哀想なものか!みんな、立派だ。みんな、立派に生きている。誰も、死にたくはないし、誰も、可哀想になんか、なりたくない、そうならないように、一所懸命に生きているのに。」 p287 「もう一度。もう一度、挑もう。もう一度、ティーチャに。」 p290 「「チータって、山猫ですか?」」 p296 「「醜いものを、格好の良いものにすり替える。全部そうだ。汚いものを、綺麗なものでカバーする。反対はありえない。外見だけは美しく見えるように作る。しかし、そうすることで、中はもっと汚れてしまう。この反対はない。俺たちの仕事を考えてみろ。格好よくするイメージが作られる。今日の写真みたいにな。しかし、実態はどうだ?写真には血の一滴も映らない。オイルで汚れてさえいない。」」 p297 「「仕事なんて、みんな汚いものだ。人間が生きていくこと自体が汚れている。」「そう。」ティーチャは頷く。「問題は、それを美しいものだと思い込ませるマジックだ。そこが一番の問題なんだ。」」 p298 「「そんなの、単なる言い訳です。詭弁です。」「そうだ。そういう単なる言い訳、そういう詭弁の汚さが、好きなんだよ。」」 p299 「ずっとさきに、決まったものがあって、それを待っているよりも、それがなかなかやってこない状況よりも、今の方が僕は好きだ。見える範囲のものだけが、僕に向かってくる、今の方が。」 p300 「それを操っているパイロットも、同じ矛盾を最初から抱えている。安定していては勝てない。常に不安定に、いち早く自分を見失い、空気の流れに同化し、加速度の波に瞬時に紛れ込む、そんな空気みたいな軽さがなければならない。」 p308 「「君の中にいる生命も、それと同じだということだ。」」 p309 「「父親だ。」」 p318 「そうだ、生命というものは、そもそもその生命のものなのだ。誰のものでもない。独立している。」 p321 「「なにも気にすることはない。昨日や一昨日は、もう来ない。来るのは明日ばかりだ。」」 p326 「嘘ばっかりついている草薙水素。そういう奴だ。でも、なんだか楽しくて、横の空をじっと眺めていた。」 p327 「愛するために生まれてきたのではない。愛されるために生まれてきたのでもない。ただ、軽く……、飛ぶために、生まれてきたのだ。」 p346 「「馬鹿野郎。」可笑しくて、涙が出た。ゴーグルを外して、目を擦る。猫の絵なんか描いて。「チータってことか?まったく、何考えてんだか。」僕はそれから、大笑いした。思いっきり笑った。空だから。なにもないから。」
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