"Nのために" 2025年3月6日

環
@tamakimaki147
2025年3月6日
Nのために
Nのために
湊かなえ
超高層マンション「スカイローズガーデン」の一室で、そこに住む野口夫妻の変死体が発見された。現場に居合わせたのは、20代の4人の男女。それぞれの証言は驚くべき真実を明らかにしていく。なぜ夫妻は死んだのか?それぞれが想いを寄せるNとは誰なのか?切なさに満ちた、著者初の純愛ミステリー。 【感想】 湊かなえの著書を読むのは2作目。「告白」が私の読書体験の中で非常に鮮烈なモノを残していったので、別作品も読んでみることにした。 ドラマは拝聴済みだったが、10年以上前の記憶だったこともあり、事件の内容、結末は一切覚えておらず、成瀬くんが切ない男の子だったという記憶だけがあった状態での読書となった。 冒頭、警察からの取り調べのような形での、事件の状況説明。そこからもう面白い。私がミステリー初心者だから、こういうのは定石だといわれてしまえばそれまでかもしれないが、それぞれの供述という形で説明されると、飽きなくページをすすめることができて非常によかった。 1章の最後に10年後の”誰か”の独白。ページ管理がうますぎる。やはり次のページに進ませたくなる仕組みづくりをしているんだろうなと、また感嘆した。4人のNのうちの誰かが、真実をすべて”知りたい”、”しらせたい”。という願いから、この物語は始まる。 それぞれの視点で進んでいくことで、誰もが誰かの”ために”と思って行動した結果が、最終的に最悪な結末を招いたことがわかってくる。途中途中で、ああ…そんな…どうして…といった言葉が思わず漏れ出ていた。 成瀬が火をつけていないのに、希美は火をつけたのだと思い込んだところは、きっと彼女にとって、成瀬は王子様だったのだろう。彼女もやっぱり、誰かに助け出されたいという気持ちを持つ、お城に住まうお姫様だったのだと思う。17年間そうだったのだから、そういう考え方を持つのも当然で、行動の納得感をもたせるのが上手だなと思った。母と奈央子が似ていると描写されるし、実際そうなんだろうと思うけど、希美もその片鱗は、当然にある。それが醜悪なものとして存在しているのではなく、当然に”ある”のだということが淡々と表現されたようにも感じた。 西崎がどうしても、どうしようもない気持ちにさせられたな…。 【暴力が愛という言葉で許されるのなら、愛などいらない。世界の広さを知っていれば、子どもは母親にそう断言することができたのだろうか。】 小説の世界で、”かわいそうな男”の物語を読んだことで、母親から受けた愛という名の行為…虐待を、美しい文章で紙に綴れば、愛だと言ってもらえるのだろうか。 【いかなる行為においても愛が理由になり得るのだと、証明してみせるのだ】 それを動機に物語をしたためはじめた西崎。 【現実世界では炎を放てば、それは大きな罪となる。たとえ愛のために放った炎であってもだ。放火の理由が愛であっても罪は罪。暴力の理由が愛であっても罪は罪。狂気の理由が愛であっても罪は罪。愚かな行為と蔑まれ、罵られ、存在していた愛すらも否定されてしまう。だが、文学の世界では、これらは真の愛と評価される。過去の人生に愛を見出したいのなら、事実を文学に昇華させればいい。それには、脚色が必要だ。】そう、自分に言い聞かせながら、ひたすらに物語を書き連ねた西崎が、灼熱バードで自分の過去を昇華する予感を感じていた。しかし、奈央子によって、物語ではなく、現実世界の”愛”の証を受け入れられた。結局は、物語でも現実世界でもいいから、とにかく自分が受けたものを”愛”だと第三者に肯定されたかったのだろうと感じた。そして、そうしてくれた、奈央子を、救済者を、救いたいと思い、N計画が追行されたのだろう。 しかし、結局奈央子は西崎の愛の肯定者ではなかった。そもそも”愛”は第三者に肯定されることで”愛”足り得るのではないんだろうけどな… 【罪を償って解放されたいんだ。まちがった愛から…。奈央子が野口を殺したのは、愛していたからだ。】 ここの罪は、過去に母親を見殺しにした罪?そうなのかなぁ…?ドラマではそう表現されていたらしい… 暴力は愛という言葉では許されないという考え方をもっているからこそ、物語で昇華しようとしていたんじゃないの?だから、解放されたいのは母を見殺しにした罪からではなく、暴力=愛という歪んだ認識からじゃないのかなぁ。 【それでも殺人の動機は愛だ。人の命を奪うという行為に対する理由が、愛なんて尊い言葉であっちゃいけない。俺が犯人なら、動機は復習になる】 殺人(暴力)の動機が愛、のままにしていると、暴力=愛ということが肯定されてしまう。だから、それは愛ではなく罪であることを、罪を被って償うことで、暴力=愛というまちがった愛という認識から解放されたかったんじゃないかなって、私は思った。 どこまでも、”愛”を尊び、”愛”を求めていたのが西崎だった。最初の描写のひょうひょうとした感じがなお、たまらない気持ちにさせられるな、と感じた。 そしてこの物語は【Nのために】と表され、それぞれが【誰かのために】行動したように思えるが、私的には、結局みんな【自分のため】にも行動していたと思う。誰かを、何かを、守りたいと思う”自分”のために。 だから、タイトルの【”N”のために】は秀逸なタイトルだったと思わせてもらえる作品だった。
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