@sotaono
2026年8月11日
「醜い大人たちよ。
人の命が美しいか醜いか
戦うことが正しいか間違っているか、
誰も教えてくれなかった。
教えられるはずがない、
誰も知らないのだ。
それを知ることを諦めた奴が
大人になる。
美しいという言葉でしか、
美しさを知らない。
戦うという言葉でしか、
戦う意味を知らない。
生きていることに怯えて、
なにも知りたくない及び腰。
美しくても正しくても、
醜くても間違っていても、
どちらでも良いのか?
戦う者だけが、
美しさを知ろうとしている。
ただそれだけのことだ。
それだけのことで大人になれなかった
子供たちが今も
お前たちを睨んでる。」
p59
「「カンナミといいます。」彼は答える。」
p66
「なんという礼儀正しい草薙水素。いつから、こんなに大人しくなったのだろう。これではまるで入院患者だ。けれど、笹倉の電話が嬉しかったことは、どうも確からしかった。」
p67
「空を知っている瞳。宇宙を知っている瞳。「カンナミ。」僕は少年の名を口にした。」
p71
「格納庫の中には、二機の散香。美しい濃紺と淡いブルー・グレィの迷彩だった。どこか、違う、とすぐに感じた。いつもの散香と違う。」
p71
「「もちろん。」少年は白い葉を見せて微笑んだ。「一緒に飛びましょう。」」
p72
「この戦闘機という名の飛行機には、二人は乗れない。二人いる必要がない。もう一人がいても、なんの役にも立たない。それと同じように、僕が生きていくためには、僕以外の人間は誰も役に立たない。誰かと手をつないで生きるなんてことは、絶対にない。それは、もう生きているとは別の状態といっても良いだろう。誰かとともにいるということは、生きているよりも、死んでいるのに近いのではないか。そうだ、死んだら、みんなのところへ行ける。地面に埋められて、周囲と同化して、天国だって、みんなと一緒だろう。手をつなぎ合って。わからないけれど、天国でも一人ということは、ないと思う。そんな気がする。」
p87
「「仕事をしないでぶらぶらしていられるなら、誰だって、シンプルで善良な人生が送れるってこと。」」
p89
「自由って、役にたたないものなのだ。」
p97
「「自分がどうなっているのか、把握できていないことは、良い状況とは思えません。」」
p97
「きっと本心が頭脳をパスして、声を発したのだろう。なかなかやり手の本心だ。」
p101
「たとえば、黒猫をマーキングしたあいつがいるだろう。話を聞きながら、僕は彼のことを考えていた。まだ一度しか遭遇していない。」
p111
「スカイブルー。なんという美しい色。ハーモニィ。なんという気持ちの良い音。」
p111
「能力をすべて人に教えるなんて、そんなぎりぎりのことはしたくない。それを学んだのも学校だった。そう、周囲のみんなは、自分の能力をより大きく見せようとやっきになっていた。いつも背伸びをして、こんなに自分は凄いのだ、とアピールしようとする。先生に認められて、良い内申を取りたかったのだろう。それはつまり、周囲のみんなが味方だと信じている証拠だ。僕は、幸いにもそんなお人好しではなかった。周囲の連中には、わざと手抜きをして、無能な自分を見せることにしていた。そうでなければ、いざというときに困るだろう。違うか?」
p114
「あのときはティーチャが一緒だった。ティーチャ?誰だ?僕はまたくすっと笑う。誰だっていい。そうそう、もうそんなの昔のことだ。」
p118
「「ヒガサワ・ムイの弟です。」」
p119
「けれど、やはり一瞬のことで、水と一緒に僕の表面を流れていった。地上にあるものの中で、一番綺麗なものは水だ。水は空から落ちてくる。汚れたものを、全部洗い流してくれる。」
p123
「そこになにかが沈んでいたけれど、できるだけ上澄だけを掬って飲んだ。複雑な味だと思った。複雑だからそこ、こんなに濁っているのだ。」
p124
「「あなたが来たから、彼は出ていったのではない?」」
p126
「僕は、人を羨ましいと思ったことはない。それから、人に羨ましがられたいと思ったこともない。そもそも、羨ましいという感覚が正確に理解できない、といった方が近いだろう。他人がとても幸せだったり、とても立派だったり、とても優れていたり、そういうことを観察しても、自分と比較する方向へ思考が進まない。比較をしたって意味がない。なにしろ、それは乗っている機体が違うのと同じなのだ。空へ上がってしまったら、乗り換えることはできない。一度生まれてしまったら、人間だって乗り換えることはできないのだから。」
p132
「それは、病院にいた少年、函南だった。」
p135
「「つまり、相手も、必死になって見ているんだ。必死になって、考えているんだって、そう考える。同じだ。同じコクピットが、空にもう一つあって、向こうも必死になって、飛行機を操っている。どちらか一方だけしか残れない。どちらかは飛んではいられなくなる。だから必死だ。でも……、この際だから、どうせなら楽しもうって思う。力を抜いて、まず相手を好きになろうって思う。一緒に遊ぼうって思う。一緒に手をつないで踊ろうって……。ポールが立っている周りを回っていて、音楽が聞こえてきて、本当に躰の中から動きが浮かび出てくるような、踊りたくなるような、そういう感じになる。手をつなげば、相手の気持ちがわかって、相手の動きも自然に見えてくる。そう、そんな感じです。ごめんなさい。きっと、役には立たないでしょうね。」」
p136
「「どうか、立派に戦って下さい。綺麗に戦って下さい。誰のためでもありません。自分自身のために。」」
p138
「纏いつくことで、きっと得られるものがあると信じているのだ。あるいは、そう信じたい。信じられることで安心したいのだ。ああ、なんて、ねっとりとした気持ち。べとべとしている。地上は、ねっとりと濁っていて。なにもかもが、ねばっこくて。切り離されることを恐れているかのようで。一人だけになることを避けようとして。結果的には、もっともっと寂しいものを集めてしまう。」
p140
「僕を褒められるのは、僕以外にない。褒められることのできない人間なのだ。」
p141
「「いい面構えだよ。」」
p143
「「僕は、ある女性を連れて逃げているんです。」少年は空を見上げて、話を始めた。」
p144
「少年は僕をじっと見つめる。彼の瞳に光が見えた。どこの光を反射しているのか不思議だった。もしかしたら、涙だろうか。もしかしたら、もっと美しいものだろうか。」
p145
「「そして、最後には、僕は彼女を殺してしまう。」少年の声は僅かに震えていた。「彼女は微笑みながら、倒れ、僕は彼女をこの手に抱くのです。それから、自分の頭も銃で撃ち抜きます。そうしないと、彼女がどこか遠くへ行ってしまう。見失わないうちに、僕も行かなくては、と思うんです。」」
p145
「もしかしたら、もっと美しい指。もしかしたら、もっと美しい手。」
p146
「触れるだけで、壊れるものがある。もしかしたら、もっと壊れるかもしれない。もしかしたら、もっと消えてしまうかもしれない。もしかしたら……。」
p146
「「その彼女のことを、君はどう思っている?」僕は冷静な声できいた。僕の胸からではなく、僕の頭から出た声だった。「大切な人だと。」「それだけ?」「どういうことですか?」「自分のものにしたい、と思った?」「自分のものにする、という意味がわかりません。」」
p146
「僕は彼を引き寄せて、背伸びをして、口づける。」
p169
「「わかりました。」なにもわからなかったが、なにもわからない方が良いことがわかった。」
p175
「「クサナギ、久しぶりだな。」」
p179
「「そう……。ここで、この街の中で、ダンスを踊ってやる。本もののダンスを知らない連中が考えたんだな。見せてやろうじゃないか。」」
p182
「「待ったところでろくなことはない。自分を信じて、自分の感覚を信じて、いつでも撃て。」」
p191
「「自信ではありません。」「では……、何?」「予感です。」そう答えたけれど、それは二番めに思いついた言葉だった。本当のところは、「諦め」だと思える。」
p192
「彼女を見ていると、どうしてこの人は、こんなに優しい顔を自由に作れるのだろう、と僕はいつも思う。」
p199
「想うだけで、生きている、と感じる。死んでもいい。死ぬことなど、なんでもない。死ぬために、生きているのだ。恐いものなどない。さあ、みんな、僕に向かってこい。」
p201
「目を瞑ってさえすれば、なんだって眩しくなる。結局は、そういうふうにして、大して美しくもないものを美しく見ようと努力する。そうやって生きているのが人間ってことか。」
p214
「同じ道を同じ人間が歩いて、同じ気持ちを持っていて、きっと伝えたいことも、言いたいことも同じなのに、言葉がこんなに違うなんて、本当に不思議だと僕は考えた。」
p216
「明日、ティーチャと戦えるという幸せか、それとも、笹倉が来てくれた安心からか、いずれにしても、今夜の僕は調子が良い。人間として調子が良い、ということだろう。いつまでも続くものとは思えないけれど、でも、こういう状態を、優しい、と表現するのではないだろうか。基地の食堂の老婆が、僕が知っているうちでは一番優しい。歳を重ねると優しくなれるのかもしれない。そうじゃないかもしれない。それはわからない。どちらでもいい。今はただ、全部が綺麗に見える。すべてが綺麗に僕の周辺にある。そういうこと。明日死ねたら、とても幸せだと思った。」
p219
「「私にできることなら、なんでもするわ。私はね……。」甲斐は目を細め、顎を少し上げる。自信に満ち溢れた顔だった。「クサナギ・スイトに懸けているのよ。」」
p242
「相手を憎んでなどいない。それどころか、尊敬している。味方も敵も、どちらも立派なパイロットなのだ。だから、敵という文字、敵という言葉が、その概念が、根本的なところで、決定的に異なっているだろう。戦う者と戦わない者の違いは、結局はそこにある。」
p246
「世界に自分一人だけだったら、という空想を、子供のときから僕はよくした。街も自然もそのままで、自分以外の人間が全部消えてしまったら、と考える。それはとても楽しい妄想だった。僕はそういう世界を望んでいる。それは明らかだ。」
p247
「一人だけの方が、僕には適している。この方が、自由。摩擦がない。周りに、人間が沢山いることが、一番の不自由だった、とわかる。そのとおり。のびのびと、ゆっくりと、生きていこう。そして、死ぬときは、どこか高いところから飛び降りれば良い。堕ちていく間、しばらく本当に空が飛べるだろう。自分の意志で、誰のためでもなく死ねるなんて、こんな幸せはない。最後はそれだ。楽しみは最後にとっておかなくては。」
p250
「「カンナミ?」彼は微笑んだ。そして頷く。「どうきて、ここにいる?」「あなたを待っていた、クサナギ・スイト。」」
p252
「「僕は、あなた以外じゃない。」」
p260
「人間は、社会という名前の水槽の中で、安全と平和に縋って生きている。水槽の中で生まれ、水槽の中で育った人間に、どうして、外のことがわかるだろう。否、わかる。それがわかるのが、人間ではないか。子供のときから、すべての人間は、外を知っている。本当の自由を予感している。だからこそ、大空へ飛び出していく者がいるのだ。子供はみんな、空を飛ぶ夢を見るのだ。飛べるようになるまで、あるいは、飛べないと諦めるまで。」
p264
「「自分が可哀想になる。」甲斐は言う。笑おうとしたが、今度はいつもの優しい笑顔ではなかった。「今の方が良い。いつも、そう思っている。昔よりも、絶対に今の方が良い。もっと良くしたいって。」」
p273
「言葉をどんなに尽くしても、絶対に本当のところは伝わらないだろう。なにしろ、理解よりもまえに、嫌悪や懐疑、あるいは同情が入り交じる。そういった余計な感情が理解を妨げるのだ。あるところまで話すと、もう言葉の意味を受け入れてもらえなくなる。そうにきまっている。いつもそうなのだ。」
p277
「いつだって、人は命を切り離せる。それなのに、こんな僕に、何故、命はついてきてくれるのか?」
p284
「「ティーチャだからって、やけになるなってこと。」「なんで、やけになる?」僕はきき返す。「帰ってこいよ。」笹倉が言った。」
p288
「さあ、いくぞ。踊ろう。ダンスを!」
p329
「お前たちが期待している草薙水素を殺してやる。」
p339
「もう、二度と、彼には会えないような、そんな気が、少しだけ。」
p339
「でも、僕たちは、つながっている。空気だけで。空だけで。僕たちは……。」
p347
「「いい?悔しかったら、人よりも高いところへ上がるしかないのよ。見下してやるしかないのよ。雲の上まで行ったことがあるのなら、わかるでしょう?」」