プールに降る雨 "反=日本語論" 2026年8月17日

反=日本語論
反=日本語論
蓮實重彦
フランス人の妻とそのあいだに生まれた子との何気ない会話からフランス語と日本語の言語的な差異が浮き彫りになるエッセイ的な導入からやがて制度としての西欧の音声中心主義や帝国主義、あるいは(1970年代後半にあったらしいいわゆる)「正しい日本語」論への批判などに射程がおよぶ独特な評論的な文章なのだけど、なんといってもやはり流れる川に身を任せればいつのまにか思いもしなかった終着点へと運ばれる特殊な文体に読まされてしまう心地よさがあり、文庫版解説によると妻のシャンタル蓮實さんは送られてきた雑誌をパラパラとめくると“活字の配置や漢字と仮名の割合、といったものから、すぐに夫の文章が載っている雑誌かどうかわかる”らしく、それは視覚的にも特徴があるらしい。 “今日、言葉を思考することに何らかの意味があるとすれば、それは、言葉によって言葉を語りながら、決して言葉の触れえない余白だの陥没点でふと目覚めうる瞬間が確実にあるからだ。人は、誰しもその生涯の輝ける日を持っているのだ。そしてその言葉の余白なり陥没点で、ある晴れがましさとともに目覚めるには、「声」であれ「文字」であれ、特別な言語的な近道は存在していない。” p.332
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