赤いブックカバー
@arata673
2026年8月7日
斜陽
太宰治
読み終わった
@ 尾道市
広島市旅行のお供二つ目
文学の小道があるのだから、文学っぽいものを持っていこうかしらなどと気取って言いたいが、なんとなく手に取っただけである
当然ながらこの時代には生きておらず、感覚を辿るのも難しいため今回は読んでいる間の思考の流れを持って感想とする
最初の緩やかなかず子と母親、語られる直治の言葉を考えると
貴族という位の高さを失われた「ノブレスオブリージュの規範」だけを持った生真面目な人たちがそれに振り回されている印象だ
母親に至っても聖母めいた(実際優しい)雰囲気を醸し出しているものの、旦那に先立たれてからは親戚の厄介になっている身分である
貴族という言葉の意味が自力でお金を用意する必要のない身分から転じて生活能力のない甘えたもの、堕落したものと変わっている
そこに悶え苦しみ、ただ正しくあらんとする2人の中の背徳は「恋」と呼ばれるものであった
それは、自由恋愛の先駆けのような革命であろうか(規範を崩すもの→戒律を崩すもの→恋という革命)
実際かず子が上原を好いていたかはわからない細田と言う人間は語りからして好きではあったが、かず子自身は「秘め事」と言う行為時代にに恋していたように思う
何かに縋って、何かに頼って、自身を冷笑して、それでも追い縋らねば生きていけぬ
上原にとっては酒で、直治にとってはスガちゃんであり、夢破れて死を選ぶ
かず子は物語の中で毒蛇のように成長した
だが、物語の序盤の蛇の卵を焼いた様子が意味あるものであるならば、彼女の恋(という形を持った子供)もまた、誰かのなんの気のない無邪気や警戒心によって破れていくのだろう
