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@teihakutou
2026年8月13日

読んでる
@ 本の読める店fuzkue初台
さすが社長令嬢という感じの人脈やエピソードに圧倒されるが、この人の書くことを読んでいると、女性は、ひいてはわたしはいかにして幸せに生きるか、ということを考えさせられる。少し長くなるが、印象に残った個所を引用したい。
「ウーマンハウス」のリビング・ルームを劇場にして、ジュディと学生たちの演劇が上演された。私の記憶では、一〇篇余りの短い、しかし、インパクトのある作品が、演じられた。
セリフのやりとりで観せる、泣く、呻くというような感情をストレートに表出するものが多かった中で、二つの繰り返し劇があった。一つはアイロンかけを、一つは床みがきを、ひとりの女性が黙々と続けるのだ。この二つにこころをしめつけられたが、私が最も強く共感したのは、「待っている」というタイトルの作品だった。
それは、ひとりの女性が椅子に腰かけて、「待っている」ということばで始め、何を待っているかを語る。例えば、「待っている。誰かが入ってくるのを」「待っている。子どもたちが学校から帰ってくるのを」というように。乳児期から老年期まで、待つしかない女の一生を表現していた。
(出光真子『ホワット・ア・うーまんめいど──ある映像作家の自伝』二〇〇三年、岩波書店、八〇頁より)
この箇所を読んで、パーシヴァル・エヴェレット『ジェイムズ』に書いてあったことを思い出した。手元に本がないのでうろ覚えだが、物語の最初のほうで、主人公である黒人奴隷のジェイムズが、奴隷の仕事は待つことである、と語っていたのである。女性と奴隷がわたしの中で重なった。
アラサーなので周りには結婚・出産する友人が増えてきて、一方わたしは……と考えることもないではない。でも、出光真子の書くことを読むと、一人で生きている自分グッジョブ! と思える。そう思ったのもつかの間、一人暮らしの部屋に帰ってきて、雨が降っていて、なんだか猛烈に寂しい気持ちになってしまったりもする。

