チャモピーピーチャマ
@chu_berry
2026年8月22日

読み終わった
p.17労働という人間特有の行為によって人間は“自然への働きかけ”ができる。環境問題を引き合いに出しつつ、人間の社会は人間が自然に対しどのような働きかけをするかで決まる(唯物史観)
←資本論未読でわからないが、ここで環境問題を出してくるのは斉藤幸平の「人新世」的読みがかなり出っ張っている
終章でもエコロジーの話をずっとしている
やりがいと搾取を分けて考えること
いくら自分の仕事に誇りを持っていこうといっても、資本家に搾取されるプロレタリアであるという事実は揺るがない
労働時間の増加や生産効率の向上で、既存の生産量よりも増えても賃金は変わらないことが多い。余剰を資本家がとっていってしまう限り搾取は続く
DXやAIによる自動化が進んだとて、人間の労働時間は変わらないし賃金は上がらない
←マルクスは、延々と労働者を過酷な状況に置きたがることを資本による欲求としているが、政治的な視点はないんだろうか 資本主義経済を維持するためには労働者を労働者然とさせているために、思考能力や余暇や希望をできる限り奪う必要があるんじゃないか
p.72労働はもっと魅力的で、人生はもっと豊かであるべきなのではないか。このマルクスの問いは現代にも当てはまります。へとへとになるまでつまらない仕事をして、帰宅してからは、狭いアパートで、コンビニの美味くもないご飯をアルコールで流し込みながら、YoutubeやTwitterを見る生活はおかしいんじゃないか。
←効いている、それ以上言わないでください
労働手段からの疎外の話
生産過程が細分化されたことによって生じる単純な事務作業に従事するためひとりでは生産過程の全貌を把握できないこと、ひとり放り出されても生産能力をもたないため何もできない
←これが嫌だから船乗りになっちゃおと思ったのに、船というクソデカ生産手段を会社に握られてしまっているため(独り立ちしたところで船がないから働けないし)あんま意味がなかったんじゃないかとションボリしている