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@bunkobonsuki
2026年8月23日
日本語の外へ
片岡義男
ブッシュ政権〜クリントン政権のアメリカ情勢を描きながら「日本語とは何か」を日本語の外=英語から考察する、600ページ越えの大著。
本書は"時代を感じさせる"本である。
「時代を感じさせる」という物言いは、対象が今の時代にそぐわない、古臭いなど否定的なニュアンスを含む。
ただ、『日本語の外へ』は「時代を感じさせる」ことが肯定的な意味を持つ本だ。
私はそう思っている。
本書を著した片岡義男は、1939年生まれ。
幼少期を第二次世界大戦の真っ只中で過ごし、少年から青年にかけて日本の復興期〜高度経済成長期とともに過ごした。
日本が目覚ましい経済成長を遂げる一方、日本語という言語は何度も反省を促された。先の大戦を引き起こした一因に、日本語という言語そのものが関わっているというような見方があった。
あるいは、戦後の日本の無反省は日本語の構造そのものが原因であるというような見方もあった。
本書で語られる日本語という概念に、著者は厳しくあたっている。英語ではIとYOUという絶対的な個人と他者があるのに、日本語にはそれがない。どこまでいっても上下関係を前提としている。そんなふうに書く。
今でこそ日本語は日本人にとって素直に肯定できる言語である。しかし、戦後からかなり長い間、知識人はそのような見方に警鐘を鳴らしていた。
『日本語の外へ』は、その警鐘の代表格である。読む人にとっては不快を覚えるだろう。だが、著者がなぜ本書を日本語で書いたのかに思いを馳せれば、幾分フラットに読めるかもしれない。
日本語の外へ。
ただし最後はここに戻ってくる。
日本語はそんな言語であってほしい。
