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@bunkobonsuki
文庫本を中心に読んでいます。
アカウント名の読み方は「マイナスおなじマイナス」です。
- 2025年11月16日
増補 責任という虚構小坂井敏晶「責任感を持て」「責任を取れ」という激励は人生の一場面を彩る。だが、「責任」は本当に成立しえる概念なのだろうか?誰もが知っていて、しかし論理的には複雑怪奇な単語を論じた一冊。 この本を多感な頃に読んでいなくて良かったと心から思う。こんな面白いものを読んでいたら、親や教師、友人に議論をふっかけまくっていただろう。それほど刺激的な読み味がした。 詳細は本書を読んでほしいのだが、人種差別に対する問いかけが痛快だった。 「◯◯人が殺人衝動的な遺伝子を持っているとあなたは言う。そうするとそれは遺伝子の問題であって本人にはどうにもできない。◯◯人に責任は求められない」 といった主張が出てくる。 これを読んだ時は「人種差別に対するもっともスマートな回答だ」と心が震えた。 - 2025年11月14日
Phaさん。 思わず「さん」付けで呼びたくなる作家名である。単純に「Pha (ファ)」だけだと味気ない気がするのに加えて、シンプルに「さん」と付けたくなる文章を書く人なのである。 そんなPhaさんが書く内容は、至極ありふれた物事だ。その中に鋭い表現がさりげなく入ってくる。 この本の中では「シェアハウスを運営していた頃を回想する」部分があるのだが、その際にPhaさんは自身のリーダシップを「天皇制」と表現する。正確にはシェアハウス仲間から言われたことを書いているのだが、読んでいてすごく腑に落ちる表現だった。 天皇制のエピソードに限らず「腑に落ちる」文章が何度も出てくるので、文章を味わいたいという人は一読してほしい。 - 2025年11月13日
測りすぎジェリー・Z.ミュラー,松本裕なんという簡潔な題名だろう。 『測りすぎ』というタイトルは、現代に蔓延る測定主義に対する警鐘として完璧な言葉だ。私はこのタイトルに惹かれて本書を読み始めた。 ——本書を読み終えた感想としては、「測定って無理じゃね?」だった。定式化や測定に縛られた人々は、しばしば測定できるものしか見なくなる。測定できないものは「ムダ」「価値がない」として切り捨て、やがて非倫理的な行動をする。 仕事を定量化して評価する。 当たり前のように見えて、実は異常なのかもしれない。 - 2025年11月2日
デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中するカル・ニューポート,池田真紀子SNSに時間を取られてしまうことを防ぐために、スマホを手放す——。デジタル・デトックスをするために、しばしばそのようなことをする人がいる。 しかし、大抵の場合はすぐに元の生活に戻る。そう、SNSがしかける蟻地獄へ、分かっていても沈んでしまうのだ。 その困難を解決するには、単なる定期のデジタル・デトックスでは足りない。もっと日常的な、デジタルにおけるミニマリストになる必要がある。 『デジタル・ミニマリスト』。本書を読んでいくと、ただSNSの情報を閲覧・発信するだけでも依存してしまうということが分かる。 私も本書を見習ってSNSから離れてみよう。 もしかしたら戻らないかもしれない。 - 2025年10月31日
VTuber学吉川慧,山野弘樹,岡本健「過去ってのは今に繋がる過程だ なら今ってのは未来に繋がる糧だ」 ラッパー・FORK(ICE BAHN)がとあるラップバトルで発した一言は、本書を読み終えた私の感想にピタリと当てはまった。 アバターがあり、演者がリアルタイムで演じる。この形態そのものは前からあった。Vtuberの前身かつ類似例としてよく取り上げられる「タートル・トーク(ディズニーシーのアトラクション)」では、主役たるクラッシュが観客の質問にリアルタイムで答える。 ただ、クラッシュの場合はキャラクターと中身が厳然と区別されている。 「Vtuberもそうじゃない?」 そう考える人もいるだろう。ただ、本書の第三部ではそうした区別に哲学的な分析を投げかける。ここを読むと、Vtuberが単なるアバターを着た配信者ではないことが分かるだろう。 VTuber。 それは現実とフィクションが複雑に混合した、新たなる生命体である。 - 2025年10月29日
科学の社会史古川安西洋科学の歴史を解説した本・・・・・・というだけでは興味を惹かれないだろう。本書の魅力は、科学しようとする人々の変遷にある。 「プロフェッショナル」「サイエンティスト」 これらの言葉はいまや誰もが当たり前に使っているが、その言葉が生まれた当時は奇特なものだった。 科学はもっぱらアマチュアが志すものだったし、科学だけを追求するサイエンティスト(科学者)も明確に宣言されなければ生まれなかったのである。 西洋科学を知るとともに、科学者がどんな存在であるか学ぶのに適した一冊である。 - 2025年10月28日
会話の0.2秒を言語学する水野太貴ゆる言語学ラジオでパーソナリティを務める著者が、「私たちはどうやって会話をしているのか?」を解き明かそうとする本書。 タイトルにある0.2秒とは、私たちが会話において話し手と聞き手が交代する時間だ。私たちはわずか0.2秒で①聞いた内容を整理→②話す内容を考える→③複雑な発音で伝えるということをしているのだ。 自分たちが普段やっていることを理解し、問い直し、深く知る。人を解明しようとする営みは、このような知を生み出してくれる。 著者自身は「言語学を専攻したわけではない」と断っているが、むしろ専攻していないからこそ入門書のように言語学を解説できたのだと思う。 - 2025年10月27日
会話を哲学する三木那由他コミュニケーション。それは相互理解のための会話であり、人を操作する営みでもある。 本書では、情報をバケツリレーのように伝達する「バケツリレー方式」のコミュニケーション観を批判し、一つの会話にいくつもの異なる営みが含まれている「約束事の形成方式」のコミュニケーション観を確立する。 本文では各章に会話の例として漫画を取り上げている。そのため、漫画のワンシーンの解説としても読むことができる。言語のトピックは身近でありながら難解に陥りやすいが、例題が漫画のため最後まで読みやすかった。 - 2025年10月24日
なぜ私たちは燃え尽きてしまうのかジョナサン・マレシック,吉嶺英美かつて、経済学者ダグラス・マクレガーは労働に対する人間の態度をX/Yという二つの項目に分類した。 一つは「人間はあくまでも怠惰であり、脅迫されなければ仕事しない」というX理論。 もう一つは「人間は動機があれば進んで仕事する」というY理論。 現代はY理論を採用する人間で溢れている。仕事こそが夢を叶える唯一の手段だ——。そんなY理論の人間が辿るのは、かくも恐ろしいバーンアウトという末路である。 この本を読んで背筋の凍る思いがした人もいるだろう。私たちが普段"持たされている"情熱は、反転すれば自己を永久凍土に変えてしまうものだ。 - 2025年10月23日
サロメ原田マハ司馬史観という言葉があるように、マハ史観という言葉があっても良いように思う。 そのような感想を抱くほど、本作「サロメ」は史実として説得力がありすぎる。フィクションのはずなのに、「本当にあったんじゃないか?」と錯覚しかけてしまう。 本作の主人公は画家オーブリー・ビアズリーの姉メイベル・ビアズリー。彼女は女優として大成することを夢見ていた。弟のオーブリーは趣味で絵を描く日々。そんな中、二人は名作家オスカー・ワイルドと出会うことで人生の歯車を狂わされていく——。 解説が中野京子というのもポイント。 本作の解説者としてこれ以上の適任はいないだろう。 - 2025年10月21日
ペッパーズ・ゴースト伊坂幸太郎未来が視える教師の体験談。 生徒が書いた悪人退治の小説。 テロ事件の遺族による告白。 三者の物語が入れ替わり、溶けあう物語。 それこそが「ペッパーズ・ゴースト」である。 超能力や超常現象が混じりあったミステリは、なんでもありになりがちだ。それだけに「ああすればよかったんじゃないの?」と言いたくなるものもある。 しかし、本作は型破りな世界観でありつつも絶妙に「なんでもあり」を回避している。本作の主人公の未来視能力も、飛沫感染(!)しなければいけないため便利ではない。 次々に不可思議に見舞われるのに、なぜか納得してしまう。そんな作品である。 - 2025年10月18日
水中考古学 地球最後のフロンティア佐々木ランディ海の底に沈む遺物を探す学問、水中考古学。 日本ではマイナーといえるこの学問の魅力を、同学問の第一人者である佐々木ランディ氏が解説する。 いわゆる学術系の入門書なのだが、装丁から中身まで"気合いが入っている"本である。著者の本書にかける想いが詰まっていると分かる。この本はぜひ紙で読んでほしい。 個人的なポイントは紙に若干の青みがかかっているところだ。水中を思わせるような淡い青が、より内容を引き立てる。 - 2025年10月17日
(霊媒の話より)題未定安部公房安部公房の処女作「(霊媒の話より)題未定」を筆頭に、初期の短編や未完成の断片を集めた短編集。 作品の中には原稿が散逸したために結末や続きが分からなくなってしまったものも多いが、それだけに作者の才能が際立ち、続きを望みたくなる。 個人的には「白い蛾」から読むことをおすすめしたい。この話は安部公房にしては珍しく心温まる物語で、文体も柔らかい。ハードコアな世界観で知られる作家だが、書こうと思えばこういう物語も書けるのだと驚かされる。 - 2025年10月13日
領土諏訪哲史小説と詩。両者の間には越えられぬ敷居が存在するはずだった。その境を溶かす小説集が「領土」である。 現代幻想文学の名手、諏訪哲史の最新作たる本書は、十編の短編集である。ページを繰るにつれて小説らしさを失い、詩のような形式で物語が進む読書体験は、この小説集でしか味わえない。 本作は、幻想文学ひいては小説そのものにおいて新境地を切り拓いたといえよう。諏訪哲史の著作では珍しい文庫本なので、気軽にオススメできる。 - 2025年10月9日
- 2025年10月5日
鳥類学者 無謀にも恐竜を語る川上和人特定の動物群を研究する者が、他の動物を語る。そんな本はあまりないだろう。ましてや、語る対象が絶滅しているとすれば、まず本としての企画が成り立たない。 しかし、その困難をすべて乗り越えた奇跡の本がここにある。 『鳥類学者、無謀にも恐竜を語る』である。 本書の内容は、鳥類学者の著者が鳥の知識をもとに恐竜についてアレコレ考察したり空想したりするというものだ。 その流れで恐竜が鳥へ生まれ変わる過程も説明してくれる。「鳥は恐竜の末裔なんだよ」という話を聞いたことはあるが、詳しくは知らないという人は、ぜひ本書を取っていただきたい。 - 2025年9月28日
金閣寺三島由紀夫三島由紀夫は何者か。 それは、本作における鶴川のような存在なのかもしれない。 『金閣寺』は溝口が生まれ、金閣寺を焼くに至るまでを描いた物語である。溝口の隣には鶴川と柏木という二人の男がいた。二人はそれぞれ陽と陰を象徴するような存在であり、鶴川は(溝口の視点では)一貫して太陽のような存在であった。 鶴川は溝口の陰惨な心を世間へ伝わるように翻訳してくれる。その翻訳はしばしば誤訳に陥るが、だからこそ溝口も彼の陽気を愛していた。 三島由紀夫は、類稀なる筆力と頭脳で現実に起きた金閣寺放火事件を「翻訳」した。それは必ずしも現実を正確に写したものではないけれども、だからこそ我々はこの作品を愛するのであろう。 - 2025年9月25日
ゲーテはすべてを言った鈴木結生『Love does not confuse everything, but mixes(愛はすべてを混淆せず、渾然となす)——Goethe』 すべてはこの名言から始まった。 ゲーテ研究の第一人者である統一は、ティーカップのタグに書かれていた名言に触れる。 しかし、ゲーテが言ったとされるこの言葉に統一はピンとこない。いったいゲーテはいつどこでこの言葉を発したのか、ゲーテに惚れた男が一次資料を突き止める。 あらすじからは想像もつかないが、本作はアカデミズムの問題をも描いている。 捏造文献を引用した論文が罷り通り、気が付かない学者たち。学者であるがゆえに知らないことを知らないと言えない悲哀。大学って大変だ。 - 2025年9月15日
街場の文体論内田樹神戸女学院大学の教授である著者が、教授人生の最後に行った講義「クリエイティブ・ライティング」全14講をまとめた一冊。 日本論、教育論、外国人論、文学論など多岐にわたる論題を包含する本書だが、私が一際印象深かったのは、本書に登場する「ブリッジ」である。 「ブリッジ」とは、知識を異なる階層に橋渡しすることだという。象牙の塔と市井の人々をリンクさせるような営みは、日本において盛んに行われており、我々が難しい外国の概念を知り、咀嚼できるのもこのおかげである。 まさに、この本そのものが「ブリッジ」ではないか。大学という、知識が集まる場所で教授から学生に共有された内容が、本となって一般層にまでブリッジされている。 私もこの橋渡しの流れに沿って、本書を紹介したい。 - 2025年9月6日
小説野崎まど社会や政治といった現実を論じる大説。 その対となるのは、空想という嘘を語り続ける小説である。「小説」は、まさに「嘘」の意味を提示する物語だ。 文化的資本に恵まれた内海と、文才に溢れた外崎、そして小説家の髭先生。このトリオで物語は進む。途中、髭先生が関わってきた人びとの挿話を経由して、宇宙が膨張するようにスケールは大きくなっていく。 「宇宙が膨張するように」と書いたけど、本当にそんな感じなのである。ながら読みしていると「今別の話をしてる?」と慌ててしまう。 また、この物語はフィクションである。 何を当たり前のことを、と言われるかもしれないが、本作は現実世界だけを舞台にしているのではない。ファンタジーも織り交ぜている。この点で賛否が分かれるだろうが、繰り返すように、この物語はフィクションである。
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