
-ゞ-
@bunkobonsuki
文庫本を中心に読んでいます。
アカウント名の読み方は「マイナスおなじマイナス」です。
Noteで不定期に記事を投稿したり、TALESで小説(一万文字程度)を書いています。
- 2026年1月10日
- 2026年1月10日
きりぎりす改版太宰治太宰治が中期に書いた作品群をまとめた文庫本『きりぎりす』。 この作品群を通して、太宰は『晩年』の振り返りと批評を行っているのではないか。 二人の作家が手紙で交流する作品「風の便り」では、こんな文章が出てくる。 「君には未だ、君自身の印象というものが無いようにさえ見える。それでは、いつまで経っても何一つ正確に描写する事が出来ない筈です。」 この一文は『晩年』に対する太宰の自己批評にも思えてくる。『晩年』の文体は、常識的な文章であった。それを自覚した太宰は文体の確立のため、さまざまな実験を試みた。 それが、「きりぎりす」をはじめとした作品群なのだと思う。 - 2026年1月6日
新版ことわざの論理外山滋比古古今東西に溢れることわざに対して、著者が解説と自論を繰り広げる「ことわざの論理」。この本ではとにかく色んなことわざが入っている。 馴染みのあることわざは勿論、現代ではあまり聞かなくなったことわざも収録されており、字引を見ているだけで楽しい。 - 2026年1月4日
痴人の愛改版谷崎潤一郎ハイカラを志すサラリーマンこと譲治は、少女ナオミと同棲する。西洋人のような顔立ちと体を有する彼女に譲治は複雑な想いを寄せながら、やがてナオミに隷従する道を選ぶ。 譲治は先進的を自負しているが、そのハイカラぶりはどこまでもエセが付きまとう。英語は覚えていても西洋人の女性に近づけば慌てるし、ダンスもろくに踊れなくなってしまうのだ。 一方ナオミは中々英語を覚えられずにいたが、その奔放ぶりが強まるにつれて自然に英語を覚え、西洋人との付き合い方も譲治を上回っていく。 「教訓になると思う人は、いい見せしめにしてください」 小説の最後に譲治はこう述べている。私はこの物語に、以下の教訓を読み取ろうと思う。 青は藍より出でて藍より青し。 - 2025年12月31日
12月31日。 今年最後に紹介するのは、とある書店のお話である。「一万円選書」で知られるいわた書店の店主が自店について語ったこの本は、カテゴリーとしてはビジネス書になるだろうか。だが、そのビジネスはあまりに素朴だ。 この本では全国の本屋が悩ませる「どのように本を売るか」に対する回答を出している。曰く、「一万円を出してもらう代わりに選書する」だ。 すごくシンプルである。でも、誰もやらなかった。選書家や本屋が新設の店に対して選書することはあっても、個人に選書するサービスはなかった。このサービスが功を奏してから、続々と後追いする書店が出てきた。 本書を読んで感銘を受けたのは、本書の著者が「一万円選書」を周囲に勧めていることだ。資本主義の論理であれば、真似されにくいサービスを展開するべき、真似する同業者には鉄槌を下すべきという理論になろう。そうしないのは著者が業界全体を考えているからで、ぜひ周りに読んでもらいたいと思った。 長々と書いたが、今年も終わりが近づいた。 最後にこの本を紹介することができて幸甚である。 来年もよろしくお願いします。 - 2025年12月30日
読書についてアルトゥル・ショーペンハウアー,鈴木芳子『読書について』は、ショーペンハウアーの随筆である。当時、ドイツの文壇は退廃を極めていた。読み手はラディカルな主張を展開する新刊を好み、書き手も文章の書き方を俗に合わせる有様。 そんな時代にショーペンハウアーは文壇を敵に回すような文章を著す。同時代人、それも同業者への宣戦布告ともいうべき随筆が、『読書について』なのだ。 時代も国も違うのに、これだけ長く日本で読み継がれる随筆も珍しいのではないか。本書の主張は時代を貫く碇であり、いつどこでも人間は易々と変わらないことを感じさせる。 ただ、異論を唱えたい箇所もある。ショーペンハウアーは「悪書を駆逐し、良書だけを残すべきだ」と言う。その主張はもっともなのだが、どうやらショーペンハウアーは新刊=悪書とみなしているようなのだ。 新刊が出なくなれば本屋市場が縮小し、やがて良書も発掘されなくなるのでは・・・・・・。それだけ当時は新刊に悪書が多かったのだろうか。 - 2025年12月29日
- 2025年12月26日
- 2025年12月23日
流浪の月凪良ゆう誘拐された人間が、誘拐犯を好きになる。 こんな事態が起きた場合、現代人はこぞって『ストックホルム症候群』なる言葉で解決しようとする。 主人公・更紗は幼い頃に一人の男と出会う。大学生の彼に心ひかれ、少女は自ら誘拐を希望する。やがて更紗は警察に保護されることになるのだが、この時の周囲の反応が印象的だ。 型に嵌っているのだ。 周囲は更紗に起こったことを理解しようとする。更紗が男に寄せていた好意すべてを『ストックホルム症候群』として処理する。 理解しているふうでいて定型文に囚われた人々。 私は、主人公たちを通して歪な世間を見た気がした。 - 2025年12月20日
言語化するための小説思考小川哲「"誰が"言語化するのか?」 タイトルを見た時、それが気になって仕方がなかった。書き手?読み手? 答えは読んでみてすぐに分かった。表紙の上にある「小川哲」である。 本書は「著者が自分の文章術を解明する本」という内容になっている。文章術の暫定解を作家が導き出そうとする様が、読んでいて楽しい。 何より、勇気がある。 普通、文章術ではお手本の文章を引用する。そうした方が読み手に納得感を与えやすい。 だが、著者はあえてとことん自分の文章で勝負する。それでその例文が面白い。 例文として小説の文章が数行挿入されるのだが、それがまた興味をそそられる内容で、正直、本の内容よりそちらの続きを読みたくなってしまった。 - 2025年12月20日
養老孟司の人生論 (PHP文庫)養老孟司養老孟司が己の人生とともに日本の歴史を振り返り、西洋から日本にもたらされた近代的自我を論じる一冊。 著者の喋るように書くを体現したような筆致は、広く受け入れられる書き方だ。内容そのものは「死」とか「自我」など字面が強いが、書き方がやさしいゆえに受け入れやすい。 - 2025年12月19日
新釈 走れメロス 他四篇(1)森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」でお馴染みの森見登美彦が、文豪の名作たちを現代非喜劇として甦らせた。 「吾輩は猫である」→「吾輩も猫である」というような、名作を他作家がアレンジする試みは何度かある。 この本もそういう系列に属するのだが、さすが森見登美彦、古典たちを現代に馴染ませ、時には原作と真逆の展開を広げながら、"新解釈"の物語を繰り広げる。 「漱石は取り上げられていないのか」と思ったところ、解説でまさかのサプライズ。詳しくは本書で。 - 2025年12月19日
- 2025年12月19日
夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)森見登美彦古風な文体にくだけた言い回しをふんだんに盛り込んだ、森見登美彦の代表作。黒髪の乙女、乙女に恋する男、二人の視点から奇妙な物語が紡がれる。 本作をカテゴライズするのは難しい。 純文学、ライトノベル、エンタメ小説、幻想小説、どこにも属さないと言えるし、どの要素も兼ね備えているとも言える。 私は本作を好き嫌いで分けられないと思っている。本作は独特な人物像や文体から賛否が分かれるけれど、それは読者の中にある「嫌い/好きな小説」を映し出しているのだろう。 - 2025年12月17日
生殖記朝井リョウマイノリティとして生きてきた主人公・尚成。その人生を現在進行形で語る——のだが、その語り手がなんと主人公の生殖器なのである。驚いた。 序盤は「小説という体を借りた著者のエッセイじゃねーか!」という感じで読んでいたのだが、途中から生殖器だからこそ語れる視点が見えてきて、「こりゃ小説になりますわ」と納得させられた。 - 2025年12月16日
街場のメディア論内田樹以前、「街場の文体論」という著者の書籍を読んで感銘を受け、そこから「街場の◯◯」なるシリーズものがあると知り、今回手に取ったのが「街場のメディア論」だ。 「読書人は消費者ではない」「読書遍歴は無償の本を読むことから始まる」という主張は一見奇特だけれど、よく考えれば自明のものだ。私の読書は青空文庫から始まったし、青空文庫で読める物をわざわざ文庫で買ったこともある。 本屋や図書館が「存続・継承しなければならない」と言われるのも、根本には商取引ではなく無償の贈与であるからだと私は思う。 - 2025年12月16日
影に対して遠藤周作とある家庭を描いた六つの短編集。 主人公の勝呂は、母を貶す父に反発を覚えるものの、両親が離婚する際は父についていく。それでも母の生き様は勝呂の人生にたびたび影を落とす。 読む人によって誰にムカつくのか変わると思う。 私は主人公の父にムカついたが、母や祖母に怒る人もいるだろう。誰に怒りを向けるかでその人の性格が分かりそうだ。 - 2025年12月15日
人生の踏絵遠藤周作遠藤周作が自著や外国文学を解説する講義録。 ただ解説するだけでなく、カトリックたる己の宗教観も語っている。 日本で有名な作家の中には、意外とキリスト教的素養を持った人がいる。「武士道」の著者たる新渡戸稲造はクェーカー教徒だし、「ゲーテはすべてを言った」を書いた鈴木結生も聖書を自身のバイブルとしている。 遠いようでいて実は馴染みの深いキリスト教・・・・・・のように見えてまた遠いと感じさせられるのが、この講義録の面白いところ。 - 2025年12月14日
ホワイトラビット伊坂幸太郎誘拐を生業とする兎田孝則は、ある日、自分の嫁を誘拐される。嫁を奪還するために動くことなるのだが、嫁の元へ辿り着くまでに二転三転の犯罪劇が繰り広げられる。果たして兎田は嫁を取り戻せるのか? 三人称で語られる本作だが、語り手がかなり愉快で笑える。創作において場面転換はつきものだが、今作は語り手が自主的に「今からここ見るよ!」という声がけを地の文でするため、アトラクションの中で説明を聞いている気分が味わえる。 - 2025年12月12日
永遠についての証明岩井圭也数学的才能を持ち合わせた瞭司は、大学に特別推薦で入学する。周りの仲間たちと力を合わせて数学界で実績を積み上げていくが、ある時、教授から理論の瑕疵を指摘される。 寸分の隙もない理論の構築に精神を蝕まれた彼は、やがて妄想ともいえる理論を残して命を落とす。 瞭司の悩みは、日本語が実質第二言語だったことにあるのだろう。日本で生まれ、日本で育ち、日本の大学で数学を愛した彼は、それでも母国語の才能に恵まれなかった。数覚という少数言語話者ゆえに彼は苦しまねばならなかったのだ。
読み込み中...



