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@bunkobonsuki
文庫本を中心に読んでいます。
noteでも本の感想文を書いておりますので、もし良かったら参考に。
- 2026年5月12日
ハーモニー伊藤計劃ネタバレあり伊藤計劃はすごい作家だ。 自身が死へと向かっていく中で、「死なない世界」を否定してみせたのだから。 本作『ハーモニー』は、伊藤計劃の遺作である。グロテスクな世界を描いた『虐殺器官』とは正反対の、死から可能な限り遠ざかった世界が舞台だ。人々は体内に埋め込まれたデバイス「WatchMe」で健康状態をモニタリングし、互いを慈しみながら生きている。 ネタバレをすると、本作のラストで人類はさらに幸福な状態を達成する。表向きは喜怒哀楽があるように見えて、内面は常に恍惚とした気分でいられる理想郷に到達するのだ。 どうやって実現したのか? 人類から意識を消し去ったのである。 これはただの妄想なのだが、あの世界はまた"意識"を取り戻すのではないかと思う。物語の中でも、"意識"を後天的に獲得した人物がいる。 主人公はその人物の言動を反芻し、真似してきた。私には、それが理想郷のその後を示唆しているように思えてならない。 - 2026年5月11日
学ぶことは、とびこえることベル・フックス,吉原令子,堀田碧,朴和美,里見実人種、性別、言語、文化。 著者が経験したことをもとに、差別について論じた一冊。 題名に「フェミニズム」とついているので女性差別をメインに扱っていると思いきや(実際そうなのだが)他の差別にも触れている。 差別の原因をひとつの事柄に求めるのではなく、複合的に捉えるのが本書の肝といえよう。著者は黒人であり、女性であり、黒人文化で育った者であり、差別を受ける要因がその都度異なっていた。 黒人差別の原因は人種によるもの——単純な構図を、当事者たる著者が丁寧に打ち砕き、差別の垣根を飛び越える。 - 2026年5月9日
- 2026年5月4日
NEXUS 情報の人類史 下ユヴァル・ノア・ハラリ,柴田裕之NEXUS(つながり)としての情報を解き明かす本書の下巻では、著者が語る対象が変わる。人間から人工知能、アルゴリズムについて紙幅が割かれるのだ。 人工知能と人間は対比される関係として見られがちだ。冷酷な前者と情熱的な後者、というふうに。しかし、下巻ではアルゴリズムや人工知能が情熱をも理解し、理解した上で冷酷なことをすると提示される。 なぜ、アルゴリズムはそんなことをするのか? それは定められた目的に"合理的に"進むからである。「エンゲージメントを最大化しろ」という目的を与えられれば、仮想敵を作り出して人々を憎悪に駆り立て、団結させる。それは感情を理解しなければできないことだ。 - 2026年5月4日
NEXUS 情報の人類史 上ユヴァル・ノア・ハラリ,柴田裕之情報とは何か? 一見すると自明のように思えるこの問いを、著者が歴史を通じて解き明かす。情報とは真実を表すものではなく、真実だと"信じる"ためのツールなのだ——情報の見方をガラリと変える、ユヴァル・ノア・ハラリの情報観を詰め込んだ著作。 上巻の本書では、情報という概念が歴史上でどのように作用してきたか説明される。序盤では魔女狩りを例に「情報によってつながり、つながりによって現実を変えていく」様子が綴られる。 本を読みながら、「魔女狩りと金稼ぎは似ている」と思った。魔女も金も現実には存在しない概念なのに、皆が信じているからこそ他の幻想とは違う生々しさを帯びているのだ。 そして、生々しさを帯びた幻想はしばしば人を不幸へ誘う。魔女狩りは多くの無辜の民を犠牲にしたし、金のために不正や悪行をする人々は後を絶たない。 - 2026年5月1日
虐殺器官伊藤計劃気軽に虐殺や戦争が起きている昨今の世界情勢を顧みて、かつて読んだ本を引っ張り出したい気持ちに駆られる。 『虐殺器官』は、「なぜ虐殺が起きるのか」をテーマにした小説である。それは単なる物語というより、ニーチェの『ツァラトゥストラ』のような「思索を物語のように語る」作品である。 主人公は虐殺の謎に迫るにつれ、人間は生来虐殺を肯定する機能があると知る。それは虐殺の文法と呼ばれる、人間を虐殺へ駆り立てるコードである。 本作で語られる虐殺の文法が現実にあるかどうかは分からない。しかしながら、現実を見ると、「突如として人々が虐殺を始めた」としか思えない。 本作は創作を超えて予言の域に到達してしまった。ある意味で幸福で、不幸な傑作。 - 2026年4月30日
文学は何の役に立つのか?平野啓一郎古典、漢文、文学など国語に関する科目は、不要論にさらされる宿命にある。「それが何の役に立つんですか?」という問題提起がつきまとう。 その問いに小説家・平野啓一郎が答える。 講演で、評論で、あるいは弔辞で。 本書に弔辞が付されているのは、タイトルへの答えだと私は思っている。人は事物や現象に対して言葉でもって対処することがある。人が亡くなったとき、ただ滂沱の涙を流すのみならず、なぜ別れの言葉を告げるのか。 文学が役に立つのは、言葉でもって物事に決着をつけるときである。弔辞は一種の決着である。 - 2026年4月26日
砂漠と異人たち宇野常寛『遅いインターネット』の続編の舞台は、まさかの砂漠であった。そしてこの話の次は庭である。インターネット→砂漠→庭と、著者の表現はパンジージャンプのごとく跳躍して戻ってくる。 本書では砂漠を追い求めた著者が、T.E.ロレンス、村上春樹、吉本隆明の人生・思想を通じて「事物を愛すること」を説く。この並びがどうして繋がるのか読んだ後も不思議に思う。が、確かに繋がるのだ。 私は、著者の「事物を愛する」思想に触れて、本との向き合い方について考えた。本の歴史を紐解くと、本はそれ自体が崇拝され、愛されるモノであった。デジタル化によって情報としての側面が強調された今では、本そのものを愛する方が稀であろう。 本そのものを愛すること。つまり集め、保存ことは、単に情報を取り込む以上の営みであると信じる。 - 2026年4月23日
回復する人間ハン・ガン,斎藤真理子『回復する人間』は、心身に重篤な傷を負った者たちの物語だ。事故の被害者である彼らは、同時に加害者の側面も持つ。ハン・ガンは加害者の側面を惜しげもなく露わにするのだが、私は彼らに憎しみを持たなかった。 読者の作家に対する態度は、はじめて読む作品で決まる。私にとって、ハン・ガンの小説を読むのはこれがはじめて。どうやら私はハン・ガンを好きになれるらしい。 - 2026年4月22日
透明な迷宮平野啓一郎「透明な迷宮」は、男女が他者から「愛し合え」と命じられることから始まる。本編を読むと、性的かつプラトニックな愛という矛盾した概念を実現している。 文章はもちろん、その発想に私は敬意を表したい。本作は作家・平野啓一郎の提唱する「分人主義」がもっとも色濃く現れた作品だと思う。 - 2026年4月19日
本が生まれるいちばん側で藤原印刷小説家、芸人、ライター、インフルエンサー、いろんな書き手がいる。だが、本書の表紙を見た時はさすがに驚いた。書き手が印刷会社なのである。 「藤原印刷」は、「写真集といえば藤原」と言われるほど技術力のある印刷会社である。本書では、藤原印刷の代表者・藤原隆充氏と弟・章次氏のお二人が「印刷とはなにか」を語ってくれる。 語るのは言葉だけではない。 本書の作りはかなり複雑である。章によってページの色味が違ったり、特定の文だけ色味が薄かったりする。印刷という作業が単に刷るだけではないことを物語る。
- 2026年4月15日
考察する若者たち三宅香帆「考察」という言葉が変化している。論文で書くような「◯◯の一考察」と、動画サイトにあふれる「◯◯考察動画」では言葉のノリが違う。なんとなく考察の語義が多様化している気がしていたところ、本書に出会った。 現代における「考察」とは、答えを探すことである——こんなことを著者は書いている。これを読んで不思議な気がした。VUCAをはじめ、「現代社会は変化が激しく、答えのない世界である」などという言説は溢れている。 そんな言説を浴びた現代人が、創作においては答えを希求する。なんだか面白い。意地悪な発想だが、考察的知性の人々に川端康成の『雪国』を読ませたい。あのラストに答えを提示しようとすると、一生を堂々巡りで終えそうな気がする。 - 2026年4月14日
庭の話宇野常寛正直に書くと、本書をSNSで紹介するのにためらいがあった。本書にはSNSで繰り広げられる「承認欲求を満たすゲーム(敵を作り誹謗する振る舞い、いいねをもらうために何かを投稿する)」を批判する内容が含まれている。SNSでこうした本を取り上げるのは、承認欲求ゲームを実行している感じがした。 ただ、それでも本書を紹介せずにはいられない。会社、村、電子空間におけるコミュニティ——しばしば懐古され、理想郷に仕立て上げられる"共同体"という概念を手厳しく批判した上で、共同体を離れた<庭>という概念を提唱する。現実の庭の話として、また比喩として、共同体を超える在り方を提示してくれる。 まだ本書を読まれていない方に先に書いておくと、<庭>はすべてを解決するわけではない。著者自身が本文中にそう書いている。しかし、息苦しい世界を生きる糸口を手繰りよせることはできる。 - 2026年4月12日
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルーブレイディみかこイングランドの都市・ブライトンに住む著者が、家族との対話の日々を綴った名著。本書のタイトルを目に、耳にした人は多いだろう。 私は本書をサッカーの文脈で語りたいと思う。 スポーツのリーグは、国の様相を反映している。イングランドにおける代表的なスポーツリーグといえば、サッカーのプレミアリーグである。外国人選手を呼び込むことで世界一のリーグの地位を得たこのリーグは、同時に外国人によって支えられているという側面もあった。 本書で語られるのもそういうことだ。 イングランドが外国人や移民によって支えられ、労働において脅かされ、格差が生じる。外から来た者たちによる繁栄と、自国民のアイデンティティの揺らぎ、それがプレミアリーグの様相とリンクするように見えた。 余談だが、本書の舞台となる2018年はワールドカップが開催された年でもある。イングランド代表は3位決定戦に敗れ、4位となった。 3位決定戦で戦ったベルギー代表は、プレミアリーグに所属する選手が多いチームだった。あの試合は、イングランドという土地の課題を端的に表現していたのかもしれない。 - 2026年4月9日
私的読食録堀江敏幸,角田光代二人の作家が、小説中に出てくる食事について語る読書録。かわるがわる書き手が交代していくので、読み味もその都度違ったものになっていく。 本書は単なる食事談にとどまらない。小説というフィクションが、時に現実を追い越す体験を提供できることを示している。 小説や童話で出てきた食べ物——うどんやラーメン、チョコレート——は、現実と同じはずなのに、架空の存在のように思える時がある。 例えば。志賀直哉の『小僧の神様』。 本作では寿司を逆さまにして食べるくだりがある。この時の描写が本当においしそうなので、読み終えた私はすぐに寿司を食べに行ってしまった。でも、そこで食べた寿司は『小僧の神様』ほどおいしくなかった。 現実にあるものを描写しながら、時に現実では成し得ない味を提供する。小説には現実を虚構にしてしまう魅力が詰まっている。 - 2026年4月5日
コンテンポラリーアートライティングの技術ギルダ・ウィリアムス,GOTO LAB美術批評の書き方を指南する本書。 タイトルだけ見ると小難しいものに思える。 「コンテンポラリー?」 「アートに関するライティング?」 「ビジネスメールの書き方」「小説の書き方」を扱う文章術の本に比べても、本書は読者に縁のない世界を扱っているように見える。 「美術批評なんて、書く機会はない」 そういって本書を逃すのは惜しい。美術批評を書くということは、普遍的な文章術を学ぶことでもあるのだ。 美術批評では作り手の来歴、作品の解説、自説とその根拠を述べるわけだが、これは論文や自己PR文の書き方に似ている。 論文も先行研究の解説をして、自説へ行く。 自己PR文も自分に起こった出来事を説明して、自説(PR)を書く。 書く順番は書き手によって前後するとしても、文章の構造は近い。 本書には現代美術という「書き手にとってもわからない」ものを解説する例文がたくさんある。「読み手が知らない世界をどう解説するか」という点で、美術批評の文章は書き手のお手本なのだ。 文章術を学んでみたいという方へ、私はこの本をオススメする。難しいようで易しい不思議な文章術本。 - 2026年4月3日
まず牛を球とします。柞刈湯葉本作は短編集である。一編につき10〜40ページ程度の、ごく短い作品群が連なるのだが、どれも現実にある倫理問題を扱っている。 SFという虚構を使って現実を論じるのは難しい。「所詮、ありえない仮定でしょ」と読者に思われる危険があるからだ。倫理を問うためにはあり得そうな話を持ってこないと成立しない。 本作はその難しさを克服している。 どうやって克服したのか? 解説にも書かれているが、作者・柞刈湯葉は「問題を見つけてくるのが上手い」。あり得ない仮定の世界観にふさわしいような、その世界で論じられるような問題提起をする。 その世界観で起こる問題は現実にも一部接続されうるものである。表題作『まず牛を球とします』では、牛が大豆のような扱いを受けているという話が出てくる。バカバカしいと思う反面、生成AIによって子どもがサーモンのことを「刺身として川を流れていると思っていた」話を聞くと、笑えない。 非現実から現実へと繋がる絶妙な問題提起の数々が、この一冊に詰め込まれている。 - 2026年3月31日
差別はいけない。 では、なにが差別なの? 本書では、「差別」という二文字の実態に迫ろうとする。差別とは難しい問題だ。差別と聞くと、人は合理性から程遠い感情による行いだと考える。 しかし、実際は違う。合理的な判断であっても差別となりえるのだ。「こういうエビデンスがあるから、この人には権利を与えない」という物言いも可能になってしまう。 現代社会は、何かと合理性を重視する気風がある。合理性のために個人を差別するのは当たり前だ。学歴差別、人種差別、性別差別etc。差別は、決して遠い出来事ではないのである。 特に面白いと思ったのは、天皇制度に関する部分である。なぜ差別を論じるにあたって天皇が出てくるのか。その詳細は本書に譲るが、「差別的な制度のもと生まれた天皇によって差別解消が謳われている」という主張は、読んでいて、差別の複雑さを思わされた。 - 2026年3月29日
- 2026年3月26日
ノックの音が星新一ノックの音がした。 本作は、すべての作品の書き出しが上記の一文で統一されている。それでいて先の展開が読めない。一発芸に堕ちかねないアイデアを、星新一の力量がモノにする。 展開の読めなさの理由は、ノックにある。「ノックの音」が重要だ。家を訪う合図でも、ブザー、インターフォンでは話に広がりを持たせられない。 ノックには人の心理が現れる。叩く扉の種類、扉の叩き方。動きや物の描写だけで、状況と人物を表現できる。 あとがきを読み終え、次の話がなくなったときでも、頭の中にノックの音がした。
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