
あんどん書房
@andn
2026年8月26日
純文学って何だよ
鴻池留衣
読み終わった
数年前に『文學界』を読み始めてから純文学の魅力にはまったのだが、しかし改めて純文学ってなんだ?と言われると答えられないので読んだ。
はじめに著者の経歴と、自身が考える純文学観が書かれているのだが、純文学=音楽説は面白い。
“そう、読むという行為そのものが快楽になる。[…]音楽を聴く快楽は、純文学を読む快楽と性質が似ている。”(P23-24)
また純文学の最も重要な機能として「作家だけでなく、読者の身体をも抑圧から解き放つ」(P24)とまとめられていて、最近読んだなかでは八木詠美『アンチ・グッドモーニング』なんてまさにそんな作品じゃなかろうか。
町屋良平さんとの対談では、小説家は自作に自己言及することを求められているという話や、小説特有の「遅さ」をいかに乗り越えるかという話が興味深い。
“そもそもリアリティがないからこそリアリティがある。リアリティがあるからこそリアリティがない。っていう逆転の瞬間こそが“小説のリアリズム”なんですよね。”(P76)
という町屋さんの話はなるほどなーと思う。本当らしく書こうとするほどウソっぽくなり、その逆も然りと。
高山羽根子さん。元々は美術をやられていたというだけあって、絵画での例えが秀逸だ。
“たとえば、絵画の騙し絵みたいに色んな難しいものが絵のなかに埋まっていても、“一枚の絵として風景がきれいだからずっと見ていられる”みたいな作品を目指したい。”(P98)
まさに冒頭で鴻池さんが言われた音楽との類似性だ。文体の快楽。
石田夏穂さんとの対談は純文学悪口大会(笑)
純文学はマニアックに書いていいジャンルに縛りがあって、映画とか音楽とか純文好きな人が好きそうなジャンルであれば許されるとか、「性」の話が要求されるとか、流行のテーマ(フェミニズムとか)をかました解釈しかしない読み手が多すぎるとかとか。最後の指摘は耳が痛すぎる。
尾崎世界観さんとの対談は商業としての純文学みたいなテーマが濃く出ていた。「作品に対して誰かが何かを言ってくれないと成立しない世界なのかも」(P169)という尾崎さんの言葉は確かにだなーって気がする。いちおう読解は試みるけれども、批評とかを読んでなるほどなそう読むんか〜ってなっている。誰かの読解を見ないと安心できないみたいな。ネガティヴ・ケイパビリティが足りないのかも。
川本直さんは一時期話題になってた『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』の著者。よく分かってなかったけど限りなくルポの体裁を取ったフィクションということらしい。
アングラ雑誌のライターから出発し、日本ではあまり知られていないゴア・ヴィダルというアメリカの作家に突撃インタビューしてから10年かけて作家デビューというかなりユニークな経歴が面白い。
そんな川本さんは次のようなことを言われている。
“よく小説では“他者を書け”みたいに言われることがありますよね。自分ではなく他者を書くことが大事とか言うけど、あれは正確には、自分が解き放たれて勝手に他者になってしまうんですよね。”(P184)
この言葉は自分にとってかなり示唆に富んでいる。なんとか自意識から逃れたいといつもいつも思っているから。
なんとなく物語を書ける人(と演技ができる人)とかは自意識から距離取れるんだろうな〜と思っているけれど、やはり「作り話を書く」というのが一つのとっかかりになるのだなぁ。
永井みみさんとの対談はBL回。なぜBLが人気なのかというところで、“産む”性であることを常に意識させられることから逃れたいからなのではないか、という話には説得力がある。逆にオタク男性にゆるふわ百合アニメが流行るのも性役割からの逃避だよね、というのは既に『エトセトラ』の男性学特集号で指摘されていたことだったか。
それと純喫茶起源説も興味深い。
ラスト、田中慎弥さんとの対談もバチバチやってて面白かった。具体的に言うと社会へのコミットの必要性についてなのだが、鴻池さんは社会的トピックなんていらない派、田中さんは社会の要請に耳を傾ける必要がある派。
本書全体を通しても鴻池さんは純文学をしがらみから解放したい側なのだなというのが伝わってくる。「ジェンダーに無関心ではいけない」というモラルもまた一つのしがらみになるのだ。この辺のバランス感は本当に難しいなと思う。
自分はそれまで社会問題に一切コミットできていなかったので、文芸誌を読み始めたことでその必要性に気付けたみたいなところがあるんだよな。だからどちからというと社会コミットメントはあっても良い派だし、そういう作品が芥川賞を獲るんじゃないかと予想しがち。
ただそれだけが文学ではないということは常に念頭に置いておかないとダメだなと思った。
また田中さんは文章修行として窓から見える風景をスケッチしていたというエピソードがあり、やっぱり効果あるんだなと思った。乗代ワークショップの新作ZINE積んでるけど読んでモチベーション取り戻さないと。
純文学って何だよ、の答えはやっぱり分かるような分からないようなだけど、「純文あるある」を楽しめる本ではあった。だからある程度最近のものを読んでる人向けかもしれない。
それと純文学と私小説の関係性とか文学論争とかの話も色々断片的に出てきていて、そのへんの文学史もちゃんと知っておきたいなぁと思った。便覧とか読めば載ってるかな。
お酒を酌み交わしてる対談写真がいいなと思っていたら撮影:金川晋吾だった。そりゃ良いわ。
本文書体:秀英明朝
装幀:仁木順平

