虚実書店マボロシ
@maboroshi
2026年2月1日
タコピーの原罪 下
タイザン5
読み終わった
なぜこんな悲しいお話をわざわざ描かなければいけないのだろう。
露悪趣味とか販売戦略とか多少はあるかもしれないけど、人を酷い目に合わせるってフィクションで作る方も結構大変だ。ましてや、子供となると強い動機や自身を説得できる必然性がないとあそこまでできなんじゃないか。
漫画を描くこと自体、時間も手間もかかる。おそらく四六時中作品のことを考えているはず。
また<悲しい>の尺度も人それぞれ。世の中には想像できないくらいの酷い話もあるけど、どこかでそれを想像した人が作っている。少なくともその人は、想像し得た。
もちろん、現実に酷い話はいくらでもある。実際にあった酷い話の酷い部分を整理して形にすることもできる。
でも、やっぱりそもそもなぜ作らなければいけないのかは何ともわからない。
それに加えて読んでしまう理由もよくわからない。自分は結構読んでしまう方だと思う。つい好奇心でのぞいて見たくなる。そうして、辞めりゃ良かったと思いながらまた別のものを覗きに行ってしまう。
ネガティブな情報は生き物にとってとても重要な情報で、生き物はネガティブな情報にすごく重要な価値づけをしてしまう。
だから?
海外の作品に触れると、残酷さのレベルが違う。日本の作品はかなり残酷さがゆるい。それは、表現規制の話ではなく、その場所の常識の話で、過酷で理不尽な世界は世の中にたくさんあり、過酷で理不尽で残酷なことはそれなりの頻度で発生していると思う。
また、残酷さの尺度も違う。肉体的な精神的な金銭的などれがより残酷かという尺度難しい。
なんかそういういろいろなことを考えつつ、答えは出ないまま「タコピーの原罪」が描かれる状況について考えてしまう。