秋 "白銀の墟 玄の月 第四巻 十..." 2026年8月27日

秋
@akki
2026年8月27日
白銀の墟 玄の月 第四巻 十二国記
それほど時間があったわけでもないのに、途中でやめることに耐えきれなくて最後まで読んでしまった。 以下、純粋な物語に対する感想というより、今の私の感情を書き留めるもの。 つらい。第1巻〜3巻までつらい戴の様子を見てきて、希望が見えたところで一度突き落とされたのがつらかった。 これまで一緒に旅をしてきて、もう死ぬことはないのではないかと半ば無意識に思っていたたくさんの登場人物が死んだ。 死なずとも魂を失ってしまった者もいるし、生死すらわからない者も多い。 うろ覚えだけれど、同じ十二国記シリーズの「月の影 影の海」のあとがきで、戦いの中で切り捨てられて、描写されず読者に知られることすらなく、行間で死んでいく多くの者たちについて書かれていたのを覚えている。今回は全4巻という大長編の中で、敵味方あわせて多くの者たちが登場し、そして多くの者が呆気なく死に、または知らぬ間に退場していった。あのあとがきに書かれていたのはこういうことだったのだな、とようやく思う。 私は小説を娯楽として読んでいるから、やはり味方したい側が有利になれば戦いの描写にも高揚するのだけれど、戦いがあれば人は死ぬのだ。たとえ勝っていても人は減っている。軍という総体で見たときには、単に「弱った」ようにしか感じられなくても、力が削がれたときに誰かの人生が終わっている。物語がどんなハッピーエンドに着地しても、そこに辿り着けなかった者が大勢いるのだ。 最後に戴の王は戻ってきたけれど、まだ景王にも景麒にも会えていないし、泰麒は満足に王と話せていない。李斎が曇りなく笑うところが見たい。驍宗が力強い体躯と声を取り戻した姿が見たいし、園糸が項梁と再会するのも見たい。というか玄管の正体は明かされたっけ? 実は「白銀の墟 玄の月」は刊行直後に読んでいたのだけど、ほとんどの内容を覚えていなかった。今、読み終えた直後だけど正直登場人物を把握しきれていない。頭から読み返したい気持ちはあれど、雌伏の時間が長くてなかなか手が伸びないのは、たぶん前に読んだ時も同じだったのだろう。 この後で先行公開された短編も、読んだはずなのだが覚えてない。よく考えたら私はどんな本でも大抵そうで、単に読み返した回数の多いものを覚えているだけだ。何度読み返しても楽しめるのだからいいし、あと半月もしたら短編集が発売される。すごく楽しみだ。休みを取って没頭したい。 一方で実生活への不安もある。私はいつまでこうして物語に心を躍らせていられるのだろう。読んでいる間、完全に物語に没入しきらず、現実に抱えている不安のことを考えているときがあった。私は白幡、墨幡の民のような不断の努力ができるだろうか。不興を招くことを恐れて棄民を放置する官吏のようになっていないか。分かりやすい義憤の的を見つけて泰王に石を投げようとしていた民になっていないか。 戴の新たな暦は明幡。すべての戴の民が繋いだ新しい世が、私にとっても希望になるはずだ。
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