はな "夫のちんぽが入らない (SP..." 2026年8月27日

はな
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@hana-hitsuji05
2026年8月27日
夫のちんぽが入らない (SPA!BOOKS)
1人の女性の誰にも知られなかった壮大で壮絶な小さな半生を描いた映画みたいな本だった。 今週始まったくらいにこだまさんが新刊を出すと知り、この本のことを思い出す。 刊行当初は、どんな状況なのか予想もつかず気になっていたけれど、このタイトルをレジに持っていく勇気がなく、そのまま月日は流れた。 Kindleになかったら手に取れないままあと10年くらい遠い本だったかも。でも、10年前に読んでも、理解出来ずに苦しんだかも。 描写とか価値観が無理なら途中でやめればいいかと安易な気持ちで読み始めると「誰かと一緒にいると心がとても疲れる。」という文章が飛び込んできてそのまま取り込まれてしまった。火曜日に書き留めたメモが、寝落ちして全部消えてしまったのが悔やまれる。 あの日の私の最初っきりの感じたことはもう残ってなくて、正確に思い出せない。だから書いたらすぐメモしてる。不完全でも意味不明でも何でもいいから、その時の気持ちは瞬間冷凍しないと消えてしまうな。 「母を怒らせないようにする方法を探ってばかりいる子供だった。けれども、私の顔が母に似ているという問題からは永遠に逃げることができない。この身を恨むしかない。私の存在が、苦しかった産後を思い出させてしまうのだろうか。」 母娘関係の複雑さって、お互いの共通点と、その正反対の部分が色んな場面や時代に反響しあっているような気がする。自分に似ている部分には同族嫌悪みたいなものを感じ、そうじゃない部分で嫉妬や蔑みの生まれる瞬間があるというか。 母の中の報われなかった子どもの記憶や若い頃の痛みが怒りになって子どもにぶつけられる時、それはどちらも子どもが傷ついているように今なら見える。 「星が好きだった。頭上にひしめく無数の星を見ていると、自分の抱える悩みなど針の穴にも満たないちっぽけなものに思えた。」 小さなことにしないと抱えられない時があるから、壮大なものなら何でも良いから飛びついてしまいそうな時がある。 「そうですか? 僕はこんな心の純粋な人、見たことがないですよ」 好きとか愛とか誠実さとか正しさってなんだろうかと、この夫婦のことを読んでいる間中考える。 この人が間違ってるとかあれが悪いなんてことを、起きた出来事の上澄みだけ掬って沢山判断してきただろう自分のことを振り返る。 どんなにおかしなことさえ、それを選ぶしかない時のその人のことは誰にもわからないよな。自分もそうだったはずなのにな。 「私は『美味しい、美味しい』と頰張りながら、自分の表情が曇っていないか、深く傷ついているように見えてはいないかと、しきりに気にした。」 子どもを産むとか産まないとか産めないとか、本 当〜…に、このことというのは。 そういえば、絶滅動物の中にはつがいで生きるものが何種類かあった。 ニンゲンはどうしてつがいで家族を作っていくスタイルになったんだっけ?いつから?宗教的なものから?結婚の価値観や始まり方について知りたくなった。 「もうやめにしませんか。  もう充分ではないですか。」 男性と女性の生殖器官を持つ者がそれぞれ感じる快楽の違いを、お互いが交換して体験出来たら良いのにねと思うことが以前あった。全然違うんだろうなと思う。何が気持ちいいのか、これのどこがいいのかと考えたことのある男性と話してみたい。でも性別で、というよりは、多分予想以上に人それぞれの感じ方があるのだろうな。女性同士でさえ、月経のつらさは個人差があるのと同じように。 「生徒を甘やかしている、担任でもないのに出しゃばるな、と同僚から非難されることも多かったけれど、私は夫のしていることが間違っているとはちっとも思わなかった。」 「私にはできなかったことを彼は批判を恐れず、たったひとりで行っているのだから。」 「無意味なことなんて、きっと何もない。そう思えただけでも、私が死にたい気持ちと向き合った日々は無駄ではなかったと思う。」 この2人の関係性を名づけるなら何だろうな。 恋人から夫婦になって、同志とか戦友みたいに見える。お互い死にそうな目に遭って、自分1人の力で自分と相手をがっつり救える無敵の人というわけじゃないけど、何とかギリギリでその時、より死にそうな方の援護をしている。もしくは何とか生きているような。次の瞬間に何が起こるかわからないけど、淡々と共にいる感じ。 「経験者としての彼女たちの目はきっと正しいのだろう。そうなのかもしれない。けれど、罪もなく言ってしまえることにおそろしさを感じた。彼女たちの顔や声が、いつしか私の母と重なった。」 こういうのも明確な暴力だよなと思った。 自分もひっくるめて、人は自分のことも他人のことも本当に何も知らない。 「私や妹が成長するにつれ、母の心境も少しずつ変わっていたのだろう。孫をあやす母は、どこにでもいるやさしいおばあさんの顔をしている。毒がすっかり抜けて、穏やかな顔で暮らしている。」 これを読んで、今くるしい人の中に希望を持つ人もいるのかもしれない。私が読んですぐ感じたのは恐ろしさだった。 あんなに自分を傷つけた人が、優しくて小さくて可愛いおばあちゃんに見えるのなら、今、道端で出会うそういう印象のおばあちゃんのことも何だか怖くなってくる。 でも「あのころお母さんどうかしちゃってたのよね。怒ってばかりだったね、ごめんね」という言葉も真実なんだと思う。それはわかる。 私も著者みたいに、そんな母に過去を思い出さず目の前だけ見てニコニコしてて欲しいと思えるだろうか。 手に入れたくて欲しくて仕方なくて苦しんだ物事が、晩年はからずも手に入ることはあるのかな。 「人に見せていない部分の、育ちや背景全部ひっくるめて、その人の現在があるのだから。それがわかっただけでも、私は生きてきた意味があったと思うのです。」
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