
gato
@wonderword
2026年9月2日

奇妙な孤島の物語:私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島
ユーディット・シャランスキー
かつて読んだ
地図の本
読了当時の感想↓
七つの海に数多ある孤島。そのそれぞれが自分の物語を抱え持っている。著者シャランスキーは、訪れたこともなく訪れる予定もない島を美しいデザインに落とし込み、いくつもの声を使い分けてその物語を綴った。歴史的な事実に基づいているが、どこか幻想味を帯びた物語と島の地図からなる特別な地図帳。
人が地球儀、あるいは世界地図を眺めるとき、最初に目につくのは青い海にポツンと浮かぶ孤島かもしれない。孤島には不思議な名前がついていることも多いから、その名前でググってみる。逆に、地名辞典をパラパラと眺め、気になる島を地図で探すこともあるかもしれない。そんなふうにじわじわと知らない島について調べるうち、頭のなかに島ができあがる。実際に訪れてみたら気にいる要素なんてひとつもなさそうな島でも、脳内旅行をするうちに愛着が湧いてくる。
そんなふうにして頭のなかにできあがった自分だけのフィールドノートを覗かせてもらっているような本だ。抑制的なデザインだが必要な情報はきっちりと詰まった島の地図の、海の青と人工物を表すオレンジの対比はとても美しい。そこに添えられた文章はノンフィクションながら、たとえばナポレオンの亡骸を引き取るためセントヘレナ島にやってきた船は紫色の帆を掲げていたということを描写するだけで、そこはかとない幻想味が漂う。
だが、観光欲を刺激するようなことはほとんど書かれていない。水爆の実験場に選ばれた島の、失われた住人と失われた自然環境のこと。漂流の末たどり着いた島に先住していた男たちが隠している秘密のこと。紀行作家が書き残した島での乱交の習慣のことなど。地図には西洋人が勝手につけた地名と、現地語の地名がまぜこぜに記されている。英語では理想郷のような名前で呼ばれる場所が、誰も近寄れない岩山だったりするのだ。
知らない土地に惹きつけられる気持ちはポジティブな感情だ。一方で、その好奇心と冒険心が多くの土地と人びとを蹂躙してきた。シャランスキーの語りには、自身が西洋人だからこそ持ち得る植民地主義への冷静な批評精神が宿っている。シンプルだが印象に残る島の地図と、線で表された歴史、そして1ページ足らずの物語。この見開き2ページのデザインフォーマットによって、「見知らぬ土地に思いを馳せる」行為自体について考えさせてくれる。美しさと確かなメッセージが完全に融合した見事な一冊。


