
あんどん書房
@andn
2026年9月3日

夏 (新潮クレスト・ブックス)
アリ・スミス
読み終わった
母娘のやり取りから始まる本作。娘のサシャは環境問題に意識が高く、自動車を拒否したりする一方で、若者らしくレポートは適当にこなしていたりする。対する母は引用文献の出典とか教養的な部分には口うるさいが、社会問題に対しては距離感がる…という微妙な世代間すれ違いが描かれる。リアルだなぁ。
そしてそんな彼女らが揃って頭を抱えるのが弟のロバート。クラスで人種差別的な発言をしては首相の真似だと言ってみたり、ひとの自転車の地面を切り刻んだり。絶賛反抗期という感じだが、もともとの賢さもあって詭弁を弄してのらりくらりとかわしてしまう。クソガキである。
折しも英国はブレグジット後のコロナ禍。排外主義がますます高まっている状況を描くパンデミック文学でもある。なんかあのウイルスの見た目に言及する小説は前にも読んだ気がするのだが何だったか…。
“それはどれも、表面からトランペットが突き出している小さな惑星みたいだ。あるいは棘のような腫瘍に覆われた小さな惑星。昔の遊園地で使われていた羽根付きのダーツがいっぱい突き刺さった地球。あるいは第二次世界大戦の映画に出てくる海の中の機雷。”(P47)
この比喩を畳み掛けていく感じは実にアリ・スミス。
そしてグリーンロー家の複雑な事情も少しずつ見えてくる。父親は事業に失敗し、両親は別居しているのだが、なぜか父は愛人? のアシュリーとお隣の家に住んでいる。いや何で?
アシュリーはウェールズ出身で、今の政治のあり方に異議を唱える本を書くなどしていたが、ある日突然声が出なくなってしまったという。これもまた暗示的な出来事だ。
また今作はところどころに戯曲的な表現が出てくるのも独特。具体的には鉤括弧ではなくセリフの表記だったりト書きみたいなの入ってたり。小説中に急に神の視点っぽくなる。
やがて一家の元に『冬』の主要人物だったシャーロットとアーサーがやってきて、一同はダニエルの元へと荷物を届けることになる。いよいよ物語が繋がってきてわくわくする。
一方のダニエルは未だ夢の中で過去を回想する。ユダヤ系ドイツ人ということで収容所に父共々収容された過去の記憶。現代と鏡写しのような過去。
“僕は自分が書いた字を先生に見せた。「あなたはたくさんの季節を持つ人物だ」と先生は言った。”(P199)
ダニエルが収容所で筆占いをしていた医師に言われた言葉だが、これはシリーズの確信的な意味合いを含んでいるのかもしれない。直接的に登場するのは『秋』と『夏』だが、一応『冬』『春』にもちらっと出ていて、そしてそれぞれの主要人物と不思議な関わり方をしている。季節とは人生と出会いそのものなのかもしれないなと思う。
ダニエルの生き別れになってしまった妹、ハンナはナチ政権の迫害の下、名を変えてレジスタンス活動に身を投じる。
そしてサシャとロバートの母の名がついに明かされる。グレース。シャーロットたちと訪れたサフォークで、彼女は1989年の夏のことを少しずつ思い出してゆく。
“でも、それが夏だ。夏という季節はちょうどこんな一本道を、光と闇の両方に向かって歩くのに似ている。夏は単なる陽気なお話ではないから。闇を伴わない陽気なお話など存在しないから。”(P295)
それぞれの女性たちの抱えるものに光が当てられていく中、最後にカメラが向けられるのはシャーロット。エリサベスに夢中になってしまったアートとの距離が生まれていくなか、アートの叔母アイリスとコーンウォールで二人暮らしをすることになるシャーロット。アイリスは80代にしてバリバリの活動家でもあり、シャーロットはそのエネルギーに当てられて自信喪失してしまう。そんな彼女に光を当ててくれたのは、アインシュタインに憧れるあのロバートだった。
いやー、なんかよく分からんけどすごかった。いろんな立場の人たちがいて、それぞれに彼ら彼女ら自身の歴史を抱えていて、時にはそれが交わったりもして。
そして散りばめられたシェイクスピアの引用と、シリーズそれぞれにつき一人のアーティストの生涯とも結びつけてゆく。
めちゃくちゃハイレベルなことやってるなというのがわかる。

