いぬい "ハザール事典(男性版)" 2026年9月5日

いぬい
いぬい
@inuiru
2026年9月5日
ハザール事典(男性版)
ハザール事典(男性版)
ミロラド・パヴィチ,
工藤幸雄
実在した謎の民族・ハザール。その歴史や人物にまつわるエピソードや資料が「赤色の書」「緑色の書」「黄色の書」という三つに分けて集められた事典……という体裁の物語なんだが「ハザール」はまじで実在した謎の民族らしい、というので「まえがき」に書かれた「この事典の初版本は毒入りのインクで刷られており〜」というくだりも事実だと思って目を剥いたんだがこの「初版」というのがもう創作なんである。そう、虚実があいまいなタイプの物語、大好物のやつだ。 事典の体裁を取られていることもあってここに「メインストーリー」のようなものはないんだが、「三つの書」に前提として共通しているのは、あるときハザールの君主であるカガン(これは個人の名ではなく称号、チンギス・ハーンの「ハーン」とおなじテュルク語)の夢に天使が現れること。ハザールでは夢は「現実の残り滓」などではなく特別な意味を持つ。そこでカガンはキリスト教・イスラム教・ユダヤ教からそれぞれ使者を呼び、己の見た夢を解かせようとする。 そして最終的にハザールはそれまでの信仰を捨て、ある宗教に改宗したが、その後どういうわけか跡形もなく滅亡してしまう……! なんとこの「改宗し滅亡」は事実なんである! そんなわけでストーリーの要約はできないので(メモも膨大すぎるので)面白かったところだけ書く。 なんといってもこの物語の主役はハザールの王女・アテーだと思う。アテーはある書には絶世の美女として、またある書にはブスとして、あるいは顔かたちを好きに変えられたりして登場し、カガンの妻とも、妹とも、娘とも書かれているがそれらは些細なことで、重要なのはまず彼女が詩人だということ。 ある書によればアテーは、命を狙われて逃げこんだ先の地獄で、永遠の命と引き換えに言葉を奪われた。また、べつの書によれば、言葉を奪われることを予期していたアテーは、自作の詩を一篇ずつ鸚鵡たちに教え込んでいたという。 275p " ハザール語がにわかに消滅しかかると、アテーは『ハザール辞書』に通じた鸚鵡ぜんぶを解き放った。王女は鳥たちに告げた──「行きて汝らの詩を仲間に教えよ、さもなくば早晩、詩はだれからも忘れられよう……」と。鸚鵡の群れは大空に舞いあがり、かなた黒海を縁どる森へと飛び、そこで仲間の鳥に詩を口伝えに教え、教わった鳥は新たに別の鳥に伝えた。王女の命令は聞きとどけられたのである。" なんてロマンチックな話だよ。滅亡したハザールの言葉が、いまでも鸚鵡たちのあいだではおぼえられているかもしれない。鳥だけが記憶している、滅びた国の詩。なんてロマンチックだよ。 また、アテーは夢の使い手でもある。ハザールにおいて、夢は「べつの現実」だ。他人の夢に入りこみ、渡り歩く者もいれば、それらの人物を夢から夢へと追いかけて記録する者もいる。彼らは「夢の狩人」と呼ばれ、ある書によればアテーはこれを庇護したという。アテー自身、他人の夢に入るどころか、夢を通じて物を届けることもできた。当然ながら、夢を通じて「現実のもの」を入れ替えることもできた。恐ろしい能力だが、ある書によれば、アテーは呪いにより、夢のなかでしか他人とふれあえず、物と引き換えにすることでしか言葉を得られない。 イスラム教の使者だったファラビ・イブン・コーラについての記述。 194p " イブン・コーラという人は、彼の全生涯はすでにどこかの書物に書かれていて、その一生は遠い遠い昔に語られた話の筋書きそのままなのだと信じていた。彼は『千夜一夜物語』も読破したし、そのほかに千とふたつもの物語を読んでみたのだが、自分の生き方の下書きとなるような筋にはついぞどこでも行き当たらなかった。" だが、そんなイブン・コーラがついに出会った「これ」という物語がアテーの詩篇のひとつだったという。それはある有名な学校を目指して旅をする女の話だ。 197p " どっちにしても、結果はもう出た──生存の目的は、もはや彼女の前方にはなく、彼女の背後へ、時間の流れのなかへと去った。それは間違いないことでした。  そう思ったとき、彼女はやっと分り始めました──目的は、学校なんかじゃなかった、学校を目ざす途中のどこかに目的があった、たとえ捜し当てることが無駄に終ったにせよ。とつぜん、この捜索の旅が好ましく思われ、いよいよ美しく彼女のうちに甦りました。決定的なことは、旅路の果てに、学校のそばまで着いて初めて起きたのではなく、もっと早く、旅の途上のどこかで起こったようでした。旅が無駄に終らなければ、こんなことは思いもしなかったでしょう。" ハザールの宇宙観では、創世の時代、" いっさいの創造物、過去と未来、事件と事物は、時間の燃えるように熱い流れに漂い、溶け合さっていて、先行する存在と後続する存在とは、石鹸が水に溶けるように交ぜ合さっていた。" とのこと。永遠を生きるアテーにとっても、過去や未来は溶けあっていて、詩篇はそこから拾いあげられたものだったのではないか。 夢を行き来するアテーが何と何を入れ替えたのか、というのが事典を読み通すとチラホラ見えて、ほんとうにワクワクする! 面白いエピソードは山ほどあるけど、もうひとつ書いておかなくてはならないのはニコン・セヴァストとヤビル・イブン・アクシャニというふたりの悪魔! ニコン・セヴァストはキリスト教の地獄出身の悪魔で(これは名乗っていたので確実)、ヤビル・イブン・アクシャニはおそらくイスラム教の地獄出身の悪魔なのだろうと思われる。ニコン・セヴァストいわく「キリスト教・イスラム教・ユダヤ教の地獄は川で隔てられていて行き来はできない」というのだが、このふたりの悪魔、なぜかちょいちょいつるんでいるんである! ある書によれば、キリスト教徒の男がイブン・アクシャニの墓を暴くと、そこにはイブン・アクシャニ本人とニコン・セヴァストがのんびり寝そべっていたという……どういうことなんだよ?! 読み進めていくと、このふたりが思わぬ時代に思わぬ場面でもつるんでいることが分かる。わけ分からんがホクホクした気分になれて最高だった。悪魔ってそうじゃなくちゃ。 なお、最後まで読み通して、もういちど読み返しても、「結局のところハザールはどの宗教に改宗し、なぜ滅びたのか」は分からない。分かるのは断片だけで、三つの書がキリスト教・イスラム教・ユダヤ教それぞれの立場で書かれていることから、記述は一貫しておらず、その真偽も定かではない。史実ではどうやらユダヤ教をえらんだ説が濃厚らしいんだけど、私が思うにハザールは……たぶん私たちが覚めて見る現実から消えただけなんだ。 あと、この本には男性版と女性版がある。これは作中のとある学僧によれば、 96p " 聖三位一体のもと、すなわち、男性の徴のもとに生まれた者は、読書の際、奇数の文章だけを受けとるが、一方、われわれ、四の数字のもと、すなわち、女性の数のもとに生まれた者は、偶数の文章しか受けとれない。同じ本をおまえたち兄弟で読んでも、同じ文章を読むわけではない。書物とは男の記号と女の記号から成り立っているのだから" とのことだったんで、まさかこの本、奇数の章しかないのか?! と思ったが、事典なのでそもそも章立てとかはなかった。 ひょっとして女性版と読みあわせたらもっと内容が分かるのか?! と思ったんだが、調べたところによると女性版とのちがいは終盤のある一部分だけらしく、しかも親切なことにフォントが変えられている(あまりに短い部分なので、この一部だけでは展開は変わりようがないんだが……何がちがうんだろう?!)ので、まあそのうち図書館で照合してみようと思う。 ちなみにハザールでは文法上の性が男女のほかに五つあるそうで、「中性、きんぬき男の性、〈無性〉の女性(イスラームのシャイターンに性を奪われた女=アテーがそれ)、性転換した者の性(?!)、伝染性奇病の患者用の性(???)がある。男女で習う言葉がちがうので、性によって話しかたが変わる。つまり(?)奇病に感染したら話しかたでそれと分かる……ということだが、何を言っている??? 『ハザール事典』は終始「何を言っている???」という感じだ。何度も読みたくなる。
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