
DN/HP
@DN_HP
2026年9月6日
「『マドンナ』と称される各話のヒロインを見るときは、どうしたってその華やかさにばかり注目してしまいがちだし、一方さくらやおばちゃんといった寅の周囲のキャラクターは、映像で見ているうちは一見「働く男とそれを支える女」という古風な家族観や男女観をなぞっているような印象の方が強かった。
ところが、「男はつらいよ」に登場する女性たちが発する言葉を注意して読んでみると、そこにはむしろ仕事や結婚をめぐって女性が被る不平等や、女性の自立を妨げる因習を訴えるものがとても多く、この映画が常に先進的な女性を登場させ、その姿勢を積極的に示していたことが明らかになる。」
泉「幸せが来るのを待つなんて嫌。第一、幸せが男の人だなんていう考え方も嫌い。幸せは自分で掴むの。それがどんなものかはわからないけど、あ、これが幸せだっていうものを、私の手で掴むの。待つなんて嫌」
『男はつらいよ寅次郎の青春』
「シリーズ終盤、颯爽とこのシリーズに現れた後藤久美子演じる泉は、苦労の多い境遇に屈せず毅然と生きる姿勢をスクリーンに刻みつけた。彼女の言動は、四半世紀後の私たちにも、多くの示唆を与えてくれる。「幸せが男の人だなんていう考え方も嫌い。幸せは自分で掴むの」という彼女の意志表明は、ともすれば寅や満男の、あるいはこのシリーズを素朴に楽しむ観客たちに冷や水を浴びせるようなセリフなのかもしれない。けれども、シリーズ最終盤にこの孤高な泉が登場したからこそ、「男はつらいよ」シリーズは現在においても色褪せず、繰り返しの上映や視聴にたえる。泉の存在があったからこそ「新作」の制作も可能だった、そう言っても決して言い過ぎではないと思う。」


