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@nininice
2026年9月8日

髙村薫「マキノ」第七回
そこはかとなく不穏な空気。嫌な予感。最近の髙村薫作品、『土の記』も『少女A』も『墳墓記』も結末が一貫しているから、さらに不安になってしまう。
特集記事もいくつか読んだ。批評、考察、その先へ。その中で、
「文学」が知的・道徳的・社会的問題を語るうえでの特権的な論拠たり得なくなる
今や文芸誌は、即売会イベントや個人出版の波にのまれ、特権的な中心というよりも、比較的大きめのオルタナティブのひとつでしかなくなっている。
「演説と記述」 山本浩貴
「衰弱した権威」という言葉を読んで成る程と感じた。インターネット上で誰もが自由に自分の気持ちを訴え、作品を披露できるようになってから、膨大な作品が世に溢れてゆき、誰もそのカテゴリの中で作品を評価できなくなってしまったのだろう。
わたしは近代までの短歌が好きで、いわゆる現代短歌は全く肌に合わないとずっと感じていたのだけど、この「権威」が理由なのかもしれない。現代に権威なんてものは嫌悪されているだろうけれど、何もかもが自由になってしまったら、イズムも生まれないし、道筋もなく、大量発生したものが最終的には霧散してしまうのではないだろうか。