
あんどん書房
@andn
2026年9月10日

寿歌
北村想
演劇のことをまったく知らないので、知名度や内容といった前知識ゼロで読んだ。
核戦争後、荒廃した世界をリヤカーで旅する芸人のゲサクとキョウコ。二人の前に現れたのは不思議な技を持つヤスオ。三人は共に街へと向かうことになるが…という表題作。
核戦争以前の過去編となる寿歌Ⅱでは芸人仲間のカリオも加わり、そこにやはり突然やってくるクマという男。
「寿歌西へ—寿歌Ⅲ—」はおそらくⅡと無印の間を描いており、さらにキチジロという下使いのような男も登場する。
そしてラスト、「寿歌Ⅳ-火の粉のごとく星に生まれよ-」は本書に際して書き下ろされた30年ぶりの新作ということで、コンピュータウイルスという新しい概念が登場する。
ゲサクとキョウコを中心とした「九重五郎吉一座宣伝隊」の元へ誰かがやってきて、去って行くという構成が(Ⅲ以外は)共通している。そして本作が面白いのは何よりも関西弁の軽妙な掛け合い。これがあるからこそ終末の世界なのに不思議と暖かさを感じられる。こんなに関西なのだから北村さんもそちらの方なのかと思ったら名古屋らしい。
一方でポストアポカリプス的な寂しさも随所に散りばめられていて、特に別れの場面はどの話も印象的だった。
しかしその中でも特にグッとくるのはやはり無印のラスト。
“かなたは吹雪、その雪に向かって動き出すリヤカー。/音楽、ザ・ピーナッツの『ウナ・セラディ東京』。/その日、世界は雪。/地球すべて雪。この日より氷河期始まる。”(P45)
この戯曲を読み終わってすぐ、演劇ユニット「いいいのいー」による上演を観劇した。
作中の人物はおそらく若者〜中年ぐらいで想定されているのだが、今回の上演は平均年齢70代という異色の演出。それでもまったく違和感なく、むしろ作品が描かれた時代の空気を持つ役者たちの姿にはものすごい説得力があった。
そして舞台を見てようやくヤスオの正体とその名の意味に気付いたのだった。やはり戯曲は本読むだけじゃなくて観なきゃダメだなと思う。
本文書体:小塚明朝
装画:長谷川義史
装丁:山中亜希子