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@rds_rds_rlly___
2026年9月19日
ノートル=ダム・ド・パリ
ヴィクトル・ユゴー,
大友徳明
読み終わった
借りてきた
ディズニーアニメーション→劇団四季→原作の順で見ていったから、違いが凄い。
・フロロー36歳⁉︎カジモド20歳⁉︎エスメラルダ16歳⁉︎そんなに若かったのか‼︎
舞台版を先に見たから、衣装、セットなどをあの劇団四季版で想像しながら読めたので、あまり難しくはなかった。流れが全く同じわけではなかったけど、ところどころ劇団四季版が連想できるような台詞だったので、より楽しめた気がする。
この話の誕生は、実際にノートルダム大聖堂の壁にANAΓKH(アナンケ、宿命)と刻まれていたのをユゴーが見つけたことがきっかけらしい。そんなドラマチックなことある?ここにあったんだけど。
・原作のフェビュス(フィーバス)、何あれ?舞台版の熱いイメージでいたから、途中でエスメラルダを見放す場面があっても、「とは言いつつ、最後はね!」という気持ちで期待していたのに本当に見放して終わった。何だこいつ!
・舞台版のジプシーたちはフィナーレで盛り上がっていくのに、原作だと失敗に終わって、そうだ作者はレミゼを書いた人だ、、、と思ったり。なんか最後の場面とか特に、全てが悪い方向に進んで行っていて、カジモドの耳が聞こえたならジプシーたちはエスメラルダを救おうとしていたことが分かって、もしかしたらカジモドとジプシーは協力できたかもしれないのに。これが彼らの宿命ということですか?
宿命=「生まれながらに変えられないもの」、運命=「自分の選択で変えていけるもの」らしい。カジモドの容姿は宿命、失聴は後天的なものだから運命?魔女狩りの時代に生まれたエスメラルダは宿命、ジプシーとなった経緯は運命。でも小さな子どもに何ができたっていうんだ?自分と異なるものを受け入れられないのは、いつまでも変わらないよってことなのかな。
カトリックについても勉強しないと。
