
いっちー
@icchii317
2026年9月19日
夜更かしの社会史
右田裕規,
近森高明
また読みたい
返した
一章だけ読んだ
一章だけ読んで返してしまったけど、非常に面白かった。
「規範化する睡眠とロマン化する不眠―二〇世紀初頭における睡眠言説のマッピング」より。
不眠がロマン化したのは、安眠が規範化したからであり、大正時代という時代の転換期において非常に睡眠が注目されるようになったため。
睡眠言説には3つの特徴がある。
①「専門性の弱さによる参入障壁の低さ」つまり専門家が少なかったし隣接分野が広いので、誰でも語りやすい。
②「事実と規範のシームレスな隣接」
ここが面白かった。「いかに眠るか」がそのまま「いかに眠るべきか」という規範の語りと結びつきやすい。「早起きこそが秩序的生活の第一歩である」が、そのためには安眠が必要である=安眠が秩序の源である。しかし安眠は秩序的生活の結果でもある。つまり「序論=結論」になってしまうというロジックの循環的構成が起こる。
③「睡眠という主題をめぐる根源的油断」これは平たく言えば睡眠は自然にやってくるから大丈夫っしょ、ということ。楽観的になりがち。
睡眠薬が、ロマン派と規範派の違いを明確に表していて面白い。
規範派は睡眠薬に慎重である。理由は、単純に③に反して不自然ということの他に、神経に直接働きかけるので、睡眠の規範や説教を回避して眠れるという意味で、規範を説く者にとってはある種の脅威だからではないか。
逆に、ロマン派はこの「規範や説教を遮断する」性質があるがゆえに、睡眠薬を愛好する。「寝る前にスマホを見ないの!」「うるせえババア!」みたいな構図かしら。
大正は夜が侵食された時代だからこのようになったけれど、今はもはや社会が24時間動く時代になって、あまりこの規範は強くなくなったとのことだけど、今でも根強く睡眠規範は生きているし、睡眠本は毎年のようにベストセラーになっている。
睡眠に限らず、サプリメントなどについても同じことが言えると思った。もちろん不自然であるということは分かるけれど、サプリなどは逆に食品が工業化していて栄養素の面ではむしろ今の方が不足するから必要なことも多いのに、なぜそこまで忌避感が強いのだろう、と不思議に思っていた。
今回の本を読んで、不自然である、ということのほかに、「こうあるべきだ」という考えが非常に強い人は、忌避する傾向があるのではないかと思った。その規範がどこで作られたかはわからないが、厳しく育てられると無意識に強くなっているのかも。
