勝村巌 "驚異の隠し部屋 世界各地の内..." 2026年9月21日

勝村巌
勝村巌
@katsumura
2026年9月21日
驚異の隠し部屋 世界各地の内緒の部屋・秘密の抜け道・迷宮・秘宝
驚異の隠し部屋 世界各地の内緒の部屋・秘密の抜け道・迷宮・秘宝
ステファン・バックマン,
ナショナル・ジオグラフィック,
エイプリル・ジュヌビエーブ・トゥーホルキー,
片山美佳子
昔から廃墟や秘密の抜け道といった「秘匿された空間」に対して人一倍強い好奇心を抱いてきた。 裏山を探検したり、近所の沼に行ったり、洞窟を発見してはそこまで行ったりしていた。昭和50年代には、日本のあちこちに防空壕跡などもまだ残っていた気がする。そんなものを見に自転車で遥か遠くまでよく行ったものだ。 大学時代、県道沿いの廃業したパチンコ屋に足を踏み入れたり、つくばセンター付近にあった廃ディスコへゲームセンター奥の扉から侵入したりして、都市的な探検に勤しんでいた。 あの頃、そういう遊びばかりしてよく捕まらなかったと思う。おおらかな時代だったのだろう。 廃ディスコには大量のレアなレコードが置きっぱなしになっているという話だったが、実際にはレコードはもう持ち去られていた。しかし、静まり返ったガラス張りのダンスフロアに立った時のあの独特な浮遊感は今でも忘れられない。 また、筑波大学は学生運動のバリケード封鎖やジグザグデモなどに対処するために校舎などが設計されている、ということだった。 そして地下には4kmにもなる地下通路があるというまことしやかな噂があった。そこに入ったことがバレると除籍になるという都市伝説などもあり。そこの入り口がどこにあるかは突き止めてあった。 そのように、日常の裏側に潜む非日常の空間構造には常に胸を躍らせてきた。 この本は、そうした個人的な探検欲やフェティシズムを満たすにとどまらず、世界各地に存在する多種多様な「隠し部屋」「地下迷宮」「密室」の背景を、入念な文献調査と取材によって歴史的・文化的に紐解いた実に刺激的な一冊である。 全17章からなり、それぞれで実際に存在した建築物を紹介している。アウトサイダーアート的な貴族による地下迷宮とか、地下迷宮とか、カタコンベとか、ベルサイユ宮殿の迷路とか、マリーアントワネットの隠し部屋とかである。 全17章の中で、特に惹きつけられた3つの章について掘り下げてみたい。 1. 第3章:消失した「琥珀の間」とナチスによる美術品略奪 第3章で取り上げられる「琥珀の間」は、18世紀にプロイセンからロシアのピョートル大帝へ贈られ、エカテリーナ宮殿を彩った世界8番目の奇跡と称される壁面全体が琥珀で覆われた豪華絢爛な部屋である。 この部屋は第二次世界大戦中の1941年、ナチス・ドイツの侵攻によって解体・略奪され、ケーニヒスベルクへ持ち去られたのちに戦乱の中で消息を絶った。 この「ナチスによる国宝級美術品の略奪と消失」というテーマは、映画『ミケランジェロ・プロジェクト(原題:The Monuments Men)』で描かれた歴史的史実と強力に重なり合う。マット・デイモンやジョージクルーニー、ジョングッドマンなどが出演している佳作だ。 ナチスが欧州各地から略奪し、塩鉱や城の地下深くに秘匿した膨大な美術品群。実体が消失したことで、世界中の鉱山や地下壕に「琥珀の間が眠っているのではないか」という集団的幻想が立ち上がり、消失した空間そのものが壮大な神話的ミステリーへと変容していったプロセスは極めて興味深い。 2. 第12章:禁酒法時代のもぐり酒場(スピークイージー)と文化人たちの影 1920年代のアメリカ・禁酒法時代に誕生した隠し酒場「スピークイージー(Speakeasy)」を扱った第12章も味わい深い。 「Speak easy(穏やかに話せ)」という名称自体、酒を飲んでいることが外部に漏れないよう「お静かに」と囁き合ったことに由来するが、ハリウッド映画の犯罪劇やフィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』に描かれたような、法を潜り抜けて快楽と刺激を追求する人々の情熱が凝縮された空間である。 当時、フラッパー(モダンガール)たちが集ったこの密室空間には、アーネスト・ヘミングウェイをはじめとするロスト・ジェネレーションの作家たちも出入りしていた。 ヘミングウェイといえば、スペイン内戦や第二次世界大戦をともに取材した写真家ロバート・キャパとの深い交流が知られている。キャパの経歴を辿ってみても、パリやロンドン、ニューヨークの酒場で時代の熱気と狂気に身を置いた軌跡があり、こうした「もぐり酒場」的な暗がり空間の空気感を共有していたであろうことは容易に想像がつく。禁酒法時代というのはギャングやマフィアが幅を利かせていた時代で映画にも多く描かれているので、改めてその辺りの世界観への知見が深まった。 ニューヨークの21クラブなどはヒッチコックの「裏窓」にもチラリと登場するが、発祥は禁酒法時代だったのか、とか、そういう発見もあった。 もぐり酒場は床屋の奥とかラウンダリーの奥なんかに入り口があり、入る時には合言葉が必要だったなど、あり。どんな合言葉だったのか気になる。 3. 第13章:大英博物館の「秘密の陳列室(Secret Museum)」と隔離された美 第13章で紹介される大英博物館の「秘密の陳列室(Secret Museum)」は、ヴィクトリア朝の厳格な倫理観のもと、古代ギリシャ・ローマやオリエントの「エロティックすぎる(性的な)」彫像や絵画、春画などを一般の目から隔離するために作られた非公開の部屋とのこと。 権力や社会規範が「どの表現を公に見せ、どの表現を秘密の部屋へ押し込めるか」という価値基準の歴史を生々しく物語っている。 なお、こうした「隔離された部屋」と並んで関心を惹くのが美術館における「贋作」の扱いである。大英博物館でも過去に「The Art of Imitation(模倣の芸術)」といった贋作やレプリカを集めた特別展示が行われてきたが、偽物(フェイク)を一堂に集めてその鑑賞価値を問い直すアプローチは、真品を飾る展示室の裏側にある「もうひとつの隠された空間」として、美術の価値基準そのものを揺さぶる面白さがある。 ■ 多彩な「隠された空間」のバリエーション 本書にはこの他にも、人間の多様な意図によって生み出された「隠し部屋」の事例が豊富に収められている。 * メアリー女王のミニチュア・ハウス(第7章) 英国王室のために作られた、精巧極まりないミニチュアの館。その小さな壁の裏側や家具の引き出し内部にまで仕込まれた隠しカラクリの数々は、人間の所有欲と細部への執着を象徴している。 * 冷戦下の核シェルターや地下政府施設(第15章) 核戦争の脅威に備え、山の岩盤をくり抜いて作られた極秘の地下都市。国家の生存をかけて作られた圧倒的なスケールの「物理的隠蔽空間」である。 この本ではバラエティに富んだ秘密の建築を紹介している。個人レベルの冒険心(廃墟や地下通路への潜入体験)から、国家的・歴史的スケールでの「空間の秘匿」に至るまで、本書は「なぜ人間は空間を隠そうとし、また隠された場所に惹きつけられるのか」ということへの回答を指し示している。 それはつまるところ脅威的な何かに向けての好奇心ということに尽きるのだと思う。 謎があればそれを解きたいと思う。好奇心は猫を殺すという諺もあるが、人間は謎を前にすると、解かずにはいられない生き物なのでしょう。そういう知的好奇心への情動をエピステミック・ドライブとか理性の形而上学的宿命とかいうそうです。 アルチンボルドに野菜人間の絵を描かせたルドルフ2世は博物学的興味から世界中の芸術や科学、錬金術や奇妙な収集品を集めた驚異の部屋/ヴンダーカンマーを作らせていたと言います。 これがいわゆる博物館や美術館の走り、という考え方もあり、人には知的好奇心に基づく知りたい気持ち、集めたい欲というのがあらかじめインストールされているんでしょうね。 そういうもののうち、歴史的な経緯によって、数奇な運命を辿ったものがいくつか集められている本でした。 アンコールワットについて少し言及がありますが、アジアのものについては言及がなかったので、中国とかモンゴルとかにも敦煌とか莫高窟とか兵馬俑とかもあるんで、もっと色々読んでみたいと思いました。 ゴシップ的なところも多分にありますが、歴史の闇に埋もれたワンダーがまだまだ近くに隠れているような、そんなワクワクした気持ちにさせてくれる良書でした。
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