@sotaono
2026年9月26日
黒後家蜘蛛の会5【新版】
アイザック・アシモフ,
池央耿
p105
「「この世の中で、文句なく自己の存在を正当としうる人間がいるとすれば、それは、本の調達、供給を生業とする者です。本というものはですね、皆さん、その中に人類の知恵が詰まっておるのです。本は、古今東西の思想家の知識、優れた才能によって創り出された楽しみや喜びの集大成です。本には笑いがあります。美があります。知性のきや、情緒、思想、その他もろもろを含めて、そう、本は人生のすべてです。本がなければこの世は闇です。」」
p119
「「"そうだとも。どこよりも安全な場所にしまってある。きみはチェスタトンを読んだな?小石を隠すのに一番いい場所はどこかな?"」「わたしは思わずにやりとしました。ちょうどブラウン神父の連作が登場したての頃で、わたしはこれを愛読しておったのです。“浜辺です”わたしは答えました。"木の葉を隠すのに一番いい場所は森です。"」「"そのとおり"ラインウィーヴァー老は大きくうなずきました。"だから、わたしの本もこの書斎だ”」」
p186
「ロジャー・ホルステッドが一家言を呈した。「俗に偶然の一致というやつは、まずたいていがこうやって作り出されるものなんだね。ロビン・フッドと名がつけば誰しも弓に手を染めてみずにはいられない。中には相当な腕前を見せるのもいるだろう。それを、驚くなかれ、と言ったところで本質をそれた議論でしかないのだよ。それより、わたしはかねがね思っているのだがね、誰にでもある不思議な体験ということだけれども、よくよく考えてみれば不可解でも何でもありゃあしない、理屈から言って当然、起こるべくして起こることなんじゃあないだろうか。例えば……。」」
p187
「テラーは質問に動ずる気色もなかった。「人に物を考えさせることです。」「どういった手段によってですか?」「わたしは新聞に〈豊図らんや〉というコラムを書いておりましてね。ニューヨークの新聞にはどれも載っていませんが、全米百二紙の地方新聞に掲載されているコラムです。このコラムで、わたしはもっぱら少数意見を取り上げることにしているのです。必ずしも、少数意見だからといって熱心に肩入れするわけではありません。ただ、少数意見といえども一般大衆の前に開陳の機会が与えられて然るべきだとわたしは思います。だってそうでしょう。物事には常に二つの側面があるのです。それを、一方の側の主張だけ聞かされたら大衆は判断を誤るかもしれません。場合によってはそれが危険な結果を招かないとも限りません。大衆の多くは、別の考え方もあるのだということさえ知らずにいるかもしれないのです。」」
p278
「「恋は思案の外という。まさかと思われるような二人が、およそ考えられないような情況で恋に落ちる例はままあることだ。絵画でよく愛の神エロスが盲人の姿に描かれるのはそのためなのだね。」」
p341
「「んーん、そいつぁ気がつかなかったなあ。」ダイナストは呆然として言った。ヘンリーは控え目に声を落とした。「どのようなことにも、必ず筋のとおる理屈というのはあるものです。いつもながら、黒後家蜘蛛の皆さまが枝葉を落としてくださいましてね、わたくしは残ったところを指さしたまででございます。」」