句読点 "銃口 上" 2026年9月23日

句読点
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@books_qutoten
2026年9月23日
銃口 上
銃口 上
三浦綾子
先日、古本整理をしているときにたまたま手に取った小説。背表紙のあらすじを読んだら面白そうだったので読み始めたら止まらなくなった。かなり分厚い上下巻なのに、2日で読み切ってしまった。「ページをめくる手が止まらない」って本当にあるんだと思った。 この小説の魅力の一つは、主人公・北森竜太の成長を追いながら、読者も敗戦に至るまでの昭和の歴史を追体験できることだ。物語は昭和元年、竜太がもうすぐ小学4年生になるところから始まる。 戦争に突き進む中で昭和の庶民はどのような感覚で生きていたのか、どのように戦争体制へ順応していったのか、どんな暮らしで、どんなことを考えていたのか。教科書で知っているだけの昭和史の出来事が物語をとおすことで臨場感あるものとして理解できるようになる。 中でも大きな影を落とすのが、悪名高い「治安維持法」だ。この法がいかに言論の自由を奪い、異論を許さない空気を作っていったか。自由な言論が封じ込められ、無実の人が大勢被害を受けたかを知ることができる。竜太もまたその渦中に巻き込まれていくことになる。 竜太が4年生に進級したとき、人生で最大の出会いが訪れる。担任の坂部久哉先生との出会いだ。情に厚く、生徒一人一人の顔をしっかり見つめ、弱いものいじめを絶対に許さない。当時の教師には珍しく、生徒と対等な関係に立とうとする人だった。読者も、この先生に教わったらどんなにいいだろうかと思わずにはいられないほど、一つ一つの言葉が温かく心に残る。竜太は坂部先生のような教師になろうと決意する。 その後師範学校を卒業した竜太は、坂部先生の勧めもあって、貧しい者が多く働く炭鉱の町で教員としての一歩を踏み出す。坂部先生のような教師になろうと日々努力を重ねる。 特に力を入れたのが「綴り方」の授業だ。綴り方は今でいう作文のこと。今も昔も、作文を苦手に思う生徒は多く、竜太のクラスにも多くいる。竜太はそういう生徒に向けて、綴り方がいかに大事なものかを語る。 「綴り方というものは、本来人真似のできないものだということだ。誰にも真似のできないことを、自分が書くということだ。世界中の誰だって、真似はできない。つまりね、一人一人の人間が、いろいろの生活を、様々に感じたり、様々に見つめて生きているということだ。君たち、この世界にたった一つのものを生み出すことって、すばらしいと思わないか。それが綴り方だ。」 「先生は一人一人の人間の心がちがうということ、自分の考えを持って生きるということ、これは実に大切なことだと思う。誰かの言ったことをそのまま鵜呑みにして生きてはいけないんだ。自分の生き方は、自分でしっかり考えて、自分の足で歩いて行く。これはむずかしいことだぞ。大人だってなかなかできない。」 (上巻「裏山」の章より) しかし、こうした個性を重んじる教育は、当時の政府が推し進めていた挙国一致体制には都合が悪い。体制に歯向かうような行為だった。 一人一人の個性を重んじていたら、戦争に人を駆り立てることができない。 校長や教頭も当局に目をつけられることを恐れて、竜太の綴り方の授業を減らそうとしたりする。 この物語のモデルとなった実際の事件に、「北海道綴方教育連盟事件」というものがある。綴り方教育に力を入れていた教員たちが50人以上も不当に逮捕、勾留された事件だ。無実の罪を着せられ、無理やり教員免許を自主返納の形で抹消されたり、「思想犯」として戦場に送られ、差別されたりした。 竜太も、「綴り方連盟」の集会にたった一度顔を出しただけで長期間拘留され、教員免許を取り上げられてしまう。教師として順調に歩み、生徒たちとの関係も深くなってきていた折りの出来事で、竜太の絶望は読んでいても辛くなるほどだった。取り調べをする特高警察の理不尽で高圧的な態度にも怒りが沸く。 しかも尊敬する坂部先生もまた、この連盟に関わっていたとして拘留されてしまうのだ。この二人が留置所で再会する場面はこの物語の中において最も感動的な場面のひとつ。この時の坂部先生の言葉が、この後も竜太に襲いかかる苦難の中で彼を支え続ける精神的支柱となっていく。 この物語には、坂部先生以外にも忘れ難い魅力的な人たちが多く登場する。竜太の初恋の人で、ともに教師を目指すことになる芳子や、竜太の父、政太郎。その政太郎がかつて、過酷な労働現場から逃げ出してきたのを匿い逃した朝鮮人労働者の金俊明。軍隊で竜太の教育係となる近堂さんや、上官の山田曹長。 いろんな人たちとの縁が思いがけない形で繋がり、めぐりめぐって竜太を救っていくことになる。この人間ドラマはぜひ実際に読んで味わってほしい。 そして物語の最後の最後で、タイトルの『銃口』の本当の意味にも気づくはずだ。 世界中で不穏な動きが強まり、この日本でも戦前のような動きが目立つ中で、背後から突きつけられる「銃口」にどう対処すべきか、一人一人が考えるために、今こそ読まれるべき作品だと思う。
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