
どんぐりころすけ
@dongrik
2026年9月29日
乱読のセレンディピティ
外山滋比古
読み終わった
着想を得ることに対するエッセンスが詰まっていてとてもよい。
資本主義をベースとした短期のリターンを前提にしていると浅い学びしか得られない感覚がある。これに対するアンチテーゼを言語化してくれたように思う。
本書では言及は無かったが、ブリコラージュ的な要素も含んでいて、個人的に志向が近いので外山さんの書籍は他にも読んでみようと思った。
以下、自分なりのまとめ。
①遠いところから意図的偶然を持ってくる
不安を出発点とした敬意と新鮮さが、新たな発想を見出す姿勢を形成する。どんな人か、どんな内容か、自分が理解できるかわからないという不安さが謙虚な進入角度を形成し、バイアスが無いのはもちろん、意味を見出すバフとして機能する感覚。近いと慣れ親しんだ敬意の希薄さや、無駄な競争心が心を曇らせる。解釈に誤解があってもそれはそれで新たな発想になるから、大事なのは、フラットに血肉として意味を見出し取り入れようとする姿勢を構造的に作り出すことなのかもしれない。
『読書にも距離の美学がはたらく。 近きものはうとましく、遠きものが美しい。ふもとに立てば石ころと赤土の肌があらわで目をそむけたくなるが、遠くからながめると、青くかすんで美しい。 人間もいくらか似ていなくもない。 すぐ近くにいると、とかくアラの方が目に入りやすい』
『遠い人は素性がよくわからなくて不安になることが多いが、よろこび、新しいものはその不安の中から生まれる。なれ親しんだ仲間、親しきものは、多く、不毛である。われわれはよく知っているものごとや人間からよい影響を受けることが下手である。その代わり、えたいの知れない遠くのものから、おもいがけない美しき誤解とともに深い教えを受けることができる。』
②風のように読む
言葉は口語が本質なので、リズムが抜け落ちると意味がわからなくなるという指摘に納得。じっくり読むのも良いが、短い節の意味理解に固執せずに、リズムをもって流して読むことで全体意味を見出しやすくなるんだろうなと。
『やみくもに速いのはいけないが、熟読玩味はよろしい、のろのろしていては生きた意味を汲みとることはおぼつかない。 風のごとく、さわやかに読んでこそ、本はおもしろい意味をうち明ける。 本は風のごとく読むのがよい。』
③散歩は頭の体操
考えようと思って考えても何も出てこないが、歩いていると何かしらでてくる。個人的にはシャワー浴びてるときやドライブしてるときも近い感覚。
2人以上のときも散歩しながらだと話しやすい。物理的に同じ方向に向かってるのもよい気がする。
『ギリシアの昔、学問をする人たちは、机上に向かって本を読むのではなく、めいめい歩きながら、哲学を論じたという話が新鮮であった。勉強は机に向かってするものと考える日本人には、歩きながら哲学を論ずるというのがおもしろかった。』